インターバル
教皇が殺害された事実は事態が事態である故、厄介な影響を残さぬ様にカバーストーリー……即ち、表向きに発表された物語は一言で言うならば、教皇の重責が予想以上に重かったが故の心の臓の病と言う形で片付けられた。
だが、教会の上層部と各国のトップ陣にだけは真実が告げられ、神に反旗を翻した勇者……アオキリュウヘイなる背教者によって殺害された事は知られている。
それ故に各国はアオキリュウヘイ。もとい、龍兵を最重要指名手配犯として指定して多額の賞金を掛け、教会は死した教皇の喪に服している。
喪が明けた後はコンクラーベを行い、次代の教皇選出が行われる。
そして、肝心の脚本家は……
「やはり、狙いはヨルダバオトの復活であったか……」
忌々しそうに苦虫を何十匹も噛み潰した様な面持ちで脚本家もとい、プロパテールを自称する神が独り言ちると、前で静かに跪いていた戦のアルコーン……唯一崩落から生き延びしアティルーナが心の底から申し訳無さそうに謝罪の言葉を述べる。
「申し訳御座いません。私が至らぬばかりに……」
その謝罪に対し、プロパテールは慈悲深い処断を下した。
「…………次で挽回せよ。そして、我の前に奴の首を献上する事を以て貴様の失態を不問とする」
眼の前に立つ絶対的な存在から処遇を告げられれば、アティルーナはハッキリと力強く答えた。
「必ずや!必ずや!かの罪人の首を献上してみせましょう!!」
アティルーナの絶対的な決意を聞けば、プロパテールは面持ちを柔らかくする。
「それでよい。さて、面を上げよアティルーナ……」
赦しと共にアティルーナが顔を上げれば、プロパテールは尋ねる。
「戦を司る貴様ならば、あの忌々しき罪人はどう動くと見る?」
絶対的な存在が頼る様に尋ねられると、アティルーナは心苦しそうに答える。
「恐れながら言わせて戴きますと、かの罪人の動きが良過ぎる。そう申し上げざる得ません」
その言葉にプロパテールが眉をピクリと動かすと、アティルーナは戦を司る神として堂々と答えていく。
「かの罪人は先の件も含め、我等が来るよりも早くに逃げ果せております。ヨルダバオトの器を強奪した際は特にそうです……かの罪人は魔法が使えないにも関わらず、何故か逃げ場の無い獄深くから逃げ果せもしました」
長々としながらも、アティルーナは感じている大きな疑問を答えれば、プロパテールは直ぐに理解して納得する。
「その件は我も大いに気になっていた。あの忌まわしき男は魔法を使えぬにも関わらず、魔法の如く逃げ果せる点は何者かの協力無しではあり得ぬ」
「仰有る通りで御座います。更に申し上げるならば、幾ら大地を捜しても見付からぬ点も気掛かりで御座います」
アティルーナはプロパテールや天使達が地上を幾ら捜しても一向に見付けられない。その点を指摘すると、アティルーナは更に続ける。
「恐らくでは御座いますが、かの罪人はこの世界の外に居を構えていると思われます」
「なるほど、それは通りだ。して、貴様はどう動く?」
「恐れながら申し上げます。かの罪人は教皇に護らせていた宝珠の在り処は知っていましたが、他の宝珠の位置は未だ知らないと思われます」
「その根拠は?」
「教皇を殺害し、その骸を回収してから3日が過ぎております。しかし、かの罪人は一向に姿を見せていない事が根拠で御座います」
アティルーナの言わんとする事を察すると、プロパテールは成る程と納得して確認する様に語り掛ける。
「つまり、他の宝珠の在り処を知っているならば、奴は動きを見せている。だが、ソレをしないと言う事は未だ在り処を知らずに居る。そう言いたいのだな?」
「御明察で御座います」
アティルーナが肯定すれば、プロパテールは沈黙と共に続きを促し、耳を傾ける。
「かの罪人は我等の動きを把握していると見ても良いならば、ソレを逆手に取り、奴を待ち構える事も出来ます」
アティルーナは待ち伏せをして龍兵の殺害を画策していた。
そんなアティルーナにプロパテールは裁可を下す。
「良かろう。策は貴様に全て任せる。見事、かの忌まわしき罪人を討ち取ってみせよ」
「必ずや、その首。献上致します」
その言葉と共に断固たる誓いを立てれば、アティルーナは立ち上がって迎え撃つ支度を整え始めるのであった。
そんな神の動きを他所に肝心の忌まわしき罪人。もとい、龍兵はセーフハウスで煙草を燻らせながら思考を巡らせて居た。
敵はどう動く?
恐らく。否、確実に標的サイドはミンの存在つうか、ミンの情報収集能力に気付いてると見て良い。
で、頭の回る奴ならこの3日、動きを見せなかった事から俺達がのこりのブツの在り処を突き止めてない。と、仮説を立てている可能性もある。
其処で一息吐く様に紫煙を吐き出すと、龍兵は誰かの視線に気付いて振り向く。
其処に居たのは、入院患者が纏う様な貫頭衣に身を包んだ救出対象の彼女であった。
そんな彼女から視線を向けられ続けると、龍兵は煙草を燻らせながら尋ねる。
「何か用か?」
龍兵が尋ねると、彼女は弱々しくも口を開いた。
「あの人から聞いた。貴方が私を永劫の闇から救い出してくれたって」
彼女が御礼を言いたそうにすると、龍兵は先んじる様に告げる。
「礼なら要らん」
「え?」
彼女が「何故?」の言葉を表情で見せると、龍兵は更に続けて言う。
「俺は仕事をしただけだ」
「仕事?」
素っ気ない態度で首を傾げる彼女を他所に龍兵が煙草を燻らせながら思考の海に沈もうとすると、彼女は尋ねる。
「貴方は何故、私を助けてくれたの?」
そう問われると、龍兵は紫煙と共に面倒臭そうに答えた。
「だから言ったろ?仕事だって」
ソレ以上は聞いても無駄。そう判断したのだろう。
彼女は別の事を尋ねる。
「あの人から貴方の事を聞いた。貴方は何故、無謀。いいえ、不可能とも言える仕事を引き受ける気になったの?」
彼女の言う通り、龍兵が請け負った仕事は誰もが不可能と言う内容だ。
そんな仕事を何故引き受けたのか?彼女が問えば、龍兵はまたも面倒臭そうにしながらも答えた。
「簡単だ。ムカつくクソ野郎であるアンタの弟を殺してカネが貰えるし、愉しそうと思ったからだ」
自分が予想してた答えとは全く異なる答えが龍兵から返って来ると、彼女は益々首を傾げてしまう。
「意味が分からない」
「そうか。気が済んだなら黙ってくれないか?今、考え事をしてるんだ」
取り付く島もない様子で返せば、龍兵は煙草を燻らせながら考えを巡らせていく。
そんな遣り取りを何時の間にか居て、微笑ましそうに眺めていたミンは彼女に告げる。
「彼の言葉は乱暴だが、真実だ」
「解ってる。だから訳が解らない」
彼女が龍兵の事を理解に苦しむ。そう言わんばかりに返すと、ミンは優しく言う。
「彼を無理に理解しようとする必要は無い。だが、一つ理解すべき点があるとするなら、彼は私達を決して裏切らないと言う点に尽きる」
裏切り。
その言葉を聞くと、彼女は顔を青褪めさせてガタガタとふるえてしまう。
そんな彼女を落ち着かせる様にミンは水を一口飲ませると、彼女は少しだけ落ち着いた様であった。
「ありがとう」
「気にするな。それに、感謝するのは……いや、謝るべき所だな」
ミンが本心から告げると、彼女はまたも首を傾げてしまう。
「何故?」
「君を救い出すのが遅れてしまったからさ……」
ミンがまた本心から答えると、龍兵は気にする事無くミンに尋ねた。
「それで?何か解ったか?」
「私の友人からの情報で解った事だが、標的サイド……彼女の弟であるヨルダバオトはアティルーナに君の討伐を命じた」
「アティルーナ?誰だ?」
今度は龍兵が首を傾げれば、ミンは手にしていた封筒を差し出して告げる。
「戦を司る女神さ。君の置き土産を唯一生き延びた相手でもある」
「運の良い奴だな」
そう返しながら封筒を受け取った龍兵は封を開けて中に収められた写真を取ると、其処に映る女を見詰めながら確認する様に尋ねる。
「この女がアティルーナって奴か?」
「そうだ。彼女は配下の戦天使達をブツを収めた各地域に派遣し、君を待ち構える体制を整えつつある」
「つまり、俺の予想が当たった訳か」
「そう言う事になるが、君はどう見る?」
ミンから問われると、龍兵は当然の様に答える。
「恐らくだが、6度。否、5度のチャンスを利用して俺を殺そうと画策してる」
龍兵の予測は当たっていた。
アティルーナは大地に封じた5つの宝珠を収めた各地域に配下を待機させ、龍兵が現れた所を見計らってその首を狙わんと画策していた。
そんな龍兵の仮説にミンは同意する。
「私もそう思う」
だが、龍兵の予測には続きがあった。
「5度のチャンスで俺を殺すのを狙う。それと並行して、俺達の今居るセーフハウスの場所を突き止めて逆襲を狙ってもいるだろうな……」
龍兵が当たり前の様に仮説を立てれば、ミンは感心した様に言う。
「やはり、君もそう思うか?」
「そりゃそうだ。寧ろ、ソレが本命だろ?」
戦場や邪悪な者達が跋扈する裏社会を戦い抜いて来た龍兵にすれば、この程度は思い付いて当然であった。
だからこそ、ミンは龍兵を雇ったのだ。
「やはり、君を雇って正解だな。ならば、ブツを確保する度にセーフハウスを変えた方が良さそうかね?」
「当たり前だ。陣地転換は基本だろうが……」
龍兵が当然の如く肯定すれば、彼女は再び龍兵をジッと見詰め始める。
そんな視線に再び気付くと、龍兵は咥え煙草で尋ねる。
「今度は何だ?」
「貴方、愉しそうにしてる」
彼女から言われると、龍兵はミンの方を見て尋ねる。
「そんな顔してたか?」
「あぁ、今もしてる」
「まぁ、そうだろうな……1年も退屈な日々を過ごしてた時にこうして面白い仕事にありつけた訳だし」
1度目の異世界から帰還した後の龍兵の日々は退屈に満ちていた。
だが、勘違いしないで欲しい。
平和で平穏な日々が苦痛に感じていた訳でもなければ、PTSDやフラッシュバックの様な精神的苦痛に晒され続けていたのでもない。
龍兵はただ、退屈な日々を過ごしていただけなのだ。
そんな龍兵に彼女は尋ねる。
「貴方は闘争が好きなの?」
「そう言う事になるな。でも、勘違いするなよ?平和な日々だって好きさ……寧ろ、平和な日々と世界があってこそ、戦争は楽しいんだ」
ニンマリ嗤って答えれば、彼女はまたも訳が解らないと言った様子であった。
そんな彼女を他所にミンは好奇心から尋ねる。
「君はこの仕事を終え、家に帰ったらどうするつもりだね?」
「決まってる。退屈な日々に戻って、愉しく過ごすのさ」
龍兵が本心から嘘偽り無く答えれば、ミンの中で悪戯心が首をもたげた。
そんな悪戯心を表情に出すと、龍兵は釘を刺すように告げる。
「一応言っとくけどよ、この仕事が終わったらアンタとは縁を切らせて貰うからな?」
「おや、そんなつれない事を言うとは酷いな君は」
「当たり前だ。この仕事は俺にとって最後の仕事って決めてんだよ……平穏な人生にテメェみてぇな邪悪の極みは邪魔でしかねぇわ」
「それは当然だな。良いだろう。この件が完璧に片付いた暁には絶縁しようではないか、友よ」
「その言葉忘れんなよ」
龍兵はハッキリと告げれば、ミンの用意してくれた情報を元に作戦を練るのであった。




