第二十五話
第二十五話
魔法少女アイドルがテレビで大々的に発表されたのはそれから3日後だった。
昇が家でテレビを見ていると、ゴールデンタイムの1分半、丸々使ってCMを放送する。放送が終了すると同時に妹の桜が目を大きく開いて昇を見るのだ。それこそ、胸元に抱いた子猫のかーとろが驚いた時と同じぐらいの大きさだった。
「兄貴、今のって……
良いの?」
「防衛省の許可は出ているそうだ。
防衛機密さえ喋らなきゃ、元自衛官だって芸人が出来るし、ライターにもなれる。それと一緒だ」
昇はさして興味を示さずそう告げると、新聞を片手にチャンネルを回す。
「この後見たいテレビ有るんだけど」
「ん、そうか。なら、僕は部屋に戻るよ。特に見たい番組もないし」
昇はそう言うと立ち上がり、自室に戻る。自室に戻ると、彼の携帯のディスプレイが光っている。見ると、仁と健からのメールがあり、内容は先程のCMに付いてだった。まぁ、CMがやっていたのを見たか?と言う内容であり、見たとだけ返信しておく。正直、この内容からどう話を発展させていくのか、興味のない昇は考えつかなかった。
昇の返信後、2人から返事が来なかったので、2人も同様に話を膨らませる術が無かったらしい。
昇は携帯を脇に置き、ふと脇に立てかけてある竹刀を見る。
最近、部活仲間である山口真、後輩の広江慶太郎の様子が可笑しいのだ。
なんというか、2人だけの世界に居るのだ。昇としては害はないので、別に問題はない。部活が終わると2人はさっさと帰ってしまうので、結果的に昇は仁と帰る事になる。最も、昇と仁の関係は一応恋人に昇格したので、2人はそれを気遣って先に帰っているのだと納得している。
仁は2人は付き合っているのだろうと下衆の勘繰りをしているが、あの2人にそんな関係を感じられない。何か別の繋がりであるのでは?と昇は根拠が無い考えを持っている。昇は取り敢えずパソコンを立ち上げる。
妹、桜が元に戻った事もあり生活や自分にも余裕が持てるようになった。故に、このパソコンを真面目に暇潰しに使うようになったのは此処1ヶ月だ。部屋においてあるマンガやゲームも改めて読んだりプレイする事で、楽しめるようになった。
昇はインターネットをGoogleに設定している。Yahooや訳の分からない中国の検索エンジンもあるが、シンプルなGoogleが昇のお気に入りである。そして、お気に入りに入れたサイトから日本や世界の魔法少女に関してまとめたサイトを立ち上げる。
主に2ちゃんねるの記事をまとめてあるだけだが、それゆえに有象無象の情報を手に入れるには有意義なサイトである。
「……ふむ」
サイトは大きく分けて5つの構成に成っている。メインコンテンツである日本の魔法少女と世界の魔法少女。7:3で日本の魔法少女の情報が多い。
サブコンテンツとして、キメラに関するまとめ、自衛隊に関するまとめ、警察に関するまとめの5つで成り立っている。サイトには早くもティンクル・ティンクル・ウィッチーズのまとめが乗っていた。開いてみると、概ね賛同する意見が多いようだ。
その下にはキメラ情報としてのジェーン・ザ・リッパーに怪我を負わせ、クアトロ・セブンと対峙した謎のキメラに関する話題が乗っている。
謎のキメラは週末に成ると颯爽と現れ、キメラを殺し去って行く。その際、サポート役なのだろう、ガスマスクと特殊部隊の様な格好をした魔法少女と思われる者が同行している。基本的にはキメラを殺すだけだが、時として魔法少女と戦闘をする。日本中、週末になると現れるから、ネットでは週末ダークヒーローとか、ウィークエンド、シャツマスクとか呼ばれている。
昇やその周囲の魔法少女はもっぱらウィークエンドと呼んでいる。
「今度は四国……
戦闘経験を積んでいるのか?」
腕を組み、柳葉から送られてきた機密情報と見比べる。魔法少女と交戦する際は、魔法少女として名を挙げている者ばかりである。
「何故魔法少女を襲うのか?
そもそも、此奴は何処で武器を手に入れているのか、だな」
銃は相変わらずショットガンだが、二連式からサイガに変わっている。サイガ12にドラムマガジンを取り付けた物を持っている。ショートバレルタイプでストックもない。凄まじく強力な反動を片腕で押さえ込んでいる。精密射撃が出来ないのだろう、バックショットをばら撒くだけの射撃とはいえない盲撃ちをする。
右手には刃渡り60cm程の大型なマチェットを握っており、手首に紐で繋げているので、取り落とすこともない。顔は相変わらずシャツを使ったマスクで顔を隠している。ウィークエンドに合うマスクがないのだろう。
故にシャツマスクとも呼ばれているのだ。
「此奴の武装は既に固まっている。
押収した武器から指紋は採れたが、指先も変形しており、人間の指紋とは違う」
昇は資料を読み、大して情報も載っていない資料を封筒に入れる。
基礎運動能力が高いらしく、凄まじい戦闘力を持っている。今のところ、ウィークエンドとの戦闘で傷を負わせたのはジェーン・ザ・リッパーとクアトロ・セブンだけらしく、戦闘に慣れた現在、果たしてウィークエンドに勝てるかどうか分からない。
昇は背凭れに体重を掛け、YouTubeでロシアのシステマ動画を開く。軍隊格闘術は基本的に受け身である。相手の動作に合わせて攻撃をするカウンターが多い。銃の発展に伴い、相手と殴りあう可能性が極端に低くなる。故に、相手と殴り合いは想定されず、不意の攻撃に対処する戦いが基本になる。
「前例が無い敵。
魔法少女の領分を超え、対人戦闘の領分、軍人の領域だ」
昇は動画を止め、真っ先に自衛隊を思い浮かべる。日本でウィークエンドを活動させるとして、ここまで完璧に情報隠蔽と武器の提供ができるのは、それこそ国か裏社会の人間だけだ。しかも、最初の遭遇がこの街である。
つまり、被験者たるウィークエンドはこの街に関わりある人間である事は間違いない。
「前途多難だな」
◇◆◇
深見桜の兄、深見昇は魔法少女である。
彼女が小学校6年の時、彼女とその一家は三重県の伊勢市に行った時だった。季節はちょうどゴールデンウィークだった。家にほとんど居ない父親が勤続20年だか30年だかの褒章として休みと旅行券を貰ってきたのだ。
折りしも時は式年遷宮と呼ばれる、伊勢神宮が何十年家に一度の建て替えを行う行事と被っていた。お陰で週末お出かけ情報は概ね伊勢神宮に行こう!的な内容とそれに関連する番組ばかりだったのを、桜は今でも覚えている。
桜自信、伊勢神宮がどんな神社で、何を祭ってるのかよく分からなかったが、古事記だか日本書紀だかに出てくる神様が祀られてるらしい程度の知識しかなかったし、そもそもの前提条件として、家族で旅行と言うだけで辟易していた。
一人、ニヒリストを気取って冷めた態度で携帯を弄る。たまにしか家に居ない父親の家族サービスを下らないものと冷笑し、母親がそれを叱りつけ、兄である昇が嫌味を言う。そして、父親がそんな昇と母親から桜をかばう。
何時もの光景が目に浮かんでいた。その時までは。
結果から言えば、そんな桜の想像をキメラと言う化け物は安々とぶち壊した。
後から聞いた話、父親は家族を守る為に真っ先にキメラに挑みかかり、結果として首を刈り取られた。母親は空を舞う父親の頭を見て固まって動けなくなった桜をかばい、背中から心臓を一突きされて死んだ。
その際、桜もキメラの鎌で胸を刺され瀕死の重傷と、心に大きな傷を残した。体の傷は今もうっすらと、しかし、ハッキリと残っている。
兄はそんな家族の復讐から魔法少女に変身した。
乙種魔法少女第7777“クアトロ・セブン”
それが桜の兄、深見昇が魔法少女になった時の名前である。
あれから3年。桜は兄の仲間であるジェーン・ザ・リッパーこと井上仁とベルサイユ、野上健のお陰でこうして桜の精神を守ってくれた“さくら”と言う人格の御守りから外に出れた。現在、桜はフリースクールと呼ばれる学校に通っている。其処には不登校児童を中心として一般的な学校には通えない児童生徒を集めて勉強を教える様な場所である。
一般的な学校に通うには、学力的な意味で付いて行けなかったし、今更1人1年生に混じって勉強を受けるというのも酷だろうし、何よりも行き成り学校に通わせるには精神的にも良くないだろうという配慮から、フリースクールへの通学が決まった。
学費は昇が魔法少女として稼いだ金で賄っている。それぐらいは両親の遺産や祖父母が出すし、補償制度も有ると祖父母が言ったが、昇はこれを固辞し金を出している。昇はあの事件以来どうにも桜に過保護気味で、自分が何らかの形で関わっていないと気が済まないらしい。
桜の中にいるさくらは昇が大好きであり、事件後の3年間は常に昇と一緒に居たのが原因だろうと、桜は一人分析している。この3年間、桜は冷静に考える事ができた。今も、体をさくらに預けていた時の感覚で、頭のなかで一人考え込んでしまう事が多々あり、はたから見れば、ボーっとしているとか、悩んでいるように思うらしく、祖父母やフリースクールの教師、先輩に当たる年長者達から心配される。
フリースクールではお互いの家庭事情には、自分から話すまで踏み込まないという暗黙かつ絶対的なルールが有る。が、入校初日に桜は自分の身の回りに起こったことと此処に来る理由をぶっちゃけてしまったので、桜に関して言えば、フリースクールのほぼ全員が事情を知っている。
話した理由としては、お互いにお互いの事情を遠巻きに探りながら、会話に注意して行くというやり方が余りに面倒臭い、と言うのと桜自身は身の上の不運に付いてはある程度の踏ん切りが付いているという理由からである。
勿論、兄が魔法少女であると言う事は隠している。これについてウッカリ漏らすと、桜は転校、或いは引っ越しを強制される。これに関しては昇の担当官と呼ばれる無精髭を生やした桜から見れば“無精なオッサン”である柳葉から耳にタコが出来るぐらい言われた。
そもそも桜は兄の事を他人に喋るつもりはない。自分だけの特別な秘密として取っておきたいからだ。まぁ、最も、その秘密を知る人間は桜の周りには大勢いるので特別な秘密にしては人聞が過ぎる。
「あ、おはよう深見さん」
「ええ、お早う」
フリースクールは学校によってその体系は様々であるが、桜の通う学校に関して言えば、服装に規定はなく、始業時間も学校よりも遅い10時からで、毎日出席、自分の来たい時に来るという方針を取っている。学習内容はその子供の習熟度によって変わり、桜は小学校6年生時点の学力しか無いので、中学1年生の学習クラスに居る。下は小学校、上は高校生までと幅広く居り、元々は保育園だか幼稚園だった場所を使って改装して使われている。
桜と同じクラスには現在5名の男女がいる。クラスで最も年齢が高いのは17歳の男子である。ヒョロっとして色白で、軽度の発達障害がある。中学2年の頃に勉強についていけず、其処から軽いイジメに発展して引き篭もってしまった。
イジメていた者達は勿論、クラスメイトに至る全員が少々度の過ぎた“誂い”程度にしか思って居なかったし、担任やその他教師達もそれを知っていたが、口頭で注意し彼を擁護していた。が、彼に取ってはそれも苦痛であった。
両親は学校やクラスメイト達を告訴して裁判にまで発展し、和解した。彼自身が引き篭もっている時に全て終わったそうだ。
それから、教育委員会から紹介されて現在のこのフリースクールに居るらしい。名前は赤松武志と言う。
逆にクラスで最も年齢が低いのは小学校5年生の少女だ。内気で自己主張が出来ない少女で、それが原因でイジメられ不登校になったそうだ。勉強は出来る方で現在は専らクラスの優等生である。桜はこの少女をハムスターやチワワの様な印象を受け、内心では本名である公子を捩ってハム子と結構酷いアダ名を付け、また事あるごとにワシワシと撫でている。
本人は恥ずかしそうにしながらも拒否しないことから、桜は事あるごとに撫でている。
後2人は中学2年の男女であり、それぞれイジメが原因で不登校になってしまった。この2人はどうやら付き合っているらしく、よく2人だけの空間にいるので桜は余り喋ったことがない。
なので専ら武志とハム子と一緒にいる。
「宿題やって来た?」
「当たり前よ。
武志はちゃんとやって来たんでしょうね?」
桜は年上の武志を呼び捨てにしている。理由は武志には先輩らしさが見当たらない、年が上と言うだけで相手を敬うのは老人だけという桜独自のルールがあるからである。
専らこれは兄のいる世界で見るメンコ飯制度と実力主義的側面から来た価値観であり、現に昇が教育係としてちょくちょく家に来る礼威は完全に呼び捨てである。また、健に関しても“視線がキモい”と言う事で最低限の礼儀しか払っていない。
仁に関して言えば、ぶっちゃけ兄の彼女と言っているが桜は認めていないので、アンタとかアイツ呼ばわりしており、これに関しては昇との話し合いが必要に成っている。
そんな訳で、桜は武志を呼び捨てしているのである。向こうも桜の元々の性格である女王様気質な部分に感化されているのか、年下なのに敬語を使ってしまう時がある。
「も、勿論だよ」
武志は桜と喋る時、少し吃ってしまう。これは精神的な事から来る物で、他人と喋ると言うプレッシャーから吃りがちになってしまう。桜自身、これに関してはイラッと来る時もあるが、そう言うものだと割り切っているので我慢している。
だが、桜にだけは執拗に目を合わせて喋ろうとしないのは流石に我慢出来ずに指摘している。
桜の再び始動し始めた青春はまだまだ不格好ではあるが、それなりの外枠は出来てきたのだ。




