八 御前会議
王国に戻ってからの検疫隔離は、現実を受け止めるための時間は、祟りの特性もあって設けられませんでした。親衛隊は祟られた四人を除いて全員が生存しました。
姿を外に見せられない身から、しっかりと覆いがかけられた馬車で家まで運ばれました。
「ただいま」
我が家は、何も変わっていませんでした。
「お帰りなさいませぇ、お嬢様ぁ(泣)」
ドアを開けた途端、玄関を掃除していたメイドさんに泣きつかれてしまいました。アイマイモコから帰ってきたということは、それだけ奇跡的であるということを感じます。
「そんなにボロボロになってぇ(泣)」
「左肩をちょっとかすっただけだから。それよりお父さんとお母さん、いらっしゃる?」
かすっただけでここまで包帯グルグルにならないでしょう。サンサンのお土産の切創です。
「は、はい……(泣)しょ、しょぐどうにぃ」
完全に子供あやすような形です。慰めつつ両親に会いに行きました。
食堂でワインを優雅に飲む姿は、見慣れたような、どこか懐かしいような情景でした。戦時下と言えど、貴族は貴族らしい生活を送っているようです。
「た、ただいま」
お父さんは、グラスを静かに置くと、にこやかに微笑みました。
「うん、お帰りなさい」
メイドが私との再会で泣いていた手前、同じように涙をこぼすのは恥ずかしかったです。代わりに一礼をして対面の席に座りました。
「帰って参りました」
しばし、アイマイモコの様子を話しました。あまり直接的な情勢は語らずに、向こうで食べたものの味や、植物の見た目だけ伝えました。心配させたくないからです。
「家には、一週間ほどいる予定です。知っての通りオカメハチモク同盟とのいざこざで、またすぐに召集されると思います」
「そうか」
もう一度、アイマイモコに行くことになりそうですと言った時も、お父さんは静かにうなづくのみでした。
「次は、大丈夫なの? そればっかりが心配で」
お母さんは、前と同じように心配していました。最初に行きたいと切り出したときは、お母さんの説得に三週間はかかったと記憶しています。
「私たちが心配するようなことではないよ」
「それはそうだけど、でも」
夫婦水要らずに割って提案は申し訳ないですが、団長から言われた命を果たさなければなりません。
「お父さん、一つよろしいでしょうか」
「どうしたんだい」
「数日前にお亡くなりになった、親衛隊の団長殿から、妻と会ってほしいとお願いをされていまして。連れて行ってはもらえないでしょうか」
お父さんは、グラスのワインを混ぜる方に目を向けていました。こちらに目を向け、グラスを置きました。
「分かった。行こうか」
お母さんは、またもや心配されていました。
目隠しされている馬車に乗る以上、どこに連れていかれているのか分かりません。やがて止まると、うちの若い男の従者がカーテンを開けました。隣に座っていたお父さんがこちらを見ます。
「着いたよ」
団長の家は、緑に囲まれていました。王宮の近くにあるのでしょう。お父さんにお願いした次の日にすんなり通されたのを考えると、お父さんに事前に団長が何か伝えていたと考えるのが自然です。家の中は、驚くほど片付いていました。団長亡き今、すぐに移らなければいけないのでしょう。案じました。
客間に通されると、やせ細った女性が来て、向かいのソファーに座りました。普通の人のように思えました。
「ブライト、私は席を外すからね」
「わ、分かりました」
お父さんは部屋から出ていきました。知らぬ女性と二人きり、気まずい時間が流れます。
「こんにちは」
「あなたが、ブライトちゃん?」
「はい、そうです」
「今まで、産んでから、全く連絡を取らなくてごめんね?」
その言葉で、理解しました。団長の前に話していた、娘の存在。
「もしかして、私のお母さん?」
その女性は、ゆっくりとうなづきました。娘が自分と分かって、まず団長の最低限の潔白に安心する自分が居ました。
「どうして今になって、団長はあなたと会うように、私に頼んだのでしょうか」
私には見当がつきませんでした。自分の出生には、もう頓着していませんから。
「夫は、いつもあなたのことを大切にしていたの」
不幸自慢が始まりました。要約するには、どうやらこの女性は、サンサンの大悪党がニキーズちゃんを誘拐しようとしたように、族長の弟様が実際そうされたように、オカメハチモク同盟に誘拐された身だったそうです。
「そこで、私は祟られてしまったの」
「え?」
彼女は私に腕を見せました。緑色の、斑点がありました。
「団長の症状と、同じだ……」
「今まで、これを見せても混血だと言われ、相手にされてこなかったの。高官ならなおさら、『穢れに触れることはできない』の一点張りで」
独白にも聞こえました。もしくは、天の夫に語りかけているようにも。
「オカメハチモク同盟は、私をアイマイモコに売り飛ばして、そこでオークの支配者の夜伽をさせられたの。そこで生まれたのがあなただった。命からがら逃げ出して、王国に友好的な部族に見つけてもらったのが良かった。テンイムホウに帰っても、信じてもらえなくて、身寄りにも見放されて。たまたまパール伯爵という物好きで高貴な方にあなたを引き取ってもらえて、隠れて住んでいた。その後、騎士団長を名乗る人に、アイマイモコに行ったことがあるということで話をしたの。それで、その縁で、彼の形式的な妻となったの」
誰に対して語っているのでしょうか。人生を壊された、可哀そうな私の生みの女は、贖罪でもしているのでしょうか。
「大丈夫ですよ。私は今では、団長に特別な感情は持ち合わせておりません」
「そんな訳が無いじゃない。なら、なぜあの人は、あなたの話しかしなかったの!」
女は、転げ落ちると、私の足にすがりました。その姿は、私とはまるで違います。別の、「何か」です。
「お願い。私の夫を殺した、オカメハチモク同盟に復讐してほしいの。私は、アイマイモコに、頼れる親族も、楽しい人生も、そして、唯一愛する夫からの愛も奪われたの。お願い、お願い、お願いよぉ……」
そこに私の母はおらず、ただ団長の影を追い、私に人生と存在意義を重ね合わせようとしてくる女性が泣いているのみでした。
国王陛下は高位の貴族を一堂に召し集め、謁見を午後から始めました。貴族は、自分の保身を案ずるばかりで、責任のなすりつけ合いが始まりました。私も、お父さんの隣で、アイマイモコの件について奏上できるよう、参加を認められました。
トップバッターは、オークとの関わりを避けるよう提言し続けていた保守派の公爵でした。
「王国の創成記にも記載されていたでしょう! オークの血を入れた業火王の死後、この国は乱世となったのです! その過ちを、陛下は繰り返されようとしている!」
そうだそうだ! 野次が聞こえます。貴族らしからぬ卑しい声でした。その目線は、ジロジロと私を舐めずり回しているのが感じ取れます。国王陛下は、いまだ平静を保っているようでした。
すると、奥から一人、高貴な女性が見えました。その今にも折れてしまいそうなヒステリックな雰囲気からは、尊さは伝わりませんでしたが。
「陛下、お止めましょう。オカメハチモク同盟との争いを続けたとしても、意味はございませんよ。オークの血を入れたところで、王国は豊かになりません」
陛下の母后です。先ほどまでこちらを見下していた視線が止んだので、従来の保守的な考えを持っている、旧態依然の首班的存在なのでしょう。私の頬をぶったのも、当時は摂政のこのお方でした。玉座に座っている陛下にズケズケと近づき、その首元を触ろうとしています。
その瞬間、国王陛下の沈黙は破られました。
「朕に母君とはいえ気安く触れるな!」
サッと陛下が手を払うと、母后は思いっきりカーペットに突っ伏しました。王都の安い劇場の見習いのものでもここまでしないような明らかな大根演技でしたが、それでも母后派の貴族が心配そうに駆け寄って来ました。
「お前らも、この壇上に上がってよいのは王族のみだぞ!」
ああ、酷い。こんなんじゃ権威もへったくれもあったものではありません。
「そもそも、この戦争の発端を生み出したのはお前らの一派ではないのか?」
明らかに不機嫌そうに、陛下は母后に駆け寄った貴族たちにおっしゃいました。群れるとこういう連中は厄介です。ブツブツと文句を言っています。その一人、この集団の中でも図太そうな貴族が、話し始めました。
「国王陛下。滅相もございません。狩りに行きたいとおっしゃっていたのはあなた様でしょう? それでオカメハチモクの住民を手下が誤射したのであれば、陛下の管理不行き届きなのではないでしょうか」
後ろから、クスクスと笑い声が聞こえます。完全に、嫌がらせを受けています。いや、それにしては規模感が大きすぎると言うべきでしょう。
「何を言っているんだ! 狩りを進めてきたのはお前らで、準備もそちらが進めていたではないか! 自身の領地を広げようとしていたのだろう。国王軍を用いて!」
「いいえ、あの方々に罪はございません。全て、陛下がオークとの関わろうとしていたことが発端ではないでしょうか?」
母后が大根演技をやめて、懐目掛けて反論してきました。まずい、ターゲットがこちらを向いている。母后と目線があってしまいました。羊を狙う、オオカミの目でした。
「あのブライトという混血のものを派遣したのが第一の誤りです。そのせいで、テンイムホウ王国が七十年にわたって親愛を契っていたキュウリ族が、敵方に寝返ったではありませんか」
そうだそうだ、と陰口が聞こえた気がしました。続いて、母后はニキーズ妃を獲物にしました。貴族が会す場で公開嫁いびりとは、なんとも贅沢なことをするものです。
「そして裏切り者のキュウリ族の娘のニキーズというオークを、妃にしたではありませんか! そのせいで、戦争は始まったのです」
「この場で妃を侮辱するとは、いくら母君でも不敬罪とするぞ!」
「いいえ……あのニキーズこそ罪人です!」




