六 代官サンサン
止めに行かねば。私が出ても犠牲者が一増えるだけ。そうでしたが、悠長なことは考えられませんでした。
〈ニキーズちゃん!〉
私の声が、届くはずもなく。
サンサンとやら目掛けてニキーズちゃんは一直線に。兄の仇。オークの使命。全てを背負いその胸にさあ!
そして、ベチッという鈍い音。サンサンが出した剣が、ニキーズちゃんのおでこに命中していました。
〈大丈夫だ、叩いただけだ。血は出ていない〉
確かに、お目々をグールグルさせたニキーズちゃんが倒れていました。
〈こいつが、サンサン様の探していたニキーズ!?〉
騒ぐ周りのオークをサンサンは恐縮させます。
〈こんなに近くの岩に隠れていたというのに、見つけられないとはどういう了見だあ! おい?〉
縮こまったオーク。サンサンは私を見ました。
〈ニキーズの小娘も探していたが、混血、お前の方が気になる。少し、付き合ってもらおうか〉
〈私に選択権はありませんよね?〉
〈……もちろん〉
このサンサンという男も、混血の薄緑の顔を持っていました。
〈あまり他のオークに聞かれても困るな。おい、お前らは三百メートル先で見張りでもしてこい。おい、お前らは逆方向に行け〉
〈それでは、サンサン様が〉
〈この女二人が束になってかかってきたところで、怪我は負わない〉
〈わ、分かりました〉
オークははけていきました。話は聞かれません。同時に、逃げられもしません。サンサンは馬から降りると尊大な尋問を始めました。
〈テンイムホウのものか?〉
〈……はい。キュウリ族との外交官として訪れております、ブライトと申します。あなたの方は、誰なのですか〉
〈遅れたな。オカメハチモク同盟の代官、サンサンと言う〉
〈偉い人ってことですか?〉
〈まあ、そう思ってもらって差し支えないが……早速本題に入ろうか、王国の混血よ。オカメハチモク同盟に来ないかね〉
〈王国を裏切ることはございません〉
〈その肌の色だと、不運な子供時代を過ごしてきただろう?〉
〈いえ、パール伯爵夫妻に暖かく育ててもらいました〉
どうして、こんなにスラスラと身の内を明かしてしまっているのでしょうか。混血の仲間を始めて見たという嬉しさからでしょうか。
〈差別にも、晒されてきたのだろう?〉
〈……〉
サンサンは私に近づくと、私の顎を掴み、顔をクイッと上げてきました。お前みたいないけ好かない奴がやってもフラストレーションが溜まるだけです!
……そろそろ、話し始めないと。だんだん向こうの顔が険しくなってきました。サンサンの顎に添えてきた手を振り払うと、余計にムッとされました。
〈そりゃあまあ、少しぐらいは〉
真実を見通される、透き通った目。サンサンは、死後に生前の行いを全て見透かすと言われる、神の鏡のような美しさでした。
〈そうかそうか……なぜ、オカメハチモク同盟がオークの取引をやっているか、知っているか〉
〈儲かるからでしょう。金のことしか頭のない連中め〉
〈ははは、それは王国も同じだろう。アイマイモコに進出する、本当の理由は何だ?〉
〈……オークとヒトが共存できる、素晴らしき楽園を作るためです〉
〈本音ではないだろう。アイマイモコの資源の搾取という本音は共通しているだろう? だからこそ、話し合いもできずに戦っている……オークの取引を我が同盟が行っているのも、もっともらしく言えばオークとの共存を図るためだよ〉
サンサンは私を指さしました。
〈オークは、オカメハチモクにおいては豪商の妻として買われ、その子供たる混血も差別されずに暮らせる。理想郷さ。テンイムホウ王国においては、ヒトとオークが交わると罪だと聞くが、本当に楽園か?〉
〈……はい、楽園ですよ〉
私は、パール伯爵の養子ということで、国王陛下に触ろうとして摂政に殴られたあの後も、何とか罰されずに済んだだけです。正直に、オカメハチモク同盟の内情はあまり詳しくはありませんでした。もともと自由に旅をするというのも難しく、その内情も持ち上げて語れば不敬罪で捕まります。まあ、この男の言うことがどれだけ本当かは分かりませんが。
〈そうか、テンイムホウの民は忠誠心が非常に高いな〉
〈金に目がくらみ裏切る同盟の民とは大違いですから〉
〈冗談も、ここまでにしようか……売られる先くらいは選ばせてやる〉
〈ちょっと待ってください。私は外交官ですよ? 売ったら、今の水面下の抗争では済まなくなりますよ。全面戦争ですよ〉
今、一つ繋がりました。この抗争のきっかけとなった族長暗殺。あの凶器に、なぜオカメハチモク同盟は自身の紋章の刻まれた短剣を用いたのか。普通は、裏で共謀していることなど、分からないようにするはずです。自分からばらしたような……
オカメハチモク同盟は、全面戦争に発展させようとしている?
まだ意識を失っているニキーズちゃんを抱きました。逃げられないというのに。
〈今さら何を言っているんだ? 本土では、全面戦争が始まっているのに〉
サンサンの勝ち誇ったような笑い方は、スナー様とそっくりというべきでした。暗殺を前面に押し出したのは、戦線を増やすためだったのでしょう。
ただし、おかしさは少し感じました。
〈オカメハチモク同盟は、損得に辛い同盟。大戦争がお互い損なのは重々承知のはずですよね?〉
〈馬鹿な外交官め。本当に、何も知らされてなかったのか。王国の未来が案じられるな。そちらから、始めたんだよ!〉
ますます混乱してきました。いったい、どういう。
〈もういい、ひとまずオカメハチモク同盟の地に来てもらおうか〉
すると、オークが待ってましたとばかりにこちらに走ってきました。ああ、売られるんだ。軽くひざまずいたオークはサンサンに話し始めました。
〈テンイムホウの兵士と前方で接敵しました。すぐに来ます!〉
サンサンの余裕が無くなりました。私の右にいるニキーズちゃんの胸ぐらを掴むとそのまま馬に乗ろうとしました。まずい、ニキーズちゃんは刺し違えても守らないと! こいつは白馬の王子様なんかじゃない。
地面に落ちたニキーズちゃんの短剣を右手に持つとサンサンのお腹を左腕でギュッと抱きました。
〈ふざけるな!〉
サンサンのロングソードが私に向かってきました。先ほどのニキーズちゃんのように殴るためではなく今度はしっかり切り倒すために向かってきていました。肉薄しているためかかえって扱いずらそうでしたが、左肩に命中しました。服を貫通し、刃がミシミシと肉をえぐっているのが分かりました。
サンサンを放してしまいました。その隙に馬に乗って逃げようとします。まずい。しっかりしゃがんでニキーズちゃんの足を掴みます。
〈サンサン様の邪魔をするな!〉
伝令のオークも私を引き剥がそうとしました。とっさに右手を振って刺そうとしました。雇われのこいつは自分の身が惜しいらしく、怖がって引いていきました。
四人のオークがクモの子を散らすようにこちらにやってきました。その後ろから徐々に聞こえる、パカラッパカラッ。もう少し!
〈離せぇっ!〉
サンサンは左足でボカッと、思い切り私の顔面を蹴り上げました。馬に蹴られたかサンサンに蹴られたか、すぐさま理解することはできませんでした。体がフワッと、鳥のように浮きました。ああ、星がきれいだ。私、お星様になれたのかもしれません。
〈てこずらせやがって!〉
サンサンの声が聞こえると、ドカッ。お星さまには適用されない、見えない手からグイッと引っ張られました。夢から、引き戻されたのです。
「大丈夫か!?」
誰かの声。テンイムホウの響きあり。ああ、助かったんです。
私の身体を見ると、そこには、まだ確かにニキーズちゃんをしっかりと抱きしめていました。私をベットにして、気持ち良さそうに眠っていました。
ありがとう。ニキーズちゃん。私のもとに、居てくれて。




