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五 オオカミ族の襲来

 ようやく口を割ったのは、二十分後のこと。私はマトト様と、スナー様の取り調べを行っておりました。腕を後ろで固定され、両足も縄で縛られていました。

〈そこにいる、混血〉

〈お呼びでしょうか?〉

〈お前が、このキュウリ族が代々守ってきた土地を、テンイムホウ王国とやらに乗っ取らせようとしている張本人だろ?〉

〈酷い物言いですね。私はただ、オークの未来を思っているのみです〉

 今まで不気味な笑顔であったスナー様が、ようやく怒りを示しました。

〈何を言っている! お前が俺たちを人質に取ろうとしていることは分かっているぞ〉

〈人質ではありません。ニキーズ様の政略結婚にご同行いただこうと思っただけです〉

〈単なる言葉遊びだろう。お前らの王国が俺たちを差別しているのは知っている。お前らはこの部族のことを、同じ緑色の庶民が食べるような野菜の『キュウリ』族と呼んでいる! まんまと騙して、代々伝わる土地を乗っ取ろうと思っていたな〉

〈いいえ、そんな〉

〈図星か?〉

〈……〉

〈だろうな?〉

 見透かしてやったというおごりが、スナーの態度に分かりやすく表れています。

 陛下が私を上手く利用しているのではないかという懸念は、常に心の片隅で渦巻いていました。しかし、小さな頃から国王に忠誠を誓う以外の生き方を教えられていない身です。自己満足も入って入るとは承知していましたが、しかし同時にオークのためにもなると考えていました。

 スナー様の肩を、爪の食い込むほどに強く掴みました。すぐに無意味と悟り、放しました。

〈テンイムホウ王国は、銃器を与えてくれるなど、キュウリ族に利する素晴らしい国では〉

 マトト様も言い争いに加勢してくださいました。

〈俺たちはどうせ代理戦争の駒に使われているだけだよ!〉

 もう、駄目だ。この先について考えよう。

〈……マトト様〉

〈何でしょうか〉

〈明日の叙爵は、マトト様がお受けになっていただけませんか? 王都には族長の顔を知る者はいないため、親族は体調不良とでも伝えれば誤魔化せるはずです。その後、不慮の死としてあなたに公爵位が世襲されたとします〉

〈しかしそれでは、息子の顔が父とまるっきり同じと分かってしまうのでは〉

〈謁見の際は、顔を隠すなりで対応してください。頑迷な貴族たちに、嫌がらせを受けたとでも言って。これで、明日の叙爵式に問題は起きないはずです。今問題が起きてしまえば、オークと関わった災いだとして、若き陛下の盤石とはいえぬご威光が揺らいでしまいます〉

〈なるほど。そうする〉

〈安心しろ〉

 割って入ったのは、スナー様でした。

〈隠そうとしても、この騒ぎは必ず大きくなる〉

 ……まさか。私の授業からも頻繁に抜け出していたのも。友人と話していたというのも。

〈ご報告に参りました!〉

 オークの呪い師がいきなり部屋に入ってきました。村一番の医者? だそうで、族長の手当ても任せていました。持っている布の上には、スナー様の短剣が置いてあります。暗殺の直後には、あまりしっかりと観察できていませんでした。

〈族長様が死なれました。懸命の治療もむなしく。そして、こちらが凶器ですが……〉

 この呪い師は、博識なのか、ことの重要性を把握しているようでした。もう、スナーを殴る体力もないほど、大変な一日でした。いや、まだ今日は終わりません。

 短剣の柄には、オカメハチモク同盟の紋章が彫られていました。

〈マトト様!〉

 今度は別のオークがやって来ました。族長までは行かなくとも豪華な見た目は重臣か。スナー様が族長を刺した今、陣頭を取れるのはマトト様のみです。思った以上に、早いです。いや、族長の混乱に乗じた襲撃なら、これでも待ってくれた方ですかね?

〈報告をお願いします〉

〈オオカミ族が、東の方より攻めて参りました。戦力は、六百と見積もられています〉

 思った以上に早い。スナー様が、策にはめてやったと自慢するように笑い始めました。

〈ブライトさん。ニキーズと共にモウマイ川の方へ逃げてください。彼女が居る限り、キュウリ王国の支配の正当性は、仮に、仮に僕が死んだとしても維持できるはずです〉

〈ええ……分かりました〉

 重臣に静かにさせられているスナー様を横目に、ニキーズちゃんを探しに行きました。居ました。実の父が死んだあの場所に今でも呆然と立ち尽くしていました。

〈ニキーズちゃん、一緒に逃げましょう〉

〈……〉

 天真爛漫な子の、見たこともない虚ろな眼差しを見ないように、北の門へ連れていきます。しかし、それを止めたのは他でもないニキーズちゃんでした。

〈なぜ、逃げるんですか〉

〈今、この地へオオカミ族がやってきているのです! マトト様が、戦ってくれています。そのうちに、モウマイ川まで逃げて、テンイムホウの地に行きましょう〉

 ニキーズちゃんは、そう言われて、やはり引き止めるように私の服の裾を掴みました。

〈わたくし、マトトお兄様と一緒に、戦いたいのです〉

 その決意は、濁った目を澄み渡らせるのに十分なものでした。私はもう、いっぱいいっぱいでした。我が王国に友好的な族長が死に、マトト様も戦いに赴き、ここでニキーズちゃんも死んでしまえば、アイマイモコにおける影響力の核が玉砕します。焦りと強迫観念に操られ、襲われた村特有の狂気的な喧騒が、ドロドロと甘美に理性を蝕んでいきました。

〈行きましょう!〉

〈嫌です!〉

〈あなたが居ないと、王国が、王国が……〉

〈わたくしは、オークの女王として、民を守る役目を全うしたいのです! 王が真っ先に命を散らして民を守るのが、使命です!〉

 私は、つくづくテンイムホウの民でした。オークの騎士道など、知りませんでした。貴族とは、血の穢れに近づいてはいけない。オークの穢れに近づいてはいけない。純たる存在です。

〈行ってくれ、ニキーズ〉

 マトト様でした。あれからそんなに時間が経っていないというのに、既に鎧姿になっており、後は戦するのみのたたずまいです。

〈お兄様、私も戦いに〉

 カチャッと、鎧の擦れる音がして、マトト様はニキーズちゃんの頭をポンポンしていました。優等生でも武将でもなく、優しいお兄ちゃんが居ました。

〈テンイムホウ王国に行ってごらん。白馬の王子様に、会いに行くんだろう〉

 ニキーズちゃんは、最後の望みすら絶たれたように、もうわがままを言わず、固まったままでした。彼女も、オークとしての夢を果たせなかった。私も、オークの未来を築けなかった。同じ身の上でした。

〈ブライトさん、よろしく頼みますよ〉

〈え、ええ!〉

 マトト様は、離れていきます。キュウリ山に焦点が合うと、すでにオオカミ族の襲撃に晒されたのか、火の手を望みます。死地に彼は向かうのかもしれません。私も自身の天命を果たさねば。ニキーズちゃんの手を掴み、門へ行こうとします。

〈マトトお兄様、生きて帰ってきてね!〉

 ニキーズちゃんの想いは、誰よりも澄み渡る大きな声でした。

〈もちろんだよ! また、一緒に遊ぼうな!〉

 馬に乗ると、重臣と共に雄叫びを上げ、そしてどこか遠い場所へ行くのを見届けていました。


 ニキーズちゃんと馬に乗り、すぐさまモウマイ川へ向かいました。

 どれほど進んだでしょうか。一時間半ほどは走ったと思います。明かり一つない逃避行は心細いものでした。戦いの様子が分からないため、追っ手を振り払うためにも一刻を争いますが、馬の体力が持たないようでした。道から少し逸れた池に休ませるついでに、ニキーズちゃんにも横になってもらうことにしました。

 道のはずれの岩陰に隠れ、上に羽織っていた服を貧相ながら布団としてもらいます。

〈日が出たら起こします。それまでお休みになってください。私は辺りを見守っております〉

〈あなたも眠らないの?〉

〈私は大丈夫ですから〉

 心配されましたが、ニキーズちゃんも疲れがたまっていたようで、目を閉じると数十秒で眠りについてしまいました。眠りたい気持ちはあります。いったん村の外に出てしばらく駆け、緊張の糸がぷつんと切れた気分ですから。それでも、いつ捕まるか分かりません。

 何も起こらないでくれと願うばかりです。何も起こらないでください。何も起こらないでください。何も起こらないでください。何も起こらな

 逃げてきた方向から、松明の明かりがポヤポヤと見えてきました。オークも馬に乗って来ました。あれはキュウリ族のものか? いや……多分、オカメハチモクの連中だ。同じオークはオークでも、その風俗が若干違う気がしました。

 急いでニキーズちゃんを起こします。

〈ごめんね。すこし、静かにしていてくれない?〉

 すぐさま状況を察してくれたのか、共に岩陰に隠れていました。オークもやる気が無いご様子で、トコッ、トコッ、ゆっくりと歩いています。会話に耳をそばだてます。

〈おい、本当にこんな暗い中、若い連中が居るのか?〉

〈知らないが、上からの命令だ。成果なしに、帰るわけにはいかないさ〉

〈そうだな。まったく、どこにいるんだ〉

 冷や汗が出ます。幸い、こちらには気が付いていないようで、岩の前は通り過ぎていきました。

〈ブライトさん、まずいことになったのかしら〉

 小声のニキーズちゃんです。可愛いです。

〈ええ、そうですね。これでは安易に進むことができません〉

〈それよりも、追っ手が来たということは、お兄ちゃんたちは……〉

〈今は気にしてはなりません。ニキーズちゃんの身の安全の方が重要です〉

 早くオークよ居なくなれと思うと、皮肉なもので、変な奴がさらにやってくるものです。ダカッ、ダカッ、ダカッ、ダカッ。岩越しにもわかるほど、けたたましい馬の足音が聞こえてきました。もしもの時に備えて、内ポケットに入れていた、マトト様から預かった短剣を左手に備えました。

〈捜索は順調かね?〉

〈サンサン様!〉

 オークたちの恭しい声が聞こえました。小気味よく訛った、オーク語。間違いありません、オカメハチモクのお偉い様か。少なくとも母国語はそちらの方です。

〈ずいぶん早く制圧したということですか〉

〈そうだ。マトトやらは捕まえた。すぐに売り飛ばす手はずだ。スナー様がじきに新たな族長となる。一段落ついた時には、歯向かってきた捕虜や女子供も俺がまとめて買い取ってやろう〉

〈本当ですか!?〉

 欲を抑えられない下賤なオークの声が響き渡りました。ああ、スナー、オークの解放を謳っておいて。結局自分が族長となりたいだけであったのでしょうか。怒りが沸き上がります。

 その声を代弁したのは、こともあろうかニキーズちゃんでした。私が取り出していた短剣をいつの間にか抜き取ると、岩から顔を出しました。

〈マトトお兄様の、仇!〉

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