二 王の血
私は、混血の者です。アイマイモコで祟られずに済んでいるのも、オークの血が混ざっており、強い免疫を持っているからでした。スナー様は私の言葉を聞いた途端、先ほどまで興味なさそうに細めていた目を大きく開け、半歩身を乗り出しました。
〈どうやってお前は、生まれたのだ!?〉
食い気味に聞かれて少したじろぎましたが、はっきりと答えます。
〈いいえ、両親のことは知りません。父親はまるっきり行方不明で、独り子のみ残された生みの母は、私をパールという所の伯爵夫妻のもとへ養子に出し、どこかへと消えてしまい、それっきり連絡を一度もよこしたことがありませんので〉
〈そうか〉
平静を保つスナーの顔が、少し歪んだように思えます。気にしないように思いつつ、族長のところへ会談をしに戻ることにしました。
夜もすでに更けて、気が付けばこの宴の場に子供は居なくなっていました。もう、家で寝かされたのでしょう。酒を飲んだものは夢か現か分からないほど酔い惑っていましたが、私は会談の場に備え、一滴も飲んでいませんでした。
「……ええ、ええ、もちろん」
族長は話し合いの場を設けることをすぐさま快諾してくれました。オーク語も大丈夫ですが、やはり慣れた言葉は安心します。族長はスナー様を呼ぶと、彼に誘導されて、客間に通されました。
「スナーも戸の前で見張っているが、彼はテンイムホウの王国の言葉は分からないですよお。安心して話してくだされえ」
「はい。わざわざお疲れの中、付き合っていただき誠にありがとうございます」
小さな村々を束ねるだけの族長と侮るなかれ、アイマイモコの中でキュウリ族は一大勢力です。テンイムホウ王国とも友好的で、月に一度、オークの方から商船もやってくるほどです。探検の際の連絡も、交易商の伝手を頼りました。利害が一致しているからこそ、込み入った話も隠し事抜きに、できるのです。
「あなたの方こそ。それよりも、どうされたのですかあ」
「ええ。まずはこちらを」
王国から持ってきた文を渡しました。王家の紋様の封がされています。族長はすぐさま剝がし、食い入るように見つめました。国王陛下からの直々の文書です。
「これはこれは。外交使節とは聞いておりましたがあ、まさかお願いしていた武器をいただけるとはねえ」
「書面の通り、高純度の鋼を用いた最新式です。アイマイモコは密林が多いので、銃の先端に短剣を装着し、接近戦になろうと戦える小回りが利くものをご用意しました。すでに何丁か、こちらで運べる分はお持ちしております。一月後にはもっと大量に、モウマイ川を越え、族長にお渡しできるはずです」
「本当に有り難い……今回武器を王国様に頼んだのはねえ、オカメハチモク同盟のせいなんですよお。向こうに与しているオークの襲撃が、最近増えておりましてねえ」
「ほお。どうして襲撃が増えているか、ご存じですか?」
「そらあ、村の者をさらうためですよお」
「さらう?」
「ええ、そのままです。捕虜はあ、オカメハチモクから来る商人に引き取られるんですよう。多くの金塊や銃と引き換えに」
族長の目が、にわかに曇りました。
「弟もねえ、三か月も前だったかね。その時にさらわれましてねえ。それから、もお消息は分かりませんよお」
「弟様が? ……心中お察しします」
オカメハチモク同盟は、国の管理を離れた商業都市連合が起源なこともあり、利益にとことん汚い連中です。まさか、そんなビジネスに手を出しているとは。
「……もしかしますとお、国王様がお願いする見返りというのも、オカメハチモク同盟のオークを捕まえることでしょうかあ?……それでも構いませんがあ、同じ森に住まうモノとして、悲しくなってしまいますねえ」
「いいえ。……私たちの要求は、族長の御子息方に、王都へと来ていただくことです」
族長は、いったん考えを整理するために、深呼吸をしました。顔はまだニコニコしていますが、カチコチになっているのは明らかでした。
「それはあ」
その先は言われなくとも、分かります。人質を取るということですかあ? ええ、そうかもしれません。でも、落ち着いてください。……自分。ここで不敵な笑みでも浮かべようものなら、命はありません。キュウリ族の城壁は、ブライトの鳥籠ですから。
「族長様に不都合となるようなお話ではございません。陛下は今年で二十二。今、キュウリ族の子弟を宮廷に招き入れて貴族とし、娘様は側室としてお迎えしようという話が持ち上がっているのです。そのような場合は、族長殿も公爵に列せられます」
王族関係者のみの大公爵の次に尊き、公爵の位! その老いた瞳の奥に、権力欲の炎が瞬く間にパチパチと燃え上がりだしました。一つ真実と違うことがあるとすれば、話が勝手に持ち上がったのではなく、私自身で持ち上げたということです。
儀式的な謁見も済み、腰の重い貴族の方々もあらかた退いた後、親衛隊団長のみの同席で、国王陛下に奏上を行いました。
「私が此度の出張で考えていることは、オークを我が王国に取り込むということです」
「ふむ、説明を頼もう」
「はい。状況を確認致しますが、オカメハチモク同盟は近年、オークと怪しげな商取引を行っているとの噂がございます。アイマイモコの地にオカメハチモク同盟のみが利を与えるとなれば、かの地が敵方に傾くのは時間の問題でしょう。こちらからも、何か与えるものがなければなりません。そこで必要となるのが、国王陛下の側室の地位なのです」
割って入ったのは、団長でした。
「恐れ多くも、国王陛下の血にオークの血を入れるのか?」
その言葉には、若干の戸惑いがありました。
「団長殿よ。そのことは、気にしなくても良い」
若いながらも、国王に弱冠八歳で即位したこの方は生まれながらに王として生きることを宿命づけられた存在でした。摂政の後見が無くなって未だ三年目ですが、確かな威厳と風格がありました。
「国王陛下の御心は第一ですが、しかし……」
「気にしなくて良いと言っておるだろう!」
「申し訳ございません」
「もう大丈夫だ、下がって良い」
こんなことを口走れば不敬罪で首がちょん切られますが、遅れた反抗期の子供のようでした。団長が退くと、しばらくの沈黙が流れ、御言葉に固唾を飲みました。
「朕は、この王国の伝承を、……さしては気にしていない。だからこそ、この王国の未来を鑑み、混血のお前に命を与えたのだ」
テンイムホウ王国には、どこの部族や国のそれと同じように、神話があります。
「この王国を作り給へし神命王は、子供にかくの如く仰せらる『我が子らよ、王家の血を清らかにせよ。掟を守らば平和となし、掟を破らば災禍となす』言伝を守り給へし王家、千年の平安を得けり。しかし三十二代業火王、その精神を病みて、子は若くして次々と死す。つひに狂ひてオホクを王女となし、子は三人生まれ、健やかに育つ。だが掟を破りし天罰に合ひ、王国は三分し、二百年の戦乱のときの訪れる」
このテンイムホウの王国において、特に高貴なお方がオークと関わるなど言語道断です。私の育ての親たるパール伯爵夫妻は、私を外に出さず、お友達は伯爵の信頼するお茶会友達だけでした。
お父さんからアイマイモコ派遣の提案をお聞きしたとき、そして謁見を陛下がお認めになったときから、違和感は感じていましたが。陛下にオークの王女を作るよう持ち掛けたのは、疑念に白黒つけようとしたからです。そして今、確信に変わりました。
「陛下、皇太子殿下の気がお触れになっているのですか?」




