一 アイマイモコへの派遣
国王陛下からアイマイモコ派遣の任を仰せつかったことは千載一遇でした。何でも、我が王国との緊張状態の続く仮想敵国の、アイマイモコへの進出を阻むためだそうです。国王陛下の強い御心を受け、夢を叶えるチャンスともあって、死ぬ覚悟で行くことにしました。
「国王陛下。この度はアイマイモコへの派遣をお命じになったこと、至極光栄に存じます」
「ブライトよ。アイマイモコの民は、凶暴なオークだ。心して臨んでくれ。朕も、ブライトが生きて帰ってくれることを信じているよ」
「お任せください」
「そなたの貢献、とくと期待する」
旅の日は、思った以上に早く訪れました。王都から遥か二千キロ。王国とアイマイモコの境目に横たわるモウマイ川は、川とは到底思えないほどで、対岸の代わりに水平線が見えます。王直属の親衛隊の船で、モウマイ川を渡りました。大きな帆船の甲板で、アイマイモコの出現を今か今かと見張っていました。
「物好きだなあ、お前も。まさか身一つで、アイマイモコに行くなんて。娘が言っていたら、絶対に止めていたよ」
私の隣に来た親衛隊団長は、旅に行こうとする娘を持つような年齢ではないはずです。両想いの幼馴染だったはずの団長から全く近況報告がなく、そして突然今娘の存在を知ったので、少しくらいは怒っても許してもらえるでしょう。
「想い人に、忘れさられてしまって。出家です」
気まずい団長。沈黙せざるを得ないようです。
「もう、気にしていませんから。それにしても団長の娘さん、さすがに旅に出るには若すぎるのではないですか?」
「妻が連れてきた子だ」
二人の子ではないと知り、少し安堵してしまいました。
「……団長はオークのようにカッコいいですから、モテモテなんですね」
嫌味ったらしく言いました。
「世間体のために結婚しただけだ。それに、オークは二メートルあるとさっきお前の口から聞いたのだが……それよりも、どうしてアイマイモコに行こうと考えたんだ? 命の危険があることくらい、お前も分かっているだろう。本当の理由は?」
「小さい頃からの夢だったんですよね、アイマイモコに行くことが。オークがこれから王国民として認められていけば、偏見もなくなるのではないかと」
「ああ……」
「お父さんの書斎でアイマイモコについて色々調べて、どうすればオークと共存できる王国を作れるか模索していたんです」
団長は、私の腕をそっと掴みました。久しぶりに見ると、本当にかっこいい。親衛隊はイケメンしかいないとお茶会仲間が噂していましたが、本当でした。
「それよりも、団長殿! アイマイモコが見えて参りましたよ」
「あの森か?」
手すりを乗り出した私を制しながら、団長は目を細めていました。深いジャングルのような場所。『アイマイモコ周遊記』の記述の通りです。
アイマイモコに上陸すると、近くの大木からオークが五匹やってきました。事前に説明したものの、船に乗っていた兵士達は初めて見るオークに身構えていました。がっしりとした大きな体格。濃い緑色の肌。紫色の瞳。とてもヒトだとは思えませんから。
オークの一人が、拙い王国の言葉で喋ってきました。いつもモウマイ川を渡って王国と交流しているのか、南方の訛りが混じっていました。
「こんにちはですよう、ブライト様にい、親衛隊の方々様もお」
「こんにちは。お手紙では常々やり取りしていた、キュウリ族の族長さんですか?」
「そう、そうよ、今から村の方に案内しますう」
「ありがとうございます。団長、ここまでの道のりの護衛、本当にありがとうございました」
「ああ、ここから先の密林地帯は我々も祟られるかもしれない。前にも話した通り、ちょうど三十日後の正午、同じ場所に私は来る。ブライト、生きて帰ってこいよ」
「国王陛下の真似事ですか?」
「本心だ」
国策を一人の女性に任せる。なんとも詰めの甘そうな国ではありますが、アイマイモコには「オークの祟り」と呼ばれる風土病が存在します。罹ってしまえば、普通のヒトなら一週間も経たず熱に侵され死ぬでしょう。幸い、私のような者には強い免疫があるのです。
団長は私の肩に祈るように手を置きました。手を離すと団長は船に戻り、また長い長いモウマイ川へと帰っていくのでした。
「さて、村へ行きましょう」
「あちらですよお」
そう言われると、近くに留めてあった馬車に案内されました。
〈馬車を出発させてくれ〉
族長はそうオーク語で指示をすると、合図を聞いた若いオークが馬車を進め始めました。私はぼんやり馬車に揺られながら、見慣れぬ植物を見ています。アイマイモコ周遊記には、この地の植物が図鑑みたいにたくさん載っています。じっくり見たいところですが、それは後からでもできると思い、ひとまず村に着くのを待とうと、気長に考えました。
もう休憩をはさみつつも、とうに半日は馬車に揺られていたでしょうか。ジャングルは昼夜感覚がなくなるとは聞きましたがそんなことは無く、ただただ夜は真っ暗なので昼との違いが明瞭です。景色は全く代わり映えしませんが、まだかまだかと思っていると、にわかに明るい開けた場所に来ました。
「ここがキュウリ族の村ですよお」
「おお!」
王国では見世物か奴隷だったオークが沢山居ます。槍を持つに、兵士のようです。噂の村は、王都には流石に及ばないものの、木の杭の城壁や水堀もあり、とても原住民、という言葉で表せられない発展ぶりでした。門がガタガタ大きな音を立てて開かれると、ちょっとした通りには見物客が沢山居ました。
「今日はもう遅いですからあ、宴は明日の夜にやらせて貰いますねえ。すぐにブライト様用のお部屋にお連れしますう」
ちょっとした広場で馬車から降りると、知らない子がこっちを見ていました。せっかくなので、自己紹介でもしてみます。
〈私は、テンイムホウ王国から来た、ブライトです〉
オークの子供はそれだけで大喜びでした。しかし、少し首を傾げているところを見るに、発音は悪いのでしょう。これからの課題です。
〈オーク語、お上手ですね〉
〈家庭教師の先生に、教えてもらったのです〉
他の見物客にも適当に笑顔で手を振って場を切り抜けると、お連れの人と共に族長の家へとやって来ました。家というより、この村に入る時にも見た杭の柵もあり、お屋敷に近いです。
「どうしますう? 疲れていますよねえ。お眠りになって明日の宴の時にまた話しましょうかあ」
「そうですね。また明日、よろしくお願いします」
寝室に案内されると、慣れない場所でしたがすぐに深い眠りにつきました。
村の規模はだいぶ大きいようで、何百人ものオークが広場に集まって、思い思いに踊ったり騒いだりしながら、珍しい食べ物を平らげていました。食べてはみたものの、真っ青のフルーツや毒々しいほど黄色い肉は見た目だけで、あまり口に合わず、これ以上食べる気も起きなかったのでブラブラとしていました。これからの食事は、もっと考えないといけません。私のために宴を開いてもらった以上、主役が居なくなる訳にもいかず、会釈しながら触れ回っていました。皆、遠方から来た私を物珍し気に見ていました。ミッチリ教わったこともあり、現地の癖を覚えてしまえば、どうにか伝わる程度のオーク語はスラスラ出るようになりました。
すると、見慣れぬオーク。
〈あなたがブライトさんですか?〉
若々しいその声から、青年だと分かりました。族長と同じような宝石のネックレスをつけているところを見ると、支配階級そうです。
〈えっと……あなたは誰ですか〉
〈スナーと言う〉
〈もしかして、族長さんのご長男ですか?〉
少しぶっきらぼうに話す方だとは思いましたが、族長は健康面に不安があり世代交代が近いため、今後の関係を鑑みれば仲良くしたいところです。
〈そうだ。それより、なぜ君はそのような肌をしている〉
スナー様は、私の肌を見ていました。オークの濃い緑とはいかなくとも、薄緑色の肌。
〈父がオークで、母が人であるからです〉




