十二 目指した楽園は
「テンイムホウの精強なる戦士よ! 突撃せよ!」
「おおおー!!!」
山の頂上へと登ると、あまり変わりないようなキュウリ族の村が見えました。しかし、何かが違うとすれば、活気があまりないことでしょう。何人ものオークが、オカメハチモクの地に捕囚されたというのか。石造りの壁も粗雑ですがあります。なんとも急ごしらえで、前時代的な雰囲気を感じます。
あまり悠長に見る時間は無く、他の兵も皆、壁に向かいます。
カーンカーンカーン! カーンカーンカーン! 鐘の音が鳴りました。向こうの敵襲の合図でしょう。明らかに、騒然としておりました。
壁の上から銃の軽やかな音が響くと、何人か倒れたのかもしれませんが、こちらも怖気づくわけにはいきません。
「怯むな!」
直後、我が軍の大砲の音が後方より聞こえました。目にも見えない速さで飛ぶと、、瞬く間に積み木を振り払い崩す手のように、なぎ払っていました。何回か、ドンッ、という音がして落ち着くと、もう王国軍は村の中に侵入していました。私も遅れて突入します。
大混戦の白兵戦が起きていました。馬に乗った私に近づくものも多いですが、皆、触れる前に我が軍のオークに為すすべなくやられていきました。同じオークとは言え、ここまで戦力差があろうか。ヒトを連れていく際の懸案事項に体格差がありましたが、死体に慣れさせたヒトは全く怯むこともなく、組織化されていないスナー様のゴロツキとの差がかえって浮き彫りとなるばかりでした。
本丸の場所は、分かっていました。多分、新族長として一番中心部のお屋敷にいます。門をこじ開けようとすると、既に壊されていました。馬を降り、奥へ奥へと走ります。既に、ほとんどの従者は瀕死で、まともな抵抗活動は終結しているようでした。
ただし、親玉は残すように命令しておきました。
最奥の部屋へ入ると、顔を歪めたスナー様が居ました。詰みです。思えばスナー様と、久しぶりのご対面でした。
「下がっていいぞ!」
「了解です! ブライト団長!」
私が王国の兵士に報酬の金貨の入った袋を渡すと、兵士たちの関心はスナー様にもはや無いようでした。
〈新しい顔!〉
顔がさらに歪みました。ガクガクと震えが止まらないご様子で、尊大不遜な笑みしか見たことがなかったので、新鮮な気持ちでした。
ニキーズちゃんからの伝言を伝えました。一字一句間違えていないはずです。スナー様は、少し平静を取り戻したようでした。
「俺も俺で、思うところが沢山あったんだよ」
「思い詰めても、殺すには至らないでしょう。というより、テンイムホウ語、分かるんですか?」
「ああ、分かるよ。むしろ分かりすぎるって怪しまれないようにするために、さぼっていた」
「どうして分かるとまずいのですか?」
「俺を重要な会議の見張りにしてくれなくなるからだ。聞こえていた。オオカミ族の地を、攻めようとしていたんだろ。ニキーズをオオカミから守ったのと、同じだよ。親父から守らなきゃいけない人がいただけだ」
「あのキュウリ山で、出会っていたオークですか?」
「そうだよ。他に誰がいる。でも、駄目だったな。〈〈キュウリ族のもの以外を、首長は妻とするべからず〉〉って掟があるから。叶わない恋だよ。お前に凄い憧れた。あのテンイムホウ王国で禁じられた、オークとヒトの子と聞いて」
「なりたくてなった訳ではございません」
「そうなんだな」
「それでは、なぜ首長の座に」
「サンサンというオカメハチモクの男にはめられて。あいつ、俺をこの屋敷から出してくれなかった」
「それはそれは」
掟を破ってしまいたい恋。私は掟に屈し、スナー様は破りました。寸分の違いしかないように思えました。
「今からでも、逃げませんか?」
「俺に言ってる!?」
「見逃してあげます。兵士にも口止め料は払いましたし」
「今さら会って、彼女に何て言えばいいんだ? 奴隷売買に身を染めたのに」
「掟を破るためにしょうがなく、とでも。そこはあなたのカリスマのなせる業です」
「……優しいな。お礼に、これを。けじめだな」
スナー様は首にかけていたネックレスをくれました。首長の一族たる証です。
「マトト様に渡しておきます」
「まだ、生きていたんだな。それが一番驚きだよ」
「ええ。元気に副団長していますよ。」
「本当にありがとう。生きて逃げられるかは、分からないけど」
スナー様は、鳥籠から放たれた鳥のように、二階の窓から外へ飛び立ちました。どうなったかは知りません。スナー様のネックレスをマトト様に渡すと、言伝は伝わった、とニキーズ妃に言うようお願いしました。マトト様は、頷くのみでした。
金目当ての略奪や、降伏した者の殺害はしないよう強く言いつけてありました。みんな慣れっこだからか、死んだ兵士の後始末がやけに早かったのを記憶しています。死体の数を勘定に入れても、ニキーズ妃と共に逃げた、あの頃の人口と比べて六割ほどになっていました。皆、戦死したか、その後の和平でスナー様が売却したのでしょう。もはや、キュウリ族の栄光たる土地はありませんでした。
二日後です。オカメハチモク同盟の主力接近の報が斥候隊よりなされました。
「ブライト団長、ここが決戦の時となります」
マトト副団長が、作戦会議の場で長々と前置きを述べた末に、そう結論を下しました。兵の供給にもう後がない私たちにとって、相手方が固まっているのはまたとない機会でした。身長が百七十センチを超えている健康なキュウリ族のオークは一人残らず動員しましたが、攻城戦での被害も大きく、頭数は四千と三百を超えないほどでした。相手方にとっても、戦争の長期化は避けろという本国からのお達しがあったはずです。この件に関しては、マトト様に頭が上がりません。
〈オカメハチモク同盟沿岸で、海上封鎖を行いましょう。王国もいくらか交易は行っておりますが、貿易を生業とするオカメハチモクへの影響は致命的なものとなるはずです〉
私に作戦を伝えるときのマトト様の目つきは、明らかに悪役のそれでしたが。
何はともあれ、決戦の舞台は今いる地から南西に五十キロほど進んだ平原と決まりました。ここまでの流れは非常に速いように思えました。雄大なモウマイ川の流れるアイマイモコには、似つかわしくないほどに。
「テンイムホウの精強たる戦士よ! これで最後となる!」
「おおおー!!!」
同じようなことばっかり、これでもう一時間近く叫んでいます。しかしマトト様によると、これが一番鼓舞できると断言していました。前へ前へ進む団長が、戦には必要だとか。
ある意味、捨て駒だからこそできる行いなのです。チェスでも、私がニキーズ妃のようなクイーンなら、ここまでフル活用されることもないでしょう。
「私は死んでもよいですから、マトト様のように戦略を練ることはできなくとも、何かお役に立てることはございませんか?」
そう願って、マトト様の打算的な頭脳の計算のもと、つけてもらった仕事です。しかしむしろ、散ってしまった元団長への一番のはなむけと感じ、やりがいを持って臨めます。
戦は突然始まるものです。戦場に、ラッパの音が鳴り響きました。パッパラパー。しかし、私たちの軍の雄叫びですぐさまかき消されてしまいました。
前回の、あまりにも一方的すぎる戦とは異なり、両者は拮抗していました。
「ブライト団長、押されている左翼の激励をお願いいたします!」
ここぞという場に備えて用意していた白馬を御しました。
「我らは国王陛下の親衛隊であられるぞ! 戦い抜けえ!」
「おおー!」
戦場を走り抜けるその姿は、ニキーズ妃の追い求めていた白馬の王子様そのものです!
左腕で、テンイムホウの国旗を持ちました。普段は貴重で使えないくらいの眩しい赤で布を染め、中央に金と見まがうほどの黄色で塗られた王冠は、まさしく神命王の王たる証。
戦場を駆け抜けました!
「朕は、神命王であるぞ!」
我先にと白馬で突撃し、先頭にいたオカメハチモクのオーク達をランスでなぎ倒しました。不敬かもしれませんが、王国民にとっては効果てきめん。先ほどまでは疲れ気味だった兵士も、途端に勢力を盛り返し、前線をジリジリと戻していきます。いったん戦いの場から引き揚げ、遠目から戦いの様子を見ていると、ふと、思うところがありました。
ヒトとオークが、すぐ隣で協力して戦いあっているのです。王国にいたときには、一回も見られない光景でした。
ヒトの兵士が、オカメハチモクのオークに押されて、倒れました。折檻を受ける前の子供のように、反射的に左手で顔をかばいます。しかし、すぐ右手にいたオークが、敵のオークを斬ると、ヒトに手を伸ばしました。
「大丈夫か?」
「あ、ああ、ありがとう」
ヒトもまた、オークの手を取りました。祟られた後の、緑の斑紋が残った手で。
見ず知らずのヒトとオークがあそこまで親密になるのですか。ああ、私が目指した楽園は、地獄への一本道にこそ見えるものなのでした。平和な王国で、見られるはずがないのでした。
ふと、涙が出ていました。いけない、いけない。神命王は泣きません。いつまでも強く、全てを受け止める全能のお方です。母后のような、大根役者であってはなりません。
視点を二人の兵士から戦場全体へと広げると、さて、見覚えのある顔がありました。
「あれは……サンサンか!?」




