十一 祖地へ
私のご機嫌を高級菓子で戻した国王陛下は、話を続けました。感動の再開に水を差されたましたが、良いもの貰ったのでチャラとします。
〈どうやって、戻ってこられたのですか?〉
〈恥も面目もなかったですよ。捕虜になってオカメハチモクまで連れていかれて、奴隷として売られたのです。一時はどうなるか心配でしたが、その時に最高値を付けたのが、まさかまさかラクラオ叔父さんだったんです〉
〈ラクラオ叔父さん?〉
〈族長の、弟さんですよ〉
そういえば、話していました。拉致された、弟が居ると。奴隷として売られたはずなのに、奴隷を買える立場にまでなるとは、なんともたくましい。
〈何とかオカメハチモクの目をごまかして、荷物に紛れてテンイムホウ王国に参ったということです。本当は、ニキーズにさよならを言った手前、帰らない方が良いのかとは思いましたけど。〉
〈けど?〉
〈ニキーズのことがどうしても気になって。ブライトさんのおかげで、今ここに元気でいて、しかも妃になっていると。本当に、礼をしてもしきれません〉
本当に妹想いの、優しいお兄ちゃんなのだと感じました。オーク語が分からない王様が暇を持て余していそうなので、可哀そうになり話を振ってあげます。
「陛下、どうしてマトト様を王宮に置こうと?」
「アイマイモコの土地感があるからな。奴隷として売られた時の値の十倍でラクラオという名の商人に聞いたら、すぐに寄越してくれた」
ラクラオ叔父様の商魂たくましさが垣間見えました。
「何はともあれ、テンイムホウの言葉は誰かさんが教えていたようだし、これからの戦にも大いに活用できる。彼を、親衛隊副団長とするつもりだ」
〈作戦の詳細は、私にお任せください。何でもやりますから〉
強い見方が手に入ったと思いました。
二万の男手は、あっさりと集まりました。王国各地で問題となっている大飢饉のせいで、農村を中心に次男坊三男坊の身売りが横行していたのです。王命により市場価格の倍で買い取ると伝えられると、瞬く間に二万二千人もの人手が集まりました。
戦いに遂に行くことになったと、ほうぼうに言いました。お父さんは、一周回って応援してくれました。お母さんは「帰ってきてね」と優しく包み込むように抱くのみです。大変なのはメイドさん達。彼女らも、年季奉公とは名ばかりの身請け。同じ境遇の二万強の男子の徴兵は、大きなニュースとなっているでしょうから、文字の読めぬ身であっても、不穏な空気を察知しているのでしょう。
国王陛下に無理言って、ニキーズ妃にも面会させてもらいました。
「これから、どうするおつもりデスか?」
片言ながらも、しっかりテンイムホウ語を教えた甲斐がありました。まだこの地に来てから一週間ほど、王子様との結婚式さえまだ挙げておりません。
〈大丈夫ですよ、オーク語で〉
〈あ、ありがとうございます!〉
〈もう一度、アイマイモコへ向かいます。第一の目標は、キュウリ族の村の攻略です〉
妃ですから、軍事機密を喋っても他言しないでしょう。真面目な子です。
〈スナーお兄様が、今は族長ですか?〉
〈ええ。オカメハチモク同盟の傀儡として、のさばっているでしょう〉
〈もしスナーお兄様を捕まえたなら、こう伝えてあげてください〉
〈何と言えば良いのですか?〉
〈お父様は、スナーお兄様に、期待していたということです。私の前でも、自慢げに良く話していました。〈〈スナーには、次期族長の器がある!〉〉と。確かに、お勉強はマトトお兄様の方が出来ていたかもしれません。語学の力も、上かもしれません。それでも、スナーお兄様には、オークを率いる才があったのです。森をスナーお兄様と歩いていたとき、オオカミに一度襲われたことがあって。スナーお兄様がボロボロになりながら、助けてくれたんです。オカメハチモクの人から助けてくれた、ブライトさんみたいにカッコ良かったんです。スナーお兄様には、そういうオークを助ける、カリスマがあった。族長は、マトトお兄様を右腕とするつもりで、色々教えていただけなのに。どうして、どうして何もかも諦めてお父様を殺しちゃったりしたの……?〉
ニキーズ妃は泣いていました。もはや伝えることでもなんでもなく、ただの告白でした。全てが遅すぎました。それを伝えたところで、何かが変わる訳でもありません。
〈必ずや、伝えます〉
しかし、その台詞の他に、心持ちは何もありませんでした。
モウマイ川の流れは緩慢。特に大きな船なら、なおさら。しかしながら、太き太きモウマイ川の旅にも終わりが来ます。いつか期待と願っていたアイマイモコの地に、神妙な思いで立っていました。
場所は、川辺から一時間ほど歩いた場所にある大きな池の近くを選びました。煮沸したら飲み水となるというのが建て前ですが、ボウフラがいっぱい湧くからです。
宿舎は単なるキャンプ地ですが、二万人を超える大所帯は町でした。若くて元気そうな青年たちも、新たな環境にワクワクしています。アイマイモコから遠方の地域のものが多く選ばれました。文字もあまり読めないのでしょう。祟りについて知っているものは目につく限りでは居ませんでした。北方の故郷から離れたことが無いためか、アイマイモコの暑さに、やられているものも少しいました。
三日目から、千人のオークをもう総動員する事態となりました。一週間が立つ頃には、半数が祟られることとなりました。少々軍紀も乱れ、脱走者も十数人いましたが、モウマイ川の川幅は二百キロあることを伝えると、それから逃げようとするものは減りました。
一番大変なのは処分でした。祟りで生き残っても、死体が放置されていると別の病が広がります。単に炎を燃やしただけの簡易な火葬のため、むせかえる匂いがしました。病人の世話を嫌がっていたオークも、一日燃やす係にしただけで、すぐに給仕を希望しました。
食料も余裕がありませんでした。モウマイ川から一時間ほどの場所を選んだのは補給の限界がそのあたりだったからです。最初はカツカツでしたが、祟りのものの栄養状態を悪くするわけにはいきませんから、最優先で回しました。そのために、虚偽で健康状態を悪く報告するものおりました。十日目を過ぎてからは、徐々に余裕も生まれ、補給量も少なくできるようになりました。
生きている人間も相応に面倒くさかったです。いきなり暴れて全てを壊し始めようとする者もいました。物資の足りない中で命取りとなる以上、割り切ってその場で斬り捨てました。
「これ、運んでおいてもらえませんか?」
「分かりました」
名前も知らない兵士もテキパキ仕事をこなします。怯えるものは居ませんでした。
二十五日目。全ての人が、完治するか、処理されました。結果として二万二千いたヒトは、幸運にも二千六百が生き残りました。予想以上です。皆、王国に買い取られ忠誠を誓った身ともあって、無学ではあれ、素晴らしい粒揃いです。オークの千も合わせて、三千六百。これなら、キュウリ族の城攻めも遂行できる力があります。
四日かけて、キュウリ族の村を回り込みました。キュウリ山から見下ろす形で攻めた方が、被害は少なく済むと、マトト様から教えてもらいました。
「ブライト団長は、少し下がった位置からでいいので、味方を鼓舞し続けてください」
「了解しました」
テンイムホウの軍隊で団長がオークの言葉を使うのはよろしくありません。しかし、マトト様はすぐに順応してくださりました。マトト様は立場上私を敬ってくださいましたが、立案では歯に衣着せぬ物言いをお願いしました。そのためか、提案は全て実効性のあるものばかりでした。
大所帯。脱走兵も少数ながら有り。確実にオカメハチモク同盟にはバレているというのがその見立てです。ならば、早め早めに動かなければ手遅れになる、とも。
明朝、警戒は薄いはずです。賽は投げられました!




