十 王の決意
「陛下。オカメハチモク同盟の兵力はどれほど存在するのでしょうか」
「先の貴族からは三百と聞いていたが……新しく配属した役人は、五千と報告したな」
戦の拡大を王にそそのかすと言っても、兵力を十六倍にも盛るとは、母后の一派はある意味大胆です。
「テンイムホウで農奴や見世物に甘んじているオークはどの程度いるのでしょうか」
「オークについては、戦争が始まった際から徴兵を行っている。千ほどだ。本当はもっと多くいるが、酷い折檻を受けたもので片腕が無いオークもいて、そういう奴は戦争に使えないとされた」
戦力の差は、予想通りとは言え圧倒的。
「オカメハチモク同盟よりも大きな戦力とまでは行かなくとも、ある程度互角の戦いをする必要がございますよね」
「ああ、そうだが……これ以上に用意できる戦力があるというのか?」
椅子の横に置いたバックから、紙が茶色になるほど使い古された一冊の本をそっと取り出し、陛下にお渡ししました。
「こちらをどうぞ」
表紙を一瞥した陛下の気は動転しているようでした。
「これは……『アイマイモコ周遊記』!? いったい、どうやって手に入れたんだ!」
この本は三十年ほど前に、オカメハチモク同盟の命知らずな探検家が書いたことで知られています。当時は戦争していなくとも、準敵国の本。オークの詳細な生態が図やイラスト付きで事細かに述べられていたり、祟りにまつわる生々しい記録の数々も掲載されていたりするのですから、本自体が穢れを持ち込みかねないと、よく分からない理由で禁書となりました。
「この本の所持に関して、関係者を罰さないというのであれば」
「分かっている」
「パール伯爵はこの国の国境地帯を治められているから、辺境伯という地位だと理解しております」
「十まで言わなくとも理解した」
実際、オークに対してここまで寛容なのも、辺境伯という異国との玄関役を担当しているからなのでしょう。交易も、合法非合法問わず、幅広くやっておられるそうですので、入手は難しくありませんでした。
「八十八ページをご覧ください」
「……この絵は、オークの祟りの症状?」
「はい、そのようです。どうやら十人に一人ほどの割合で、祟りを持ちこたえることがあるようなのです。しかし、治った後も、症状として見られる緑色の斑紋が、腕に残ってしまうということです」
「なるほど」
この場に陛下と私以外誰も居なくて本当に良かったです。オークの祟りの症状図を見せるなど、不敬罪にいつしょっぴかれても不思議ではないのですから。
「私にも本当か確証が持てなかったのですが、ついこの前、確信に変わりまして」
実の母の腕を見てからです。
「そして、次のページに記載があるのですが」
ペラッ。
「オカメハチモク語は、朕には読めないが」
メモをポケットから取り出しました。メモと言っても、本のページと同じ大きさですが。
「こちらが、王国語への翻訳文です」
「なに……一度祟られたものは、その後もう一度祟られることは極めて低い、か。つまり、国中を隈なく探させて、腕に緑の斑紋があるものを兵士とさせればよいということか」
「それは難しいかと思われます」
「何故だ?」
「緑の斑紋が残ったものは、オークと同様、穢れた存在として隠れて住み、家畜の解体などの職に従事することが多いと聞きます。そのようなものがどこに住んでいるのか、あまり知られていないでしょうし、探せたとしても大した数にはなりません」
「そうか」
「そこで私が提案する作戦は、緑色の斑紋を『作る』ということです」
陛下は本を閉じました。今までで一番間の抜けた顔でした。
「今、なんと」
「緑の斑紋を、作りましょう。健康で若いヒトの男を大勢アイマイモコに連れていき、十分な食糧を供給してもらったうえで、一か月ほど生活を送ります。そうすれば、一割ほどは生きるはずです」
「何人のヒトが必要なのだろうか」
「五千人と対等に戦うためには、オーク千人と合わせて四千人が必要です。ですので、単純計算で四万人が必要となります」
陛下が、やっと真剣な顔になりました。
「さすがに、四万人も死地に送るのは厳しい。国庫が持たない」
「いやはや、もちろんそうですよね」
最初考えたときは、あまりに非現実的な提案だとは思いました。しかし、そのぐらいしか考えつかないと諦めてもらえる方がこちらとしては楽です。私は、緻密な戦略を建てるような将軍ではありません。自らの命を顧みないような理想家です。
「しかし、二万人なら何とかすれば」
「ええっ!?」
陛下の御言葉には、耳を疑いました。
「なぜ、提案した本人が一番驚いているんだ」
「いえ、……非人道的ではないのですか?」
仮にこの案が最も良かったとしても、確実に、少なくとも民を一万八千は殺すのです。正気ではないとまず思うでしょう。
「何を止めるか……母君に刃を向け、気に入らない貴族を一掃したこの朕が、今更民を多く殺したところで、もはや何も言われまい」
ああ、本当に悪魔と契約する気です。
「分かりました。死ぬ気で、王国を勝利へと導きます」
私も後世に罵られる覚悟で、自分の知るオークの平和を願うため、戦いに、王国に、理想に、命をささげる覚悟を持ちました。
「どの将も、戦力が圧倒的に足りないと申していてな。そのような戦力増強策を、延々巡らすばかりであったんだ。スパッと、いい方案が聞けて嬉しいよ。詳細は、新入りの頭の切れる将軍に任せよう」
「新入り、というのは……?」
「朕と二人きりでは、襲われた際に身を守ることができないだろう。だから、この部屋には新入りの将軍がいる」
部屋を見回します。
「誰も居ませんが……」
「だ、そうだ。出てきてくれ。おーい!」
国王陛下は、面会の間の明らかに高そうな、等身大サイズの壺に呼びかけました。
ポコンッ。
蓋が取れました。中からオークが立ち上がります。
〈ブ、ブライトさん!?〉
〈マトト様がどうして!?〉
陛下は、笑い転げていました。壺の蓋を帽子にしたマトト様は、ひょうきんな姿でした。頭が固くなさそうな貴族には、皆こうやってドッキリを仕掛けているということです。




