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追放された悪役伯爵は帳簿を正しくつけるだけ ~辺境を黒字にしていたら、俺を断罪した王国は粉飾で手遅れになっていた~  作者: 夜凪 蒼


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第15話「兵糧攻めには受取印を」

冬の駅逓便は遅れる。


その便が定刻に着いたので、俺は封を切る前に嫌な予感がした。急ぐ荷は急ぐ理由がある。


『王国財務院令 北辺境物資統制の件』


文面は短い。北辺境の4領に向かう荷は、関において納付証の提示を要する。納付証を持たない荷は通さない。納付証は財務院が発行する。


つまり、賦課を納めていない領には出ない。


もう1枚あった。辺境守備の名目でこの領へ支給されていた年24クローネの兵糧補助を、当年より停止するという通知だ。


理由の欄には1行だけ書いてある。


『領政の健全性に疑義あるため』


俺は2枚を並べ、同じ文面の写しを2枚ずつ作らせた。1枚は綴じ、1枚には駅逓の受取印を押させて、こちらが受領した日付を残す。


腹を立てるのは後だ。まず、受け取ったという事実を紙にする。



令の写しを読み終えたリーゼが、2枚目の紙を指で押さえた。


「この令は、荷を禁じております」


「そう書いてある」


「人を禁じておりません。書いてあるのは、関を通す荷のことだけです」


俺は文面に戻った。北辺境の4領に向かう荷。関において納付証の提示を要する。


荷とは何かがどこにも定義されていない。


「旅の者が背負っている物は、荷か」


「関の様式では、荷は荷札のついたものです。荷札は運送を請け負う者が付けます。自分で自分の物を背負っている者に、荷札はつきません」


「調べたのか」


「父の書棚に、関税の様式集がございました」


彼女は目を伏せて、少し早口になった。


「……役に立たないと思っておりました。持ってきた鞄に、これも入っていたのです」



ガルフを呼んだのは、その日の夕方だった。


「隊の兵糧はどこまで持つ」


「今の配りで、40日です。塩と獣脂は坑の分でしのげますが、麦が届きません」


「40日の先は」


この男はすぐには答えなかった。答えの中身が決まっていて、口に出すのを嫌がっている顔だ。


「4人、減らします」


「理由を聞かせてくれ」


「12人ぶんの麦で8人が食えば、春まで届きます。守備隊は、冬は見回りの回数が落ちる。8人でも形は保てます」


数の話としては正しい。俺は自分の帳面を開き、指で追った。確かに、8人なら春の芽が出るまで持つ。


「減らした4人は、冬に何を食う」


ガルフの顎の線が固くなった。


「……食えません」


「なら、それは減らしたのではなく、外へ出したというだけだ。数の帳尻を、村の帳尻に付け替えている」


「では、どうなさる」


「12人のまま置く。そのかわり、隊には運ばせる」



俺は3日かけて南の関へ下りた。


領主が自分で出向く用件ではない。それでもこの用件はほかの誰にもやらせられなかった。関で必要になるのは腕力でも身分でもなく、断られたときに何を書かせるかを知っている人間だ。


関は街道が谷を出るところに建てられた木造の詰所で、雪をかぶった屋根から絶えず滴が落ちていた。番所の中は薪の煙が籠って、目に沁みる。


役人は俺の名を聞いて、少し離れた。


「令は届いております。納付証をお持ちですか」


「持っていない。財務院が出さないからだ」


「では、荷はお通しできません」


「わかった。1つ頼みがある。今、あんたが通さないと言ったことを、紙に書いてほしい」


役人が眉をひそめた。


「……何のためです」


「うちの村が冬に麦を食えなかったとき、誰の判断でそうなったかを残しておきたい。あんたの名前は書かなくていい。関の名と日付と、令の番号でいい」


「そのような様式はありません」


「では、様式がないと書いてください。『様式なきにより交付せず』と一行。それにこちらが署名する」


役人は困った顔で番所の奥を見た。奥には誰もいない。この男は自分で決めなければならず、決めた記録が残るのを嫌がっている。


半刻ほど押し問答をして、最後に出てきたのは、こちらが書いた文面に関の印を押すという妥協だった。俺は用意していた紙を2枚重ね、端に印をまたがるように押させた。


「2枚も要りますか」


「1枚はここに置いていく。あんたの側に残る。後で言った言わないになったとき、そちらも困らない」


役人は印を押した。押してから、初めてこちらの顔をまともに見た。



その足で、俺はバルツの店に寄った。


宿場の外れ、土間に荷札が吊るされた建物だ。風が通ると乾いた音が鳴る。夏に来たときと同じ音がした。


バルツは令の写しを読み、指で紙を弾いた。


「よくできてます。荷を止めるんじゃなく、荷の名前を止めてる」


「そうだ。禁じられているのは、グラウフェルト領へ向かう荷だ」


「向かわなけりゃいい」


「向かわない荷なら、うちの人間が受け取りに行ける」


この男は土間を歩き回り、壁の荷札を1枚ずつ指で弾きながら数え始めた。組合の12軒。どこの宿場に何を置けるか、どの峠がいつ閉まるか、荷を割るとどこで値が跳ねるか。


頭の中の地図を俺は読めない。読めない地図を持っている人間がいるという事実だけが読める。


「うちの各軒に、細かく置きます。麦は6軒に分ける。1軒あたりの量を、宿場の普段の在庫と変わらん範囲に収める。多く積めば、関に目をつけられる」


「値は」


「上げます。3割じゃききません。5割」


「理由を聞こう」


「危ないからです。禁輸に引っかかりゃ、荷を没収されて、うちの組合が関の帳面に載る」


俺は懐から帳面を出し、その場で書いた。5割の上乗せとその理由。バルツが自分の言葉で言った通りに書いて、読み上げて確かめた。


「そこまで書くんで」


「書く。後で誰かが、あんたが領主から不当に儲けたと言い出したときに、こっちが出す紙だ」


バルツの指が止まった。それから、また荷札を弾き始めた。



運ぶのは領の人間の仕事になった。


守備隊12名と村から出る男。峠までは荷車が入るが、その先は雪で背負うしかない。1人が1度に運べるのは麦で1袋、塩なら小樽1つ。往復で4日かかる。


ここで割符が効いた。


宿場で荷を受け取るとき、2枚同時に伝票を書く。通し番号を振り、端に印を押す。1枚は組合の軒が持ち、もう1枚は運ぶ者が背負う。領に着いたら、テオが番号順に並べて突き合わせる。


分けて運ぶと必ず消える。誰が悪いのでもなく、雪の中では荷は減るものだと皆が思っている。減った分を誰も書かないから、次の年も減る。


番号が飛べば、飛んだ番号の紙がどこで途切れたかがわかる。1度目の往復で3つ飛んだ。テオが飛んだ番号を読み上げ、俺はその3人を呼んで話を聞いた。


罰しはしない。1人は途中で袋を破って半分こぼし、恥ずかしくて黙っていた。次の1人は峠の小屋で凍えている男に麦を分けている。最後の1人は本当に忘れていた。


3件とも書いた。こぼした分と、分けた分と忘れた分。


2度目の往復で飛んだ番号はゼロになった。



リーゼは徴税所の卓に、冬の割り当ての表を貼り出した。


誰が何を運び、村のどこへ何が回るか。運んだ者の名と、受け取った家の名が並んでいる。


「運び賃はどうなさいますか」


「現金では出せない。運んだ日数を書いて、来年の税から引く」


「では、引く額を先に決めて掲示しましょう。後で決めると、決めた人間が疑われます」


俺はその通りにした。この娘は俺が面倒がる手順を先回りで潰しにくる。


貼り出した表の前に人が立った。ヘルマンが自分の名の行を指で辿り、イルゼが羊の毛の分を数えている。運ぶ列に女が3人加わったのは、その表が出た翌日だった。



村の全部が黙って従ったわけではない。


掲示板の前で、ブレントが声を上げた。馬を飼っている男は、この冬に運ぶ列へ加わらなかった数少ない一人だ。


「そもそも、旦那が王都に楯突いたから止められたんでしょう」


「そうだ」


答えると、周りの何人かが顔を上げた。否定されると思っていたらしい。


「照会状を出して、賦課の根拠を聞いた。請求書の半分以上は突き返している。向こうが腹を立てる理由は、全部こちらが作ったものだ」


「じゃあ、やめりゃいい」


「やめると、来年の賦課はもっと出る。根拠を聞かない領には、いくらでも書ける」


ブレントは唾を吐いて背を向けた。それでもこの男の家の馬が2頭、峠までの荷車を引いていたのを俺は知っている。


理屈で人は動かない。動くのは隣の家が動いているときだ。



40日で尽きるはずの兵糧が、60日ぶんに伸びた。


十分ではない。麦の配りは去年より薄いし、隊の者の頬は落ちている。それでも誰も外へ出されていない。


ガルフは毎晩、運搬の当番表を自分で書くようになった。字は下手だが名前と日付だけは読める形になっている。


「4人を減らさずに済みました」


「済んだ。あんたの案のほうが安全だったのは変わらない」


「安全ですが、名前が4つ消えます」


この男は当番表を巻いて、脇に挟んだ。


「あなたの帳面には、名前を書く欄がありますからな」



雪の切れ間に、バルツからの使いが来た。


若い行商だ。ヨストという名で、組合の中では新しいほうだと聞いた。荷ではなく紙を1枚持ってきた。バルツの字で短い。


『関で、うちの荷札が3度写された。名を控えられている』


俺は使いに麦湯を出させた。この男は椀を両手で包み、指の感覚が戻るまで飲まなかった。まつ毛に霜がついている。


「峠は」


「あと10日で閉まります。閉まったら、春まで細い道だけで」


「あんたは何度目だ」


「4度目です。親方は、俺が若いから足が速いと言って」


ヨストは笑った。歳は20を出たくらいだろう。腰に下げた革袋から割符の控えを出して、番号を確かめてから俺に渡す手つきが丁寧だった。


「これ、面白いですね。番号があると、自分の運んだ分が残る」


「残る」


「今まで、運んだ分は消えてました。着いたら終わりで」


暖まってから帰らせた。


その紙を綴じ、番号を振り、日付を書いた。書いてから、しばらく動けなかった。


禁輸を破ったのはこちらだ。荷を割ったのも峠を越えたのも、値を上げさせたのも、全部こちらの都合で始めた。


関の帳面に載ったのは俺の名前ではない。

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