カイルVSレナ
観客席がざわめいた。
生徒たちの前で魔剣顕現を使うのは、これが初めてだった。
以前、校長との模擬戦でこの魔剣を使ったとき、私はそれまでの劣勢を覆し、一時は校長を押し返すことができた。
それだけではない。私はいくつものダンジョンを一人で攻略してきた。
この力なら、迷いの森の管理人であるレナさんにも通用するはずだ。
「おお!すごいな、その剣!」
レナさんは、目の前に魔剣が現れたというのに、警戒するどころか目を輝かせていた。
その余裕が、いつまで続くか。
私は地面を強く蹴り、一気に間合いを詰めた。
レナさんの肩口を狙い、魔剣を横薙ぎに振るった。
「ウィンドショット!」
レナさんが片手をこちらへ向けると、小さな風の塊が魔剣の側面へぶつかった。
大した威力ではない。だが、当たる位置とタイミングがあまりにも正確だった。
剣の軌道がわずかに逸れ、その隙にレナさんが半歩後ろへ下がった。
魔剣の切っ先は彼女の服をかすめ、何もない空間を切り裂いた。
今のは、初級の風魔法。
しかも、レナさんは杖を使っていない。
杖の補助もないのに、あれほど小さな風の塊を魔剣の側面へ正確に当ててみせた。
初級魔法を、こんなふうに使う者がいるとは。
「速いな、カイル!」
嬉しそうに笑うレナさんへ向かって、私は右足を踏み込み、腹部へ向けて魔剣を横薙ぎに走らせた。
「ブースト!」
刃が届く直前、レナさんの全身を淡い光が包んだ。
初級の身体強化魔法。筋力や反応速度をわずかに高める、魔法学校でも最初に習う基礎魔法だ。
レナさんは強化された脚で地面を蹴り、後ろへ大きく跳んだ。
だが、その動きは読んでいた。私は魔剣へさらに魔力を流し込み、横薙ぎの軌道に沿って斬撃を放った。
剣の間合いから逃れても、飛ぶ斬撃までは避けられない。
取った!
「わ!?」
ドン!
結界に魔力を帯びた斬撃が当たった。
目の前にレナさんはいなかった。
「どこ行った!」
「ここだよ」
「な!?」
そこには、両膝を深く曲げ、上半身を地面につきそうなほど後ろへ反らしたレナさんがいた。
「いまの攻撃を避けたんですか!」
「いやー魔剣に注意しててよかったよー」
なんという体幹だ。あの体勢から、まだ動けるのか。
レナさんは何事もなかったように笑っていた。
私はすぐさま踏み込んで間合いを詰め、右足を軸にして体を回すと、左足でレナさんの足を払った。
「あたっ!」
レナさんは体勢を崩し、その場へ倒れ込んだ。私はすかさず魔剣を突き下ろした。
しかし、レナさんは地面を転がってそれをかわした。
「ファイアーボール!」
魔剣を地面へ突き下ろしたことで、私の動きが一瞬止まった。その隙を狙ってレナさんが放った初級の火魔法が、私の顔めがけて飛んできた。
私は同じファイアーボールを無詠唱で放ち、正面から相殺した。
火球同士が目の前で衝突し、破裂した炎と煙が周囲へ広がった。
まずい、視界をふさがれた!
煙が晴れるまでには数秒かかる。ここはいったん距離を取り、態勢を整えよう。
すると、土が両足に絡みつき、私をその場に縫い留めた。
土属性の初級魔法、アースバインドか。
だが、身体強化魔法を使えば、初級の土魔法による拘束など簡単に破れる。
「ハイ・ブースト!」
中級の身体強化魔法、ハイ・ブースト。無詠唱でも発動できるが、拘束を確実に破るため、今回は魔法名を口にして効果を高めた。
私はまず右足に力を込めて踏み出し、拘束を引きちぎった。
続いて左足も前に出そうとしたとき——
「なっ!」
今度は先ほどよりも大量の土が両脚に絡みつき、膝下までを固めた。
驚いている暇もなく、四方八方から火と水の魔法が飛んできた。
大きさと込められた魔力量から、飛んできたのは初級魔法のファイアーボールとウォーターボールだと分かった。
いくつかが体をかすめたが、ほとんど痛みはなかった。
だが、レナさんの狙いは私に直接攻撃を当てることではなかった。
ファイアーボールとウォーターボールが私の周囲で次々と衝突し、真っ白な蒸気が立ちこめていった。
煙が晴れたと思った直後、今度は蒸気によって再び視界を塞がれた。
その瞬間、胸の奥で苛立ちが弾けた。
なぜだ。これだけ攻撃する機会がありながら、なぜ初級魔法しか使わない。私を侮っているとしか思えない。
私は空いている左手を掲げた。
「サイクロン!」
青緑色の風が私の周囲で激しく渦を巻き、立ちこめていた蒸気を一気に吹き散らした。
その向こうに、レナさんの姿が現れた。
同時に、私は強化された両脚へ力を込め、まとわりつく土を蹴り砕いた。
「なぜ、初級魔法しか使わないのです!?」
返事を待たず、私は魔剣へさらに魔力を注いだ。
「ヴォルテクス!」
魔剣の刀身を中心に、青緑色の風が激しく渦を巻いた。
風は唸りを上げながら圧縮され、闘技場の空気までもが刀身へ引き寄せられた。
私は魔剣を振り抜き、渦をまとった斬撃をレナさんへ放った。
「うわっ!?」
レナさんは横へ低く跳び、攻撃を避けた。
キーン!
渦をまとった斬撃が防護結界へ食い込み、甲高い音を響かせながら表面を削り続けた。
やがて斬撃は弾けて消え、結界には細いひびが走った。
だが、ひびは結界へ流れ込む魔力によって、すぐに塞がれていった。
レナさんを追って踏み出した瞬間、つま先の下で地面が僅かに沈んだ。
土属性の初級魔法、アースピットか!
私は反射的に後ろへ跳んだ。直後、踏み込もうとしていた地面の表面が崩れ、その下に隠されていた穴が姿を現した。
避けた――そう思った瞬間、着地した足元までもが大きく沈み込んだ。
「なっ!?」
一つではなかった。レナさんは蒸気で視界を奪っている間に、私の周囲へいくつものアースピットを仕掛けていたのだ。
冷静に地面を見ていれば、僅かな色や凹凸の違いに気づけたはずだ。だが、レナさんへの苛立ちで頭に血が上っていた私は、後ろへ跳ぶ前に着地点を確かめていなかった。
上半身と両腕は、かろうじて穴の外へ出ている。だが、穴は狭く、両脚を曲げる余裕がない。これでは跳び上がれない。
すぐにここから出なければ。
だが、もう遅かった。両手首に土が絡みつき、地面に固定された。さらに、穴の中にある両脚までもがアースバインドに拘束された。
ここは魔力を温存している場合ではない。
「フル・ブース――」
「させるか!」
右手首を固定していた土が指先まで伸び、魔剣を握っていた指を強引に開かせた。
滑り落ちかけた魔剣をレナさんが奪い取り、その切っ先を私の喉元へ突きつけた。
「そこまで!」
校長が声を上げ、終了を告げる鐘が鳴った。
一瞬静まり返った観客席から、遅れて大きな歓声が上がった。
「レナ姉、すごーい!」
レナさんが片手を上げると、私の手足を拘束していた土だけが崩れ落ちた。だが、深い穴はそのまま残っていた。
「ほら」
レナさんは魔剣を片手に持ったまま穴の縁へしゃがみ込み、空いている手を差し伸べてきた。
私は敗れた悔しさを飲み込みながら、その手を握った。すると、レナさんは私の体を軽々と穴の外へ引き上げた。
「助かります」
私が穴から出ると、レナさんは再び地面へ手を向けた。穴の底がゆっくりとせり上がり、やがて何事もなかったように元の地面へ戻った。
完敗だ。私は最初から本気で勝ちにいっていた。決して手を抜いていたわけではない。それでも、初級魔法だけを使っていたレナさんに負けた。
この程度で、私は本当にこの学校を守れるのだろうか。
「いやーカイルってかなり強いんだな。あれ、カイルさんって呼んだほうがいいのか?」
「カイルでいいですよ。それと、なぜ初級魔法しか使わなかったんですか?」
「初級魔法しか使わなかったのは、ノアに見せたかったからだ。強い魔法が使えなくても、工夫すれば戦えるってな!」
「そういうことだったのですか」
「それに、カイルが弱かったわけじゃないぞ。この魔剣を見た瞬間、戦いを長引かせるほど厄介になる気がした。だから先に動きを封じたんだ!」
レナさんはそう言いながら私に魔剣を返した。
この魔剣は、完全に斬った魔法の術式を同時に三つまで記録できる。記録している間は、同じ術式で発動された魔法を無効化できる。さらに、記録した魔法を私自身の魔力で再現することも可能だ。
戦いが長引けば、それだけ私が有利になる。
まさか、レナさんは魔剣の能力を知らないまま、その厄介さを直感だけで感じ取ったというのか。
今の戦いを振り返れば、レナさんは一度も、自分の魔法を魔剣の刃で斬らせていない。
校長が私たちのところへやって来た。
「完敗だったな、カイル。だが、お前もよく食らいついた。今回は相手が悪かったと思うしかないだろう」
「いえ、また一から鍛え直します」
「そうか」
戦闘技術でも判断力でも、私はレナさんに及ばなかった。
今日の敗北を忘れず、どんな状況でも冷静に戦えるよう、自分の戦い方を見直そう。




