強い魔法じゃなくても
戦いが終わり、防護結界が解除されると、私はリナ姉とミア姉と一緒に観客席を飛び出し、レナ姉のもとへ駆け寄った。
「レナ姉、すごかった!」
「だろ? 初級魔法だって、使い方を工夫すればあんなふうに戦えるんだぞ!」
レナ姉は得意そうに笑いながら、私の頭を撫でてくれた。
強い魔法が使えなくても、できることはある。
さっきの戦いを見た今なら、その言葉を少しだけ信じられる気がした。
「ノアはちゃんとゴーグルを掛けてたんだな」
「うん!リナ姉が、ゴーグルを掛けたほうが戦いがよくわかるよって言ったから掛けたんだ」
「それで何かわかったことあったか?」
「んー…」
私は少し考えたあと、気づいたことを口にした。
「カイルさんが魔法を使うとき、ほんの少しだけ魔力が周りにこぼれてた。でも、レナ姉が使ったときは、全然こぼれてなかったよ!」
「おお! そこに気づくとは、さすがだな!」
「魔法を使えば、どれだけ熟練した者でも僅かに魔力が漏れる。カイルから漏れていた量は、普通の者なら気づけないほど少ないものだよ」
セドリック校長先生が感心したように私を見た。
そばで聞いていたカイルさんが尋ねた。
「それでは、レナさんは?」
「レナだけは別だ。わしにも理由は分からないが、魔力を一切漏らさず魔法へ変えてしまう」
「私、昔からこうなんだよな。自分じゃよく分かんないけど!」
レナ姉は不思議そうに自分の手を眺めていた。
どうして、レナ姉だけ魔力が漏れないんだろう。
レナ姉本人にも分からないなら、今考えても答えは出そうになかった。
「ゴーグルの力を借りていたとはいえ、あれほど僅かな魔力の漏れを見分けたのは大したものだ。その観察力は、魔力を動かす練習をするときにもきっと役に立つだろう」
「本当ですか?」
「ああ。まずは魔力をよく見ること。そして、どのように動いているのかを知ることだよ」
私は胸の前で両手を握った。
まだ自分で魔法を使うことはできない。それでも、私にも気づけることがある。
そう思うと、ほんの少しだけ自信が湧いてきた。
観客席では、生徒たちが興奮した様子で先ほどの戦いについて話していた。しばらくすると、生徒や先生たちは少しずつ闘技場を出ていった。
「では、私は警備に戻ります」
カイルさんは、私たちへ一礼し、闘技場をあとにした。
「さて、手合わせですっかり学校見学が中断してしまったな。まだ案内していない場所が残っている。続きを見に行こうか」
「はい!」
それから私たちは、訓練場や体育館、学生寮など、まだ見ていなかった場所を案内してもらった。
ひと通り学校の施設を見終えると、私たちは再び玄関へ戻ってきた。
「さて、ミア。先ほど約束した浄化魔法陣について教えようか」
「はい!お願いします!」
ミア姉は待ちきれない様子で、床の魔法陣の前へしゃがみ込んだ。
セドリック校長先生もその隣へしゃがみ込み、魔法陣の一部を指さした。
「この魔法陣は、大きく分けて四つの術式で作られている。人が通ったことを感知する術式、靴や服と汚れを見分ける術式、汚れだけを取り除く術式、そして魔力が流れすぎたときに停止させる安全用の術式だ」
「この二重になっている部分が、汚れを見分ける術式ですか?」
「そのとおり。よく分かったな」
私には複雑な線と文字にしか見えないのに、ミア姉はセドリック校長先生の説明を聞きながら、何度も納得したように頷いていた。
「一番難しいのは、何を汚れとして扱うかだ。対象の指定を間違えると、靴の色や服の模様まで消してしまうことがある」
「だから対象を指定する術式が、ほかの部分より細かいんですね」
「うむ。では、実際に簡単なものを作ってみようか」
セドリック校長先生はローブの内側から折りたたまれた設計図を取り出して床へ広げると、小さな石板と魔法陣を描くためのペンをミア姉へ渡した。
ミア姉は床の魔法陣と設計図を何度も見比べながら、石板へ小さな魔法陣を描いていった。
描き終えると、魔法陣の端に小さなE級魔石を置き、中央に泥のついた布を載せた。
「これで、どうでしょうか?」
「一か所だけ魔力の流れが途切れている。ここをつなげてごらん」
ミア姉が指摘された線を描き足すと、魔法陣が淡く光った。
布についていた泥が光に包まれ、きれいに取り除かれていった。
「できた!」
ミア姉は完成した魔法陣を見つめながら、嬉しそうに笑った。
「初めてでここまで作れれば十分だ。この設計図は持ち帰ってもよい。ただし、大きな魔法陣を作るときは、必ず安全用の術式を入れるのだぞ」
「はい!もっと研究して、家の玄関にも作ってみます!」
ミア姉は設計図を丁寧に折りたたみ、マジックバッグへしまった。
「さて、ノアの学校見学も、ミアの魔法陣の勉強も終わったし、そろそろ帰るか!」
「そうだなー。お昼もずいぶん遅くなっちゃったし」
リナ姉が空を見上げながら答えた。
「気をつけて帰るんだぞ」
「おう!またな、セドリックじいちゃん!」
「今日はありがとうございました!」
私たちはセドリック校長先生へ頭を下げ、そのまま校舎を出た。
石畳の道を歩いて校門まで戻ると、受付の女性に首から下げていた来校者カードを返し、校門をくぐった。
私は校門の外から、もう一度大きな校舎を振り返った。
入学試験までに、自分で魔力を動かせるようになって、もっとたくさん勉強しなきゃ。
いつか、学校見学ではなく、この学校へ通う生徒として、この校門をくぐれたらいいな。
「ノア、帰ったら遅めのお昼ごはんにしようか」
「うん!」
私はリナ姉の箒の後ろに乗り、そのお腹へしっかりと腕を回した。
やがて私たちを乗せた三本の箒は空へ舞い上がり、地上の大門を挟んで立つ二本の監視塔へ向かった。
その二本の塔の間に広がる上空が、「空の通路」と呼ばれる飛行者用の通過区域になっている。
通行許可証に反応した結界を抜けると、私たちは迷いの森にある家へ向かって飛んでいった。




