4-2.推しの転落
まず、スミス男爵は王立交響楽団の支配人に圧力をかけた。支配人の後ろ盾である伯爵に接触し、ジャンの素行や出自について偏った情報を語った。それを聞いた伯爵は支配人に忠告した。
「路地裏育ちの歌い手は、王立交響楽団の品位を下げる。解雇してはどうだろう?」
支配人が「王命ですから、私の一存では如何とも……」と愛想笑いを浮かべると、伯爵はそれ以上言わなかった。
解雇を免れたジャンであったが、伯爵の抗議は他の楽団員に知られることになり、楽団内でジャンの立場を悪くした。
さらに追い打ちをかけるように、ある夜、事件が起きた。
公演後の打ち上げで訪れた酒場で、ジャンは酔っぱらった男に絡まれた。男は貧民街出身のジャンが婦人の憧れであることが気にいらないようだった。
ジャンと揉み合った男は、止めに入った給仕に怪我をさせた。そして、駆け付けた衛兵によってジャンと男は留置所に拘留された。
ジャンに喧嘩を仕掛けてきた男はスミス男爵が金で雇った者であった。
翌日、釈放されたジャンを待っていたのは、王立交響楽団の支配人からの謹慎処分だった。
「貴殿の素行は、楽団の名誉を著しく損なうものである」
その通告に、ジャンは何も言い返すことができなかった。
喧嘩を仕掛けてきたのは男のほうだ。それに、ジャンは男を殴らなかった。でも、王立交響楽団に迷惑をかけたのは事実だった。
ジャンは解雇されなかったことを幸運だと考えることにした。
謹慎処分によって、ジャンの楽団内での立場はますます悪くなった。
謹慎を言い渡されたジャンは、舞台に立てない日々が続いた。
突然のジャンの不在は、観客に様々な憶測を呼んだ。
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ジャンの謹慎処分から二週間、エリザベートはジャンを心配しながらも、ケリーとの噂にもやもやしていた。そんな折、エリザベートのもとに一通の手紙が届いた。差出人は、ケリー・スミスだった。
ジャンをエリザベートから奪ったケリーからの手紙。手にすると呼吸が荒くなった。
震える手で封を切ると、そこには思いがけない内容が綴られていた。
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エリザベート様
突然のお手紙、お許しください。
ジャン様との噂は、すべて捏造です。私とジャン様の間に、そのような関係はありません。あの噂を流したのは、私の元婚約者であるチャールズ・ブラウン様です。
チャールズ様は、もとより私との婚約を快く思っておりませんでした。男爵家の婿養子になるよりも、格上の伯爵家へ婿入りすることを望んでいたのです。
そこでチャールズ様は、私がジャン様の熱心な支持者であったことを利用し、噂を流しました。婚約解消の口実とするために、ジャン様を利用したのです。
婚約解消に怒り狂った私の父は、ジャン様への報復を企てました。ジャン様が舞台に立てなくなったのは父が原因です。
私との噂で、ジャン様に辛い思いをさせてしまったこと、心よりお詫びいたします。
エリザベート様、お願いです。
どうか、ジャン様をお助けください。
ケリー・スミス
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手紙を読み終えたエリザベートの手は、小刻みに震えていた。
熱愛など、最初から存在しなかった。すべて嘘だった。
チャールズの身勝手な策略のために、ジャンがこれほどまでに追い詰められていた。
エリザベートは深く息を吐き出した。
ジャンを信じてあげられず、ケリーへの嫉妬やジャンへの怒りにとらわれていた。そんな自分自身を、エリザベートは恥じた。それと同時に、こみ上げてきたのはケリーが恋人ではなかった安堵、ジャンを守れなかった焦燥感だった。
ジャンは不当な仕打ちを受けている。エリザベートが路地裏で見出し、育て上げた、あの美しい歌声を持つジャンが。困ったら頼りなさい、と笑顔で送り出したはずなのに。
エリザベートの体が怒りで震えた。
「このままにはしておけない」
エリザベートは手紙を握りしめたまま、立ち上がった。窓の外には、夕暮れの王都が広がっていた。
部屋を出たエリザベートは、家人に馬車を手配するよう命じた。
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