4-1.推しへの嫉妬
ジャンが王立交響楽団に移籍して半年が過ぎた頃、社交界にある噂が流れた。
「ジャン様とスミス嬢が、交際しているそうよ」
茶会の席で、扇子を口元に当てた婦人たちが囁き合うのを、エリザベートは耳にした。スミス嬢とは、男爵令嬢のケリーのことである。
ジャンに限って、そんな筈はない。最初は聞き間違いかと思った。が、同じ噂を何度も耳にするうちに、それが事実のように思えた。
屋敷に戻ったエリザベートは、窓の外をぼんやりと眺めた。
ケリーへの嫉妬。ジャンに裏切られた怒り。そんな感情がうごめく自分への戸惑い。エリザベートの中には、いくつもの感情がせめぎ合っていた。
「ジャンを笑顔で送り出したはずなのに……幸せになってほしいと願っていたのに」
呟いた言葉が、虚しく室内に響いた。
ジャンに幸せになってほしい。それは紛れもないエリザベートの本心だった。
けれど、ジャンが他の誰かのものになることを、どうしても受け入れらなかった。
この矛盾した二つの想いが、エリザベートの胸を締め付けた。
さらにエリザベートを苦しめたのは、ケリーとの関係性だった。
ケリーはジャンの熱烈な支持者だった。シモン子爵家が主催した茶会で歌を聴いたケリーは、ジャンが出演する公演には欠かさず足を運んだ。エリザベートがアウレリア劇場の客席を見回すと、必ずケリーの姿があった。
そして、ケリーをジャンに紹介したのは、ほかならぬエリザベート自身であった。熱心に公演に通うケリーに好感を持ち、エリザベートはジャンの楽屋に案内した。
「ジャン様の歌声は、本当に天からの贈り物のようですわ」
頬を赤くしながら語るケリーの姿を、エリザベートは何度も目にした。その時は微笑ましかった光景が、今となっては後悔に変わった。
ケリーとジャンを引き合わせたのは間違いだった? エリザベートは両手で顔を覆った。
ケリーがジャンに恋心を抱いていたとしても、不思議ではなかった。あれほど熱心にジャンを追いかけていたのだから。
二人の交際を祝福するべきなのに、エリザベートにはできなかった。
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エリザベートとは別の理由でジャンとケリーの交際を快く思わない人物がいた。ケリーの父、スミス男爵である。
嫡男に恵まれなかったスミス男爵は、娘のケリーをブラウン子爵家の次男チャールズと婚約させ、婿養子として迎え入れる予定だった。これは、スミス男爵家を絶やさぬための縁談だった。
そんな婚約期間中に発覚した、ジャンとケリーの交際。ブラウン子爵家からは、当然のように婚約解消の申し入れがなされた。
「スミス嬢の不貞によって、ブラウン子爵家の名誉に傷がつくわけにはいかぬ」
スミス男爵家を絶やさぬための縁談が崩れ去った。
ブラウン子爵の言葉を聞いたスミス男爵は、怒り狂った。その怒りの矛先は、噂の渦中にいるジャンへと向けられた。
「あの成り上がりの歌い手が、スミス男爵家の将来を台無しにした」
スミス男爵は、ジャンを王立交響楽団から追い出すべく、密かに計画を巡らせ始めた。




