3-2.推しとの別れ
ジャンの担当を任されたサイモンは、期待に応えようと王都中に営業をかけて回った。その甲斐あって、ジャンへの公演依頼は増えていった。ジャンの活躍の場は、アウレリア劇場を飛び出して大きく広がった。
エリザベートは宣言通り、企画と演出に専念するようになった。以前のようにジャンの公演に付き添うことはなくなったが、舞台は一度も欠かさず、客席から見守った。
客席の片隅、目立たぬ場所に座り、エリザベートはジャンの歌声に耳を傾けた。その時間だけは、誰に憚ることもなく、ジャンの歌を聴くことができた。舞台上のジャンと、客席のエリザベート。その距離感がエリザベートをジャンの歌に夢中にさせた。
公演が終わると、興奮したエリザベートはジャンの楽屋を訪れた。
「今日も素晴らしかったわ」
声を弾ませるエリザベートに、ジャンは照れたように頭をかいた。
「ありがとうございます」
ジャンとの会話は短かったが、エリザベートには十分だった。互いの立場が変わっても、互いの信頼は変わらなかった。
エリザベートが手がけた企画や演出は、どれも成功した。
舞台装置の大胆な使い方、観客の感情を揺さぶる演出、他の劇場にはない斬新な趣向で溢れていた。エリザベートの企画した公演は次々と評判を呼び、アウレリア劇場の名声をさらに高めた。
ジャンに付き添うことはなくなったけれど、エリザベートは総合演出家として着実に成長していた。
エリザベートは陰となり、演者を光り輝かせる。それが自分の役目。エリザベートは満足だった。
**
翌年、王都で開催された音楽祭で、ジャンは最優秀賞を受賞した。王国中の歌い手が集う音楽祭での栄誉は、ジャンの名を不動のものにした。
会場にいたサイモンはジャンの受賞を聞いて、天井向かって手を挙げた。
「これでさらに公演の依頼が殺到するでしょう。アウレリア劇場にとっても、これ以上の朗報はありません」
だが、サイモンの期待は見事に外れ、事態は予想しない方向へ進んだ。王命により、ジャンは王立交響楽団の歌い手として召し抱えられることになったのだ。
王立交響楽団に所属することは、ジャンがアウレリア劇場の舞台に立てなくなることを意味していた。そして、シモン子爵家とジャンの間の雇用関係も、解消されることとなる。
その知らせを受けた時、エリザベートは何も言えず立ち尽くした。
自らが見出し、二年をかけて育てたジャンを、国王に奪われる。その悔しさは、言葉にし難いものだった。
けれど……エリザベートは深く息を吐き出した。
王立交響楽団に所属すれば、ジャンは名実ともに王国一の歌い手になる。それは、かつて路地裏でエリザベートが少年とした約束だった。
ジャンの名声は国中に届いていた。シモン子爵家の庇護がなくとも、ジャンは立派にやっていけるだろう。
ジャンを引き留めるべきではない。ジャンを笑顔で送り出さなければ。
エリザベートは、そう自分に言い聞かせた。
**
王立交響楽団へ旅立つ日、エリザベートは劇場の入り口でジャンを待っていた。
「困ったら、いつでも私を頼りなさい」
エリザベートが精一杯の笑みを浮かべると、ジャンは深々と頭を下げた。
「エリザベート様がいなければ、僕は今でもあの路地裏で歌っていたでしょう。感謝してもしきれません」
「いいえ。あなたには才能があった。私が見つけなかったら、他の誰かが見つけたはずよ」
馬車に乗り込むジャンは、エリザベートを振り返った。その瞳には、涙の粒がこぼれそうに溜まっていた。
「いや。やっぱり、私のおかげね」
エリザベートが目を細めると、ジャンは頭をかいた。「ふっ」とエリザベートが笑うと、ジャンもつられて笑った。
ジャンは深く一礼して馬車に乗り込んだ。
エリザベートは走り去っていく馬車を、遠ざかる車輪の音が聞こえなくなっても眺めていた。秋風がエリザベートの長い髪を揺らした。
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