3-1.推しへの不安
劇場が休みの日、エリザベートは次の公演の衣装を探すために、ジャンと王都の目抜き通りに出かけた。
建物から漏れる陽射しが石畳に影を落とす。商店の軒先には布地、香辛料や花が並んでいた。
二人だけで外出するのは久しぶりだった。ふと、隣に視線を移すと、ジャンの肩がエリザベートよりも上にあることに気づいた。出会ったころのジャンの背はエリザベートよりも低かったのに。もう少しすれば、ジャンを見上げることになるだろう。
成長が嬉しいけれど、ジャンが大人になるのが怖かった。
「どうされました?」
ジャンがエリザベートを覗き込んだ。不安を表情に出さないよう、エリザベートは目をそらした。
「次の公演の衣装、黒にしようと思うの。あなたの声をより引き立てるために」
「お任せします」
「あなたの希望はないの?」
「僕には歌以外の才能はありません。エリザベート様にお任せしたほうが失敗はないかと」
そんな会話を交わしながら歩いていると、通りの向こうから二人の婦人がジャンを見つけ、駆け寄ってきた。
「まあ、ジャン様だわ!」
「先日の演奏会、本当に素晴らしかったわ」
ジャンは婦人たちに取り囲まれた。彼女たちはジャンを賞賛しながら、握手を求めた。そのやり取りを見ていた、別の婦人もジャンに握手を求め、「よろしければ」と小さな包みをとジャンの手に押し付けた。
ジャンを取り囲む婦人の数は増えていき、次々とリボンのかかった菓子箱、刺繍入りのハンカチなどを渡していった。
ジャンは愛想笑いを浮かべながらも、丁寧に礼を述べた。婦人たちの熱狂は収まる気配がなく、人だかりはさらに大きくなった。
エリザベートはその輪からはじき出され、外に立っていた。
誰もエリザベートには見向きもしなかった。ジャンの隣の令嬢が誰かなど、婦人たちは興味がなかった。まるで透明人間のように、エリザベートの存在は人々の記憶から消された。
エリザベートは微笑みを浮かべたまま、静かにその光景を見つめた。
ジャンの支持者が増えたことは、喜ばしいことだった。一年前、貧民街の路地裏で出会った少年が、今では多くの人々に愛されている。それはエリザベートが望んだことだった。
エリザベートが陰となり、ジャンを光り輝く存在にした。それは、エリザベートが誇るべき成果だった。
けれど、誰にも存在を認識されない自分が、ひどく惨めに思えた。
**
その夜、エリザベートはバルコニーの椅子に座っていた。庭園を眺めていると、目抜き通りでの出来事が脳裏をよぎった。
ジャンが嫌いになったわけではない。むしろ、ジャンへの想いは日に日に深くなっていた。だからこそ、恐ろしかった。
このままジャンの側にいれば、ジャンの人気に嫉妬する日が来るのではないか。
あの人だかりの中で感じた惨めさが、もしジャンへの憎しみに変わってしまったら……その不安が、エリザベートの胸を締め付けた。
何とかしないといけない。
翌日、エリザベートはアウレリア劇場の職員のサイモンを呼び出した。サイモンはジャンより二歳年上で、誠実で人当たりがよく、評判の良い青年。
「サイモン、あなたにジャンの担当を任せたいの」
突然の申し出に、サイモンは目を丸くした。
「私ですか? しかし、ジャンの人気があるのは、エリザベート様が担当されているからです」
「だからよ」
ぽかんと口を開けたサイモンに、エリザベートは首をすくめた。
「私一人で抱え込むには限界がある。それに、あなたはジャンより二つ年上だから、いい相談相手になれるはずよ。私は企画と演出に専念したいの」
その言葉に偽りはなかった。エリザベートはジャンの演奏会以外にも、複数の演劇の企画と演出に関わっていた。ジャンの成長を一番近くで支えたいけれど、他の舞台も疎かにはできない。
そして、エリザベートの胸の奥には、いつかジャンに嫉妬する日がくるかもしれない不安があった。




