表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子爵令嬢は推しを王国一の歌い手にすることにした  作者: kkkkk


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/10

1-3.推しを披露する

 ジャンを雇ってから半年が過ぎた頃、シモン子爵家で茶会が開かれた。エリザベートは庭園に集った貴族婦人たちの前で、ジャンに歌を披露させることにした。


 よく手入れされた芝生には、庭師によって刈り込まれた低木が並び、その間に季節の花が植えられていた。噴水が吹き上げた飛沫が、きらきらと輝いていた。


 茶会が始まってしばらくしたころ、それまで給士として飲み物を提供していたジャンは、噴水の前の舞台に立った。


「エリザベート様、あの方は?」

「使用人のジャンです。彼には歌唱の才能があるので、ご覧に入れようかと思いまして」


 エリザベートが舞台脇の使用人に合図を送ると、リュートの演奏が始まった。ジャンは客席をゆっくりと見渡し、小さく息を吸った。


 ジャンが声を発した途端、澄んだ歌声は薔薇の香りと混じり合い、庭園全体を包み込んだ。

 半信半疑だった婦人は表情を変えた。別の婦人は口をぽかんと開けた。

 ジャンの飾り立てない歌声は、真っ直ぐに婦人たちの心へ届いた。

 ジャンが歌い終わると、その余韻が完全に消えるまで、誰一人として身じろぎをしなかった。

 やがて、婦人の一人が静かに手を叩くと、それを合図に拍手喝采が庭園を満たした。

 ジャンは照れたように頷くと、深く一礼した。


「まあ、なんて美しい声でしょう」

「シモン家はどこでこんな逸材を見つけたの?」


 婦人たちの賞賛を聞きながら、エリザベートは頬がゆるんだ。

 これで、ジャンの才能を信じた自分が間違ってないことが証明された。


 **


 茶会の成功に満足したエリザベートは、次の段階に進むことにした。

 シモン子爵家が運営する王都の劇場――アウレリア劇場でジャンを歌わせること。それは貴婦人たちの茶会とは比較にならない、大きな賭けだった。


 エリザベートはジャンをアウレリア劇場に出演させるため、父の書斎を訪れた。

 父は珈琲を片手に書類を眺めていた。エリザベートが訪ねてくることに、父は驚かなかった。しかし、父を説得するのは容易ではなかった。


「貧民街出身の少年を、アウレリア劇場に立たせるというのか?」

「お父様、彼の歌は本物です。聴けば分かります」


 父は目を細めた。ジャンの歌を聴いたことがないのだから、父の反応は当然の結果だった。


 エリザベートはジャンを書斎に連れてきて歌わせた。父は「支配人に訊いてみないと何とも」と眉間にしわを寄せた。

 エリザベートはジャンを連れてアウレリア劇場を訪問した。ジャンの歌を聴いた支配人は「シモン子爵が許可されるのであれば」と愛想笑いを浮かべた。


 エリザベートは屋敷とアウレリア劇場を往復し、父を説き伏せた。そして、ついに劇場での出演が決まった。


 **


 公演までの間、ジャンの稽古はさらに厳しさを増した。歌唱教師のベルナールは「アウレリア劇場の名に恥じぬように鍛えます」と鼻息が荒かった。

 厳しい稽古に疲労は蓄積し、また、劇場に出演する緊張から眠れぬ夜が続いた。ジャンを見かねたエリザベートは、彼の部屋を訪れた。


「眠れないの?」


 月明かりの差し込む部屋で、ジャンはベッドに腰掛けていた。


「……怖いんです。僕なんかが、本当に劇場で歌っていいのか。それに、失敗したらお嬢様に迷惑が掛かります」


 ジャンは引きつった笑みを浮かべた。

 劇場への出演は、ジャンに相談せずにエリザベートが勝手に決めたこと。それなのに、ジャンは自身の失敗が、エリザベートの失敗になることを恐れていた。

 エリザベートはそっと隣に座った。


「失敗しても構わない。私が初めて路地裏で聴いた、あの歌声のままでいい。何も変える必要はないわ」


 ジャンは顔を上げ、エリザベートを見つめた。蝋燭の灯りに照らされたエリザベートの瞳には、ジャンへの信頼が宿っていた。


「お嬢様は、どうして僕を気にかけてくれるのですか?」


 その問いに、「そうね」とエリザベートは口元に手を当てて天井を見上げた。理由など考えたことはなかった。


「あなたの歌が、私の心に語りかけてきた。それだけよ」


 エリザベートが首をすくめると、ジャンの目に涙の粒がこぼれそうに溜まっていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

よろしければ、下の☆☆☆☆☆で評価していただけると大変励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ