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夜と流星のマージナリア  作者: はなの かぬれ
第一章 創世・エデン編

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第53話「信じられる手」

朝は来た。


それでも、夜が終わった気はしなかった。

森の上には薄い光が差し込み、夜露を含んだ草の先が白く濡れている。

光る草花はもう力を失い、昨夜の名残だけを花びらの奥に沈めていた。

低い枝に掛けた花冠は、昨日よりも小さく見える。

花びらの端は内側へ丸まり、白と薄紫の色も、朝の光の中で静かに弱っていた。


リリスは白い外套の上で目を開けたまま、しばらく動かなかった。


少し離れた木の上に、ルシファーはいる。

羽の気配は変わらないはずなのに、昨日までと同じ近さではなかった。

木の上から降りてくる気配を待つあいだ、リリスの指は外套の端をつかんだまま離れなかった。


「おはよう、リリス」


声が降りてくる。

いつもの声だった。

いつもの声であろうとしている声でもあった。


リリスは返事をするだけのことに、少し時間がかかった。


「……おはよう、ルシファー」


声は出た。

それだけで、浅く止まっていた息が少し戻った気がした。


ルシファーは木から降りてきた。

今日は小鳥を連れておらず、羽にも葉はほとんどついていない。

夜の間、あまり動かなかったのかもしれないと思うより早く、彼は近づきすぎない場所で足を止め、持っていた果実と木の実をリリスの手が届く距離へ置いた。


触れるでもなく、押しつけるでもなく、ただ彼女の前に朝の食べ物がある。


リリスはそれを見た。


昨日、自分は庭であった出来事を、ルシファーが話してくれなかったことに傷ついた。

それでも彼は今も、リリスが手を伸ばすまで待っている。

そのことが、少し腹立たしくて、少しだけ安心でもあった。


「……食べられそう?」


ルシファーは聞いた。


「……少しなら」


「うん」


それだけだった。

大丈夫か、とも聞かない。

昨日のことを先に謝り直すこともしない。


リリスが話すかどうかを待っている。

その待ち方を、リリスはもう知っている。


知っているからこそ、逃げ道のようにも見えたし、逃げられない優しさのようにも見えた。

 

果実を手に取っても、すぐには食べられなかった。

イヴという名が、まだ舌の奥に残っている。

生きるものの母となる者。

リリスは果実を見つめたまま、ぽつりと言った。


「……昨日、言われた言葉が消えないの」


ルシファーは何も言わなかった。


「イヴ……生きるものの母となる者」


その言葉を口にすると、指先が少し冷える。


今ここで言っているだけなのに、庭の光や、ミカエルやガブリエルの教える声、アダムの腕が、遠くから戻ってくるようだった。

リリスは、自分の白い衣の下にある腹のあたりへ視線を落とした。


「私ね、教えられていたの」


声は思ったより細くなった。

それでも、今なら言える気がした。

言わなければ、昨日の言葉が身体の中に残り続ける気がした。


「私は、子を宿す身体なんだって」


ルシファーの気配が、ほんのわずかに静まる。


「アダムと共に命を繋ぐ。それが始まりの女の役目なのだって」


リリスは、果実を膝の近くへ戻した。

食べることは、もうしばらくできそうになかった。


「知っているだけなら、まだ怖くなんてなかったわ。ガブリエルが教えてくれた時も、そういうものなのだと思って聞いていた。自分の身体のことなのに、どこか遠くの話みたいだった」


そこで言葉が止まる。


唇の裏側が乾き、喉のあたりに、細い糸のような怖さが張っていく。

それでも、ルシファーは急がせなかった。

その沈黙が、少しだけ支えになった。


「でも、アダムに抱きしめられた時、その先にあることが、急に近くなったの」


言った瞬間、リリスの指は裾を掴んでいた。

気づいて、ゆっくり力を抜こうとする。

けれど、完全には抜けなかった。


「いつか、この身体でアダムを受け入れなければならないのだと思った」


声が震えた。


「……怖かったの」


ようやく出てきたのは、いちばん短い言葉だった。


「私は、アダムが嫌いだったから怖かったわけではないの。他の人に触れられること全部が嫌だったわけでもない。ガブリエルに髪を拭かれるのは怖くなかった。手を引かれるのも、着替えを手伝われるのも、全部が嫌だったわけじゃない」


リリスは一度、息を吸った。

胸の中の空気は浅い。

それでも続けることを選んだ。


「でも、アダムの腕の中では、私の身体の行き先が、私の意思より先に決められてしまっている気がしたの」


ルシファーは動かない。

彼が動かないことが、今はありがたかった。


「怖いのに、怖いと言っていいのかも分からなかった。だって、それは祝福で、役目で、アダムの隣にいるなら当然のことだったから」


当然なら、拒む方がおかしい。

当然なら、怖がる方が間違っている。

当然なら、自分の身体の方を黙らせなければならない。

その言葉の形を思い出すほど、リリスの喉はまた細くなった。


風が、枝に掛かった花冠を揺らす。

弱った花びらが一枚、草の上へ落ちた。

それでもルシファーは、リリスの言葉をすぐに拾わなかった。


少しの間のあと、彼が発した声はいつもより低かった。


「今は、言っていい」


リリスは顔を上げた。


「俺がここにいることも、怖いと思うなら、君はそう言っていい」


俺は違う、と彼は言わなかった。

俺は怖くないよ、とも言わなかった。


自分のことさえ、リリスが怖いと言っていいものの中に入れた。

リリスは、彼をじっと見つめた。

ルシファーは静かに座っている。


触れてこない。

近づいてこない。

手を伸ばさない。

ただ、そこにいる。


怖いかどうかを、リリスが自分で確かめる余地を残して。


「……試してみたいことがあるの」


声が思ったよりはっきり出たせいか、ルシファーの瞳がわずかに動いた。


「俺にできること?」


「たぶん」


「嫌になったら、やめるよ」


「ええ」


リリスは、自分の手を見た。

昨日から少し冷えている手だった。

外套を掴み、岩を掴み、花を持ち、怖い言葉を聞いた手。


「手のひらを、こちらに向けてくれる?」


ルシファーは何も聞き返さず、ゆっくりと手を差し出した。


触れに来る手ではない。

リリスが触れるかどうかを待つ手だった。


リリスは、白い式服の袖口から出ているその手を見た。


天使の手。


けれど、それだけではなかった。

枝に触れ、葉をかき分け、果実を取り、外套を畳み、花冠を編んだ手。

リリスのために何かを差し出しながら、決して先には掴まなかった手。


リリスは息を吸い、目を閉じた。


そして、自分の手を、ルシファーの手のひらへゆっくり重ねていく。

最初は指先から確かめるように、少しずつ。


触れた手は、あたたかかった。


思っていたより大きくて、指が長い。

手のひらの端は少し硬く、節々は意外と骨ばっている。

リリスの手とは、まるで違う。

こんなに違うのに、怖くはなかった。


逃げたいとも思わない。


ルシファーは動かなかった。

リリスの手が離れていくかどうか、ただ待っている。


「……これが、ルシファーなのね」


声に出してから、リリスは静かに瞳を開いた。

目の前に、ルシファーの手と自分の手が重なっている。


そこから伝わる体温に、なぜだか泣きそうになった。


あたたかさも、自分とは違う大きさも、触れる前に待ってくれるところも、全部が彼のものだった。

 

リリスの言葉に、ルシファーがほんの少し言葉を詰まらせる。


リリスはただ確かめているだけだ。

それは分かっている。

けれど、自分の手を通して名を呼ばれたような気がして、すぐに返事ができなかった。


「……そうだよ」


返した声は、少し低かった。


リリスはその声に視線を上げる。

目の前のルシファーの表情も、声も、いつもの柔らかさとは少し違う。

けれど怖くはない。

指先に触れている温度が、彼を少しだけ近くした気がした。


「嫌じゃない?」


「ええ」


「そうか」


ルシファーは重ねられた手を見たあと、静かに息を落とした。


「ねえ、あなたからも触ってみて?」


「それは……いいのかい?」


「ええ」


その返事に、ルシファーの指が少しぎこちなく動いた。

指先がリリスの指の側面に触れる。

触れるというより、尋ねるような動きだった。


どこまでなら怖くないのかを確かめるように、ゆっくりと。


「んっ……」


リリスの声が小さく漏れて、ルシファーの指が止まる。


「ごめん、嫌だった?」


「違うの」


リリスは少しだけ目を伏せ、それから小さく笑った。


「あなたの触れ方があまりに丁寧だから、くすぐったくなってきて」


「本当に?」


「本当に」


「無理はしなくていい」


「無理なら、嫌とか、やめてって言ってるわ。そう言ってもいいって、あなたが言ってくれたじゃない」


そう言うと、ルシファーがまた困った顔をした。


「そうだね。俺がそう言ったんだったね」


「ええ」


「すまない。君を信じるよ」


「そうして」


昨日までは、言葉を待ってもらってばかりだった。

けれど今は、自分の大丈夫を、自分で返している。


「我慢なんてしていないわ」


「そうか、よかった」


ずっと真剣な表情をしていたルシファーが、ようやく少しだけ笑った。


リリスの手は、まだ彼の手に重なっている。

触れていることと触れられていることが、同じ手のひらの中で混ざっても、逃げたいとは思わなかった。

ルシファーの指がゆっくりと開き、リリスの指がその間へ入っていく。


すぐには握らない。

けれど、どちらからともなく指が折れていった。

手のひらが重なるだけではなくなる。

指が間に入り、離れない形になる。


それでも、閉じ込められている感じはしなかった。

どちらかが力を抜けば、すぐに離れられる形だった。


リリスは繋がれた手を見つめた。

 

大きくて、あたたかい。

少し硬くて、厚い。


けれど、その違いは怖さにならなかった。


「……同じ手でも、違うのね」


ルシファーは、リリスを見た。


「何が?」


「全部」


リリスは自分で言って、少しだけ笑った。


「庭にいた誰とも違う手だわ」


「そうか」


「ねえ、ルシファー?」


「なんだい?」


「……私は、触れられること全部が怖かったわけではなかったみたい」


言葉にすると、肩の奥から何かが少し抜けた。


消えたわけではない。

なかったことにもならない。

けれど、形が見えた気がした。


「信じられないまま、当然みたいに触れられるのが怖かったのだと思う。それが今やっと分かった気がするわ」


ルシファーは答えを急がなかった。

だからリリスは、自分の手を見たまま続けられた。


「あなたの手は、私が嫌だと言ったら離れてくれる手だわ」


その言葉に、ルシファーの指がほんの少しだけ強くなる。

逃げられないほどではない。

でも、確かに聞こえたと分かる力だった。


「そうありたいと思っているよ」


「そうありたい、なのね」


「うん。間違えないとは言えないから」


リリスは、繋いだ手を見た。


昨日、この人は言ってはくれなかった。

それがこの人の優しさだとわかる。

それでも、やはり傷ついたのは確かだ。

 

それでも今、ここにいる。


彼が間違えない人だからではない。

間違えた時に、こちらの痛みを消さない人だから。


リリスは、指に少しだけ力をこめた。

ルシファーの手も、それに応えるようにわずかに握り返す。

リリスは、ゆっくりと言った。


「この手は、信じられる手だわ」


言ったあと、頬が熱くなった。


大げさだったかもしれない。

けれど、今のリリスには、それ以外の言葉が見つからなかった。


ルシファーは、今度こそしばらく何も言わなくなった。

照れているのか、困っているのか、痛んでいるのか。

その全部が少しずつ混ざったような顔だった。


やがて、彼は視線を手元へ落とす。


「……そんなふうに言われたら、もう雑には触れられないな」


「嫌?」


「いいや」


少しだけ間がある。


「……大事にしたい」


リリスは、繋いだ手を見たまま小さく頷いた。


「そうして」


そのあと、しばらく二人とも動かなかった。


手のひらには、まだ互いの温度がある。

指の間に、相手の指がある。

どちらかが少し力を抜けば、すぐに離れられる形だった。

それなのに、離さなかった。


 

森の風が、低い枝の花冠を揺らす。


昨日より弱くなった花びらが、光の中でかすかに震えている。


その静けさの中で、リリスの腹が小さく鳴った。


「……あっ」


リリスは目の前のルシファーを見て固まった。

ルシファーも、それを聞いて一瞬だけ黙る。


やがてルシファーが先に少しだけ視線を逸らした。

笑わないようにしているのが分かる顔だった。


「食べようか」


「……今、ちょっと笑ったでしょう」


「笑ってはいないよ」


「笑いそうだった」


「それは、否定しにくい」


「もう!」


自分の内側にあった一番重たいものを吐き出したあとでも、身体はちゃんと空腹を訴えてくる。

そのことが恥ずかしくて、少しだけ可笑しかった。


リリスは、まだ繋がれていた手を見る。

もう少し、このままでいたい。


けれど、このままでは食べにくい。

そう思った瞬間、自分の中に残っていた強ばりがわずかにゆるんだ。


「……離してもいい?」


「うん」


ルシファーの指からゆっくりと力が抜けていく。

離れていく時、彼の指がリリスの指先を少しだけなぞる

それでも怖くはなかった。

手のひらには、まだ彼の温度が残っている。

 

 

ルシファーが葉の上に果実と木の実を並べ始める。

いつも通りの朝の食事のはずなのに、手を離したばかりの指先が妙に心細い。


けれど、その心細さは嫌なものではなかった。

必要なら、また言えばいい。

触れたいなら、触れたいと言っていい。

それを知った手で、リリスは果実を取った。


「これ、甘くておいしい!」


「よかった」


「ルシファーは食べないの?」


「いただくよ」


ルシファーが果実に手を伸ばすのを、リリスはつい目で追ってしまう。


さっきまで自分の指と重なっていた手。

あたたかくて、大きくて、少し硬かった手。


ルシファーはその視線に気づいたのか、果実を持ったまま少し困った顔をした。


「見られていると、食べにくいな」


「あら、最高位の天使様は、いつもみんなから見られていたんじゃないの?」


「それは……そうだったけど。今は状況が別だよ」


リリスは少し笑った。


笑ってから、まだ痛みが残っていることにも気づく。

あの時、庭で感じた恐怖は消えていない。

消えるはずもない。

それでも今、ルシファーと手を重ねることはできた。


小さなことだったのかもしれない。

それでも、ほんの少しだけ、自分の身体が自分の方へ戻ってきた気がした。

 

ルシファーは、リリスが果実を飲み込むのを見届けてから、静かに目を伏せた。

その手には、まだ食べかけの果実がある。

果実の重みと皮の感触に触れたまま、彼の意識は、遠くない白い部屋へ戻っていった。


父上の部屋の、余分なものを許さない白。

手の中にあった書面のなめらかな重み。

そこに記されていた、接触への戸惑い、という言葉。


――拒絶として固定する段階にはない。


――始まりの二人はなお距離を測る過程にあり、庭の巡りに大きな破綻はない。


あの時、記されていた言葉は滑らかだった。

どの言葉も正しく見え、反論の指を差し入れる隙間もなかった。


だが今、リリスの声が、その紙の下から聞こえている。


——私は、子を宿す身体なのだって。


——いつか、この身体でアダムを受け入れなければならないのだと思った。


——怖かった。


ルシファーは、手の中の果実を見た。


これが戸惑いか?

これが、拒絶として固定する段階にはないものだったのか?


父上は見落としたのではない。

見て、聞いて、記していた。

ただ、その名を変えた。


嫌だという小さな形は戸惑いと呼ばれ、怖かった身体は始まりの過程に収められた。

息ができないほどの恐怖は、庭の巡りに大きな破綻はないという白い文の下に沈んだ。


ルシファーの指に、果実の皮が食い込む。

怒りと呼ぶには冷たく、もっと深いところに沈んでいるものが、手の内側を固くした。


「……ルシファー?」


リリスの声がした。


ルシファーは、すぐには顔を上げられなかった。

この冷えを、彼女の前へ投げるわけにはいかない。

これはリリスの痛みから生まれたものだ。

それでも、リリスに背負わせるものではない。


彼は息を整えた。


「ごめん。少し、昔のことを思い出していた」


「昔?」


「父上の本文に、君のことが記されていた」


リリスは果実を持つ手を止めた。


「……私のこと?」


「うん」


ルシファーは言葉を選んだ。

今度は、逃げるためではない。

リリスに渡せる形を探すために。


「君がアダムとの接触に戸惑っている、と……そう記されていた」


リリスの瞳が揺れた。


「戸惑い……」


「うん」


「……そう」


その声は小さかった。


リリスはその言葉を口の中で確かめるように、少しだけ目を伏せた。


「私は、怖かったのに……そう、戸惑いだったのね」


その言葉が、音もなく冷えていくのが分かった。


「父上は、そう記していた。だけど俺は、それを読んで、違和感を覚えた」


「違和感?」


「君の声を知らなかった。君の顔も知らなかった。だから、あの時の俺には、確かめることができなかった」


ルシファーは、手の中の果実をそっと葉の上へ戻した。


「でも今は、違う」


リリスは何も言わず、ただ不安そうに彼の目を見ていた。


「君は怖かったと言った」


「……ええ」


「なら、それは戸惑いだけじゃない」


リリスの指先が小さく震えた。


「君が今、そう言ったから、俺は、そう読む」


ルシファーの声は低く、静かだった。

 

リリスは、しばらく彼を見ていた。

神がどう書いたかではなく。

天使がどう扱ったかでもなく。

今、リリスが言った言葉を、ルシファーが読む。


そのことが、ゆっくりと手のひらの温度のように届いた。


「……ルシファーは、今の私の言葉を、信じてくれるの?」


「うん」


「お父様の言葉より?」


ルシファーは、今度もすぐには答えなかった。

それでも、その沈黙に逃げる気配はなかった。


「俺は、父上の言葉を読むために造られた」


リリスは黙って聞いた。


「でも、君が今ここで怖かったと言うなら、俺はその声を、父上の言葉の下に戻したくない」


その言葉は、強くはなかった。

けれど、リリスの中で何かが静かに動いた。

 

ルシファーは、神に反逆したいのではない。

神を壊したいのでもない。

ただ、神の言葉の中に収められた小さな声を、そのまま聞こうとしている。


「……ありがとう」


リリスの声は震えていた。

何かが込み上がってくる感覚をこらえるように、リリスは少しだけ笑った。


ルシファーは困ったように笑う。


まだ何も解けていない。

イヴのことも、アダムのことも、神の言葉も。

自分がこれからどこへ行くのかも。


けれど、ルシファーがここに来た理由の一つを、少しだけ知った気がした。


彼は、自分を助けに来たのではない。

手を引いて、連れ出すためでもない。

彼は、神の言葉の下で何が起きているのかを、確かめに来た。


そして今、リリスの言葉が、その答えの一つになっている。


森の朝は、少しずつ昼へ向かっていた。

青紫の花が、外套のそばで揺れている。


枝の花冠は、もう朝の光に耐えきれず、また一枚花びらを落とした。

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