幕間:後編 歓迎会
第1部 過去への贖罪
乾杯が終わると、広間の空気はすぐに崩れた。
さっきまで一か所に集まっていた人たちが料理を取りに散って、気づけばあちこちに小さな輪ができている。
本多はもう先輩隊員に捕まっていた。
藤井、大山、鈴木も三人で料理を選んでいたはずなのに、いつの間にか別の隊員まで混ざっている。
蓮次に至っては、少し離れたところで普通に笑っていた。
早い。
俺はまだ、空の皿を持って立っている。
「鐡」
呼ばれて振り返ると、大柄な男が目の前にいた。
「俺は佐原道玄だ。さっきはまともに話せなかったからな。改めてよろしく」
「はい。よろしくお願いします」
差し出された手を握る。
見た目通り、手も大きい。
「天宮もそうだけどよ、新人連中はもっとガチガチになってるかと思ってたんだがな」
「俺は結構緊張してますよ」
「嘘つけ。全然見えねぇぞ」
「もう心臓バックバクです」
「適当言いやがって」
佐原が豪快に笑った。
その声を聞きつけたのか、本多が会話の輪を抜けてくる。
「何の話ですか?」
「今年の新人は思ったより普通だって話だ」
「普通……」
本多が眉を寄せる。
「それ、褒められてます?」
「少なくとも悪口じゃねぇよ」
「じゃあ、まあ……」
「納得してねぇって顔だな」
「普通って評価が一番反応に困るんですよ」
「真面目だなぁ、お前は」
佐原がまた笑う。
「じゃあ逆に聞くか。お前ら、壱番隊に入るって決まった時、どんな部隊だと思ってた?」
近くにいた藤井が料理を取る手を止めた。
「私は、もっと厳しいところだと思ってました」
「想像とは違ったか?」
「訓練は厳しいです。でも、普段もずっと張り詰めてるのかなって」
「あ、それは分かる」
大山がすぐに頷く。
「私も怖い人ばっかりかと思ってた」
「香恋、それ本人たちの前で言うか?」
本多が小声で言った。
「聞かれたから答えただけじゃん」
「そうだけどさ」
「私は……もう少し近寄りがたい感じなのかなと思ってました」
鈴木が控えめに続ける。
「ほら、みんな似たようなこと思ってる」
「お前は堂々と言いすぎなんだよ」
「何で哲也に言われなきゃいけないの?」
「誰かが止めないとこれ以上は怖いからだよ」
いつの間にか本多まで三人の会話に巻き込まれている。
佐原は楽しそうにそれを眺めてから、少し離れた場所へ声を飛ばした。
「天宮は?」
「俺ですか?」
蓮次が紙コップを持ったまま振り返る。
「そうですね。俺も、もっと堅苦しい部隊だと思ってました」
「今は違うのか?」
「思ってたより話しやすい人が多いです。先輩たちも気さくですし、みなさん優しいです」
「おお、模範的な答えだな」
「本当にそう思ってますよ」
「じゃあ、鐡にも聞いてみるか」
話を振られた。
「鐡はどうなんだ?」
「俺もみんなと似たような感じですよ」
「もっと他に何かないのか?」
「駄目ですか?」
「自分の言葉で言え」
自分の言葉。
改めて考えてみる。
壱番隊への配属が決まった時、どんな人たちがいるのかはほとんど知らなかった。
「……もっと静かなところだと思ってました」
「静か?」
「はい」
広間を見回す。
誰かが笑えば、別の場所からそれ以上に大きな笑い声が返ってくる。
料理を取りに行くだけなのに呼び止められて、そのまま話し込んでいる人もいる。
「今日だけじゃなくて、普段も意外と賑やかですよね」
「お前ら聞いたか!」
佐原がいきなり声を張った。
「新人からうるさいって言われてるぞ!」
「語弊があります!」
反射的に否定した。
何人かがこっちを見て笑う。
もう遅い。
「鐡」
本多が真顔で俺の肩に手をやる。
「これが壱番隊だ」
「今ので分かったよ」
「適応が早いな」
「本多に言われたくない」
「でもさ」
本庄アミが会話に入ってきた。
「そっちから見た私たちの印象を聞いたんだから、こっちから見た新人の印象も言っていいよね?」
「それ面白そう!」
いつからいたのか、奏音まで混ざっている。
「嫌な予感しかしないんですけど」
本多が身構えた。
「じゃあ本多からね。真面目で器用だけど、考えすぎなところがあるかな」
「なんかグサっときますね」
「悪く言ってないって」
「出来ることが多いから、どれを選ぶかで悩むんだろ」
佐原が横から言う。
本多は言い返そうとして、やめた。
「……否定はしません」
「その代わり、やると決めた後は頼りになりそうだけどな」
「そこは素直に褒め言葉として受け取っておきます」
「藤井ちゃんは周りをよく見てるよね」
「私ですか?」
「さっきから自分の皿より二人の皿ばっかり見てるし」
藤井が反射的に大山と鈴木を見る。
「小春がずっと迷ってるからだよ」
「まいだって迷ってたじゃん」
「私は香恋がどんどん先に行くから」
「だって揚げ物は温かいうちに取った方がいいでしょ?」
「取った瞬間に食べるわけじゃないんだから同じだよ」
「全然違うよ」
「何でそこで言い争いになるんだよ」
本多が呆れた声を出す。
「哲也はどっちなの?」
「俺を巻き込むな」
「本多も大変だな」
佐原が笑う。
三人の性格が違うのは、見ていれば何となく分かる。
それでも一緒にいるところを見ると、あれで上手くいっているらしい。
「天宮は、戦ってる時と普段のギャップがでかいな」
「そんなに違います?」
「違うだろ。普段はこんな感じなのに、戦うと急に容赦なくなるし」
「必要だからやってるだけですよ」
「そのくせ休日はカフェ巡り」
蓮次の顔が止まった。
「……何で知ってるんですか?」
「この前、街で見かけたんだ」
「いつですか?」
「先週」
「俺はそれに気づけなかった……のか」
蓮次が本気で悔しそうな顔をする。
そこまでショックを受けることなんだろうか。
「で」
奏音が俺を見る。
「最後は瑛志くんだね」
「俺ですか」
「うん」
「奏音ちゃん、今日会ったばっかりだろ?」
「だから私は第一印象担当」
「担当だったんですね」
奏音が俺の顔をじっと見る。
何となく、こっちから目を逸らしたら負けな気がした。
「……反応が面白い」
「それが俺の印象ですか?」
「今のところは」
「何を見てそう思ったんですか」
「話しかけると、言葉を選ぶように一回ちゃんと考えてるでしょ?」
「普通じゃないですか?」
「別にそれ自体は変なことじゃない」
「……?」
「考えた後に出てくる反応が、たまに予想と違う」
「そんなことありました?」
「さっき、お兄ちゃんが『兄ちゃん』って言った時」
「ああ」
「すごい見てた」
「珍しかったので」
如月へ目を向ける。
「普段、自分のことを兄ちゃんって言ってるところなんて見ないですし」
「当たり前だ」
如月が返した。
「俺は奏音の兄ちゃんだからな」
「ほら」
奏音がこっちを見る。
「よく人のこと見てるんですね」
「こう見えて人を見る目だけは自信があるの!」
胸を張って言われた。
それに男性隊員たちは目を奪われている。
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「そういや、新人のうちに教えといた方がいいことがあるな」
料理が一巡した頃、佐原が思い出したように言った。
「何ですか?」
本多が反応する。
「遅刻するな。特に如月副隊長がいる日はな」
「そんなにですか?」
「時間を守れば何もない」
如月が答えた。
「守らなかったら?」
大山が聞く。
「地獄を見ることになるぞ」
「冗談に聞こえないところが、怖いですね……」
本多が小さく呟いた。
「あと、仙道隊長には酒を勧めないようにね〜」
本庄が続けた。
「どうしてですか?」
鈴木が尋ねる。
「え? ちょっと待って」
少し離れた場所から声が飛んできた。
仙道だった。
片手には缶。
見える数字は三パーセント。
足取りはおぼつかない様子だ。
「それ、誰が決めたの?」
「壱番隊の共通認識です」
如月が即答した。
「初耳なんだけど」
「本人には伝えていませんから」
「ひどくない?」
「本人に伝える必要はありませんでしたので」
「光月、今日ちょっと冷たくないかい?」
「いつも通りです」
「いいや、明らかに冷たいね!」
これ、どっちが隊長なんだろうな。
「いや、そもそも僕、酒に弱くないよ」
「フラフラに見えますが?」
「まだ半分だよ? そんなワケないじゃないか」
「だから言っているんです」
「光月は分かってないなあ」
仙道が人差し指を立て、何かを説明する顔だった。
「酔ってる人は、自分が酔ってるって分からないんだよ」
「はい」
「僕は自分が酔ってないって分かってる」
「はい」
「だから酔ってない」
「その理屈で正気だと証明するのは無理があります」
「え?」
仙道が固まった。
本当に分かっていないらしい。
「でも僕、普通に喋れてるよ?」
「これだから酔っ払いは……」
呆れたように小声でぼやいた。
仙道はそんなことにも気づかず、そのまま俺たち六人へ目を向ける。
「でもさ、今日は本当に六人揃って良かったよね」
「急に何の話ですか?」
本多が聞いた。
「四日前の話だよ」
「ああ……あの結界のことですか?」
「そう、それ」
仙道が頷く。
「僕たち、あの時ずっと外にいたんだよ。中に入ろうとしても、魔術を当てても、全部深蝕封界に吸われちゃってさ」
「外もそんなことになってたんですか?」
藤井が驚いた顔をする。
「うん。こっちから何もできないのに、中にいた人たちの魔力だけはどんどん弱くなっていく。あれには参ったなぁ」
口調は軽い。
でも、言っている内容は笑えるものじゃなかった。
「その中でね、大きく動いてる反応が三つだけあったんだよ」
「三つも?」
本多が聞き返す。
「中庭。中央実技演習場。第一体育館。それと講堂にも、まだ戦ってる反応が残ってた」
四人の顔が変わる。
「後で分かったけど、中庭が鐡君。中央実技演習場が天宮君。第一体育館が神威君。講堂にいたのが八神君とシエラさん」
「……お前ら、あの状態で動けていたのか」
本多が俺と蓮次を見る。
「こっちは自分のことで精一杯だったぞ」
「私も……人のことなんて、気にしてる余裕なかった」
藤井が言うと、大山と鈴木も頷いた。
仙道が今度は俺と蓮次を見る。
「あの時は、本当に全員どうなるか分からなかったからね」
「いや、俺たちは自分たちに出来ることをしたまでです」
「それでも、本当に助かったよ。ありがとう」
仙道はそこで缶を眺め、それから俺たちに戻した。
「誰が何をしたかは、報告書で散々読んだんだけどさ」
言葉が続く。
「今日は六人ともここにいて、こうしてご飯を食べれてる。それで充分だ」
誰もすぐには返さなかった。
仙道はそんな空気を気にした様子もなく笑う。
「遅くなったけど、ちゃんと歓迎会もできたしね」
「……ありがとうございます」
本多が答える。
「うん。じゃあ、それを祝ってもう一回――」
「駄目です」
仙道の手から缶が消えた。
いつの間にか如月が持っている。
「今、良い話してたよね?」
「はい」
「じゃあ、もう一口くらい」
「駄目です」
「何で?」
「これ以上は、明日の業務に支障が出ます」
「僕の話、まだ続くんだけど」
「続けなくて結構です」
「光月は厳しいなあ」
そこへ奏音がやってきた。
「遼司さん、あそこにジュースもあるよ」
「奏音ちゃんまで?」
「二日酔いで潰れたら、お兄ちゃんが困るから」
「……確かに」
説得された。
「なるほど」
本多が真面目な顔で頷いた。
「壱番隊で気をつけること、分かりました」
「何が?」
蓮次が聞く。
「遅刻しない。仙道隊長には酒を勧めない」
「うん」
仙道まで頷く。
「一つ目は大事だね」
「二つ目もです」
如月が返す。
今度は広間のあちこちから笑い声が上がった。
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その後は、誰と何を話したのか全部は覚えていない。
本多は先輩に呼ばれて、いつの間にか訓練の話で熱くなっていた。
藤井たちの輪には奏音が混ざり、何がそんなに面白いのか、何度も笑い声が聞こえてくる。
蓮次はカフェの名前を聞かれて、端末を見せながら教えていた。
俺も何人かに声をかけられた。
学院のこと。
訓練のこと。
たわいもない話。
最初は何を話せばいいのか考えていたはずなのに、途中から考えなくなっていた。
その時、短い電子音が鳴った。
仙道が端末を確認する。
さっきまでの顔とは違った。
「光月」
「はい」
如月が隣へ寄り、画面を覗く。
数秒後。
「……陽だまりの楽園、ですか」
指が止まった。
手にしていた紙コップが、そこで初めて目に入った。
——陽だまりの楽園。
聞き間違えるはずがない。
仙道が俺を見る。
「鐡君」
「はい」
「再調査の件だよ」
「再調査……」
「うん。ただ、詳しい話は後日する。今日は歓迎会だからね」
「……分かりました」
仙道がそう言うなら、今ここで聞いても仕方がない。
「瑛志くん」
奏音に呼ばれた。
「はい?」
「今の、気になる?」
「少しだけ」
「そっか」
奏音は自分の皿へ目をやる。
「料理、たくさん食べた?」
「はい、美味しかったですよ」
「ほんとかな〜? さっきから喋ってばっかりで全然食べてないじゃん」
そう言われて皿を見る。
確かに、ほとんど減っていなかった。
「歓迎会なんだからしっかり食べないと!」
「奏音さんに言われると食べないわけにもいかないですね」
「でしょ?」
褒めたつもりはなかったけど、本人は満足している。
仕方なく、勧められた料理を一つ取った。
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歓迎会が終わる頃には、窓の外は真っ暗になっていた。
六人で先輩たちに挨拶を済ませる。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
仙道が笑う。
手にあるのは、もう缶ではない。
奏音に渡されたジュースだった。
「遅くなったけど、六人揃って歓迎できて良かったよ」
「俺も楽しかったです」
蓮次が答える。
「思ってたより豪華な歓迎会でした」
「それは嬉しいことを言ってくれるね」
仙道の目が俺へ向いた。
「鐡君はどうだい? 楽しめたかな?」
「はい、俺もみなさんと過ごせて楽しかったです」
「そうか。みんなも楽しめたようで良かったよ」
仙道が笑った。
藤井、大山、鈴木が先に隊舎を出る。
「じゃあ、また学院で」
本多も手を上げて、その後を追った。
「ああ。また」
俺と蓮次も帰ろうとしたところで、後ろから声が飛んでくる。
「瑛志くん」
振り返ると奏音がいた。
「無理はしちゃダメだよ!」
「そうですね。心に留めておきます」
「じゃあまたね!」
奏音が手を振る。
「はい、また」
俺たちは隊舎を出た。
夜の空気は、来た時より少し冷えていた。
蓮次と並んで歩く。
しばらくして、隣から声がした。
「楽しんでたな」
「そうかな?」
「俺にはそう見えた」
「普通に話してただけだよ」
「始まる前、扉の前で固まってた奴が?」
「あれは緊張してただけ」
「今は?」
少し考える。
「流石にしてないよ」
「なら良かった」
蓮次はそれ以上、何も言わなかった。
俺も特に続けなかった。
また誘われたら、行きたいな。
それくらいには悪くなかった。
ただ、頭の片隅には別のことがあった。
陽だまりの楽園の再調査。
何を聞かされるんだろう。
俺たちは、そのまま夜道を歩いていった。
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