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世界の代行者【第1章完結】  作者: 星之矢
第1章 始まりの過去編

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幕間:前編 ようこそ、壱番隊へ

第1部 過去への贖罪

 病院で目を覚まして二日後、俺は退院することになった。


「そりゃ、身体に傷一つないんだし、すぐ退院できるよな」


 検査は何度やっても異常なし。


 意識を失う前は、身体中が痛んでいたはずだった。

 キメラに踏みつけられ、何度も地面へ叩きつけられて、最後にはまともに動くことすらできなかった。


 なのに、目を覚ました時には傷一つ残っていなかった。


 医師からすれば、これ以上入院させておく理由もないらしい。


 それはそうだ。


「……まあ、いいか」


 考えたところで、思い出せないものは思い出せない。


 病室を出る前に、ここ数日使っていたベッドを見る。


「案外、名残惜しいもんだな」


 理由は単純だった。


 家のベッドより柔らかい。

 寝心地も良かった。


「ベッド、新しくしてみようかな」


 そんな独り言を残して、荷物を手に病室を出た。


 病院の出入口まで来ると、ガラス扉の向こうに見覚えのある二人がいた。


「お、瑛志。待ってたぜ」


「瑛志くん、退院おめでとうございます」


 蓮次とシエラだった。


「おまたせ」


 扉を抜ける。


 蓮次は片手を上げて、いつもと変わらない顔をしていた。


 ただ、立ち方が少しぎこちない。


 片側へ負担をかけないようにしているのが、見ていれば分かる。


 隣のシエラも同じらしく、蓮次が動く度に目を向けていた。


「退院まで二日もかかるとは思わなかったけどな」


「念のためって、何回も検査させられたよ」


「医者も、何で異常がないのか調べたかったんだろ」


「たぶんね」


 蓮次が俺の肩を軽く叩く。


「まあ、無事ならいいか。帰ろうぜ」


「そうですね。ただし、蓮次くんはゆっくり歩いてくださいね」


「分かってるって」


「先ほども同じことを言っていましたよ」


「今度は本当に分かってる」


「信用できません」


「シエラ、俺に厳しくないか?」


「怪我人ですから」


 シエラに即答され、蓮次が俺を見る。


 助けを求める目だった。


 俺は見なかったことにした。


------------


 病院を出ると、昼の空気には春先の冷たさがほとんど残っていなかった。


 道沿いの木々には新しい葉が増えている。


 入学式から、まだ一か月も経っていない。


 それにしては、色々ありすぎた。


「そういえばさ、瑛志」


 蓮次が歩きながらこちらを見る。


「今日の壱番隊の歓迎会、行くよな?」


「あー。一昨日、連絡来てたやつか」


 壱番隊の内部連絡ツールに、歓迎会の案内が届いていた。


 日時、場所、集合時刻。


 それだけを簡潔にまとめた文章で、送信者は如月だった。


「行こうかなとは思ってるよ」


「行こうかなって、お前も主役の一人だろ」


「確かにそうか」


「本多たちも来るし、六人全員揃うみたいだぞ」


「全員来るんだ」


「ああ」


 今年、壱番隊に新しく入ったのは六人。


 俺と蓮次。

 本多、藤井、大山、鈴木。


「楽しみだから行く、とは言わないんだな」


「そこまで楽しみにしてるわけじゃないから」


「そうなのか」


「でも行くよ」


「無理に行くことはないんじゃないか?」


「歓迎会をこの時期にするのですか?」


 シエラが会話に入ってきた。


「もう四月も終わりですよね」


「俺も遅いとは思った」


 蓮次が答える。


「ここまで何もなかったから、壱番隊はそういうのやらないのかと思ってたくらいだし」


「シエラのところはもうやったの?」


「はい。入学式から三日後に」


「早いな」


「普通はそのくらいではないでしょうか」


 俺と蓮次は顔を見合わせる。


 多分、考えたことは同じだった。


「エイミー隊長は、そういうところもしっかりしてそうだもんな」


「仙道隊長にも事情があったんだと思う」


「ああ。入学してから色々あったしな」


 蓮次はそう言って、自分の身体をちらりと見る。


 まだ怪我が残っている蓮次。


 今日まで入院していた俺。


「……確かに、歓迎会どころじゃなかったか」


「そうですね」


 シエラもそれ以上は言わなかった。


 しばらく歩いたところで、俺たちは別れることになった。


「俺は荷物置いたら、そのまま隊舎に向かう」


「俺もそのつもり」


「蓮次くんは、家まで送りますね」


「シエラ、過保護すぎないか?」


「そんなことはありません」


 また蓮次が俺を見る。


 今度は露骨だった。


「ここはシエラに従った方がいいと思う」


「裏切ったな……」


「歩き方が不自然だから」


「そんなにはっきり言うなよ」


「事実です」


 シエラまで重ねた。


 蓮次が諦めたように息を吐く。


「分かったよ。じゃあ、あとでな」


「ああ」


「瑛志くんも、退院したばかりなのですから無理はしないでくださいね」


「分かったよ」


「瑛志まで素直なの、なんか納得いかないな」


「俺は怪我してないから」


「それを言われると何も返せねぇ」


 蓮次が苦笑する。


「じゃあ、またあとで」


「ああ。またね」


 二人と別れ、俺も家へ向かった。


------------


 荷物を置いて少し休んでから、家を出た。


 壱番隊隊舎に着く頃には、空は夕方の色に変わっていた。


 入口の近くに蓮次がいる。


「早かったね」


「瑛志もな」


「入らないの?」


「入ろうとはしたんだけどさ」


 蓮次が扉を見る。


 中から笑い声が聞こえてきた。


 普段の隊舎では、あまり聞かない声だ。


「結構いるね」


「ああ。本多たちはもう中にいるみたいだぞ」


「じゃあ、俺たちが最後?」


「みたいだな」


 二人揃って扉の前にいる。


 中からまた笑い声がした。


「なんか緊張するな」


「ここまで来て帰るわけにもいかないだろ」


「流石に帰らないよ」


「なら入るぞ」


 蓮次が扉へ手を伸ばす。


 触れるより先に、内側から勢いよく開いた。


「あー! 来た!」


「うわっ」


「おっと」


 目の前に、見覚えのない少女が立っていた。


 俺たちと年齢は然程(さほど)変わらないように見える。


「瑛志くんと蓮次くんだよね?」


「はい」


「そうですけど」


「よかった! これで全員揃った!」


 初対面なのに、名前を呼ばれた。


「お兄ちゃんから写真見せてもらってたから、すぐ分かったよ!」


「お兄ちゃん?」


 蓮次が聞き返す。


 少女が胸元へ手を当てる。


「初めまして。如月奏音(きさらぎかのん)です」


「如月……?」


 俺と蓮次の視線が、ほぼ同時にその後ろへ向いた。


 隊舎の奥に如月がいる。


「もしかして、如月副隊長の妹さん……ですか?」


「そうだよ! お兄ちゃんの妹です!」


「奏音」


 如月がこちらへ歩いてくる。


「それじゃまるで、兄(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)の(・)威(・)を(・)借(・)る(・)妹(・)じゃないか」


 なんだその慣用句は。


「ちゃんと如月奏音って言ったよ?」


「そういう意味じゃない」


「細かいなあ、お兄ちゃんは」


 如月の表情はいつもと変わらない。


 でも、何かが違う。


「鐡、退院おめでとう」


「ありがとうございます」


「体調は?」


「問題ないです」


「そうか」


 短く俺を確認して、次は蓮次を見る。


「天宮も、まだ無理はするな」


「大丈夫です。この程度なら」


「その言い方をする奴ほど信用できない」


「お兄ちゃん、二人のお医者さんみたい」


「兄ちゃんは念のため言っているだけだ」


 兄ちゃん。


 そっちか。


 如月が自分のことをそう呼ぶ姿は初めて見た。


 つい見ていると、如月と目が合った。


「どうした?」


「いえ。何でもないです」


「二人とも、いつまで入口にいるの?」


 奏音が俺たちの腕を引く。


「ほら、入って。他の子たちも待ってるよ!」


 言われるまま、中へ入った。


------------


 広間には、思っていた以上の人数が集まっていた。


 机の上には料理が隙間なく並んでいる。


 肉料理に揚げ物、寿司、サラダ、果物。


 想像していたより、ずっと本格的だ。


「来たぞ、残りの二人!」


「天宮! 鐡! 退院おめでとう!」


 入った途端、声が飛んできた。


 そして視線も。


「ありがとうございます」


 とりあえず頭を下げる。


 こういう時の正解が分からない。


 横を見る。


 蓮次は普通に笑っていた。


 何でそんなに自然なんだ。


「お、やっと来たか」


 聞き覚えのある声がした。


 本多だ。


 近くには藤井、大山、鈴木もいる。


「集合時間には間に合ってるだろ」


 蓮次が返す。


「俺たちが早かっただけだけどな」


「じゃあ『やっと』じゃないだろ」


「細かいことはいいじゃねぇか」


「適当だな」


 本多は全く気にしていない。


「鐡くん、退院おめでとう」


 藤井が笑う。


「ありがとう」


「今日退院したんだよね?」


 大山が聞いてくる。


「うん」


「そのまま歓迎会来て大丈夫なの?」


「何も問題ないって言われたから」


「ならいいけど」


 鈴木も俺を見る。


「本当に何ともないの?」


「うん。自分でも不思議なくらい」


「それより」


 本多の目が蓮次へ移った。


「天宮の方が痛そうだな」


「大丈夫だって。この程度なら」


「ほんとかな~?」


 大山が割って入り、何かを企む顔をした。


「まさか……!」


「おりゃ!」


「いってぇ!」


 腕を勢いよく掴まれ、蓮次が顔をしかめる。


「はいはーい、みんな一回静かに!」


 奏音が手を叩いた。


 広間の声が少しずつ止まっていく。


「これで新入隊員も全員揃ったので、改めて始めます!」


 奏音が俺たち六人を見る。


「今日は、壱番隊に新しく入った六人の歓迎会です!」


 拍手が起きた。


「それと今日は、瑛志くんの退院祝いも兼ねてます!」


 今度は、ぱちぱちと小さく拍手が起きた。

 

 ……え?

 いや、なんだろう。

 分かってはるんだけど、なんとも言えない気持ちになった。


「それでは、隊長から一言!」


「僕?」


 仙道が自分を指さす。


「隊長なんだから当然でしょ!」


「奏音ちゃんが全部やってくれるのかと思ってた」


「私、隊員じゃないよ?」


「ああ、そうだったね」


 え、隊員じゃないの?

 さっきから一番仕切ってるのに。


「それじゃあ改めて」


 仙道が俺たちを見る。


「六人とも、ようこそ、壱番隊へ!」


 その一言で、正式に歓迎された気持ちになった。


「本当ならもっと早くやる予定だったんだけどね」


「遅すぎるぜ! 隊長!」


 横から大きな声が飛ぶ。


 さっき入口で見かけた大柄な男だった。


「道玄、まだ話してる途中」


「でも事実だろ?」


「否定はしないけどさ」


 仙道が苦笑する。


「まあ、色々あったからね。遅くなった分、今日は楽しんでいって」


 紙コップを掲げる。


「それじゃあ、新入隊員六人の加入を祝って――乾杯!」


「乾杯!」


 俺も紙コップを上げた。


 周りを見ると、みんな笑顔だ。


 料理があって、飲み物がある。

 誰かが誰かをからかって、それを見た別の誰かが笑っている。


 普通だ。


 思っていたより、ずっと普通の歓迎会だ。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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