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世界の代行者  作者: 星之矢
第1章 始まりの過去編

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第36話 三つの戦場へ

第1部 過去への贖罪

 講堂の床に広がった青白い魔法陣が、静かに、だが絶えず明滅していた。


 その内側で倒れている教師や生徒たちは、浅い呼吸を繰り返している。

 胸元を押さえたまま身を縮める者。

 意識を保つのがやっとという顔で天井を見上げている者。

 声をかけても返事すらできない者もいた。


 シエラは両手を広げたまま、その場からほとんど動けない。


 三人にかけた選聖の守り(クリアベール)を維持する。

 講堂全体へ広げた薄い防護を保つ。

 倒れている者の中で侵食が強まった者がいれば、そこへ個別に魔力を回す。


 魔法の並列行使。


 本来なら、今のシエラの実力でここまでの多重制御を安定させるのは難しい。

 それでも、やるしかなかった。


「……っ!」


 息が浅い。

 額の汗が頬を伝う。


 講堂全体へ広げた守りは薄い。

 それでも、シエラの防護がなければ数分で身体が侵食され、心臓が消失する。

 だから、一瞬たりとも切らせない。


 その時、倒れている生徒の一人の胸元へまとわりついていた赤黒い(もや)が、急に濃くなった。


「――!」


 シエラはすぐにそちらへ意識を割く。

 個別の保護へ魔力を回す。


 その瞬間、講堂全体に張っていた薄い膜が、ほんの僅かに弱まった。


 魔獣はそれを見逃さない。


 低い唸りと、湿った擦過音(さっかおん)と、甲高い裂けるような声が、重なるように講堂へ広がった。


 次の瞬間、出入口側の障壁へ、犬型が二体、鳥型が一体、同時に突っ込んでくる。


「来ます!」


 シエラの声より早く、八神燈哉(やがみとうや)が一歩前へ出た。


「ああ!」


 短く返した直後、二刀が走る。


 片方の刀が座席列の端を撫でるように振られ、銀青の残光が細く残った。

 その線に進路を切られた犬型が、僅かに体勢を乱す。

 そこへ逆の刀が滑り込み、喉元だけを正確に断った。


 鳥型が天井から落ちる。

 八神は視線だけで位置を捉え、振り向かないまま後ろ手の刃でそれを貫いた。


 切断面の周囲へ星屑めいた粒光が散り、赤黒い血が座席の間へ飛び散っていく。


 講堂へ通すわけにはいかない。


------------


 中央実技演習場へ続く廊下を、天宮蓮次(あまみやれんじ)はほとんど足音も立てずに駆けていた。


 止まるわけにはいかない。


 講堂を飛び出す直前、シエラが示した三つの大きな反応。

 中庭、第一体育館、そして中央実技演習場。


 中庭には瑛志が向かった。

 第一体育館には重護が向かった。

 ならば、自分が向かうべきはここしかない。


 しかも中央実技演習場の反応は、他の二つとはどこか性質が違っていた。

 中庭が“中心”であるなら、ここはそれを支える“構造”そのものに近い。


 まだ確証はない。

 だが、感覚がそう告げていた。


 このまま放置すれば、深蝕封界(しんしょくふうかい)は魔力を吸い尽くす。


 その時だった。


 前方の角の向こうで、低い喉鳴りが漏れた。


「グルルァ……」


 次の瞬間、犬型魔獣が唸り声とともに飛び出してくる。


 蓮次は走る勢いを殺さないまま、最小限の動作で炎を纏わせた手刀を振るった。


 ()き断つ。


 犬型の首が宙を舞い、赤黒い血を吹いて倒れる。


 だが、それで終わらない。


 左手の教室から猿型。

 天井近くの(はり)から甲虫型。

 さらに背後からも別の犬型が床を蹴って迫ってくる。


「……どんだけいるんだよ」


 低く漏らした声には、僅かな苛立ちが滲んでいた。


 一体一体は弱い。

 正面から戦えば脅威ですらない。


 だが厄介なのはそこじゃない。

 ()っても、蹴っても、叩き落としても、次々と出現する。

 明らかにこちらの進路を塞ぐためだけに湧いていた。


 前から三体。

 横から二体。

 頭上から一体。


 数で潰すのではなく、時間を奪う。

 そのいやらしさが、蓮次の神経を逆撫でした。


「弱いくせに、邪魔だけは一人前だな」


 飛び込んできた猿型の顔面へ膝を叩き込み、そのまま反転。

 背後から迫った犬型の顎を踵で蹴り上げ、壁へ叩きつける。

 天井から落ちてきた甲虫型は手で焼き払い、床へ転がして消滅させた。


 それでも、前方の角の向こうからまた新しい気配が湧き立つ。


 動き方が変わった。


 蓮次はそう確信した。


 さっきまでの魔獣は、ただ湧いて襲いかかってくるだけだった。

 だが、今は違う。

 こいつらは明確に、蓮次を中央実技演習場へ行かせないように動いている。


「……付き合っている暇はないんだ。退()け!」


 言葉と同時に、空気が僅かに変わった。


 熱ではない。

 魔力の圧でもない。


 もっと原始的で、もっと濁った何かが、蓮次の内側からじわりと滲む。


 前方の犬型がぴたりと止まった。

 猿型が歯を剥きながらも一歩退く。

 甲虫型の羽音が震え、空中で軌道を乱した。


 身体の奥で、低く(わら)うような気配が走る。


『モット怒レ』


 蓮次の表情が僅かに険しくなる。


 鬼だ。


 耳で聞いたわけではない。

 だが確かに、内側のどこかから響いた。


『マダ足リナイ』


「黙ってろ」


 短く吐き捨てる。


 その威圧に本能で怯んだ魔獣たちの隙を縫い、蓮次は一気に前へ出た。

 完全には退かない個体もいる。

 ならば、躊躇はない。


 肩で一体を弾き飛ばし、脇へ抜けようとした猿型の首筋を浅く潰す。

 怯んだ瞬間、蹴り飛ばして、そのまま中央実技演習場の扉前へ滑り込んだ。


 扉の表面には、すでに赤黒い筋が血管のように這い回っている。

 どくん、どくんと脈打ち、内側から何かを送り込み続けていた。


「……やっぱり、ここか」


 蓮次は息を整え、扉を押し開けた。


------------


 第一体育館へ向かう重護の足取りに、迷いはなかった。


 道を塞ぐ魔獣はいる。

 だが、全部に構うつもりはない。


 拳で砕き、蹴りで払い、進路を塞ぐものだけを最短で潰して前へ出る。


 頭の奥には、講堂で見た陽奈の顔が焼きついていた。

 苦しそうだった。

 それでも意識はあった。


 ――すぐ戻る。


 そう約束したなら、戻らなければならない。


 そのためには、第一体育館の反応を止めるしかない。


 校舎を進むほど、床の下を巨大な流れが走っている感覚が強くなる。

 壁の奥を魔力が押し流され、学院の中心へ向かって送り込まれているような圧。


「……こっちか」


 低く呟き、重護はさらに速度を上げた。


 廊下の角を曲がる。

 次の瞬間、正面の窓ガラスを突き破って犬型の魔獣が飛び込んできた。


「邪魔だ!」


 踏み込みを止めない。


 真正面から振り抜いた拳が、犬型の顔面を叩き潰す。

 砕けた身体が壁へ叩きつけられ、その向こうから、今度は猿型が二体、天井近くの(はり)から飛びかかった。


 重護は足を止めず、片方を蹴りで払う。

 もう片方は肩からぶつかり、そのまま体勢ごと廊下の端へ押し飛ばした。


 赤黒い血が散る。

 だが、まだ終わらない。


 前方の暗がり。

 左右の教室。

 割れた天井板の隙間。


 気配が増えていく。


 さっきまでの連中とは違う。

 数で押すだけの襲い方じゃない。

 明らかに、先へ通さないための動きだ。


 重護の目が僅かに細くなる。


 第一体育館が近い。


 そう確信した直後だった。


 視界の端を、赤黒い影が横切った。


 振り向く。

 もういない。


 次の瞬間には、足元すれすれを別の影が駆け抜ける。

 さらにその次には、頭上。


「……速ぇのが混ざってやがるな」


 低く吐く。


 犬型の中に、明らかに質の違う個体がいる。

 速い。

 鋭い。

 しかも、狙いが正確だ。


 背後の気配が膨らんだ。


 重護は反射で身を沈める。

 頭上を掠めた爪が、空気を裂いた。


「はっ!」


 振り向きざまに拳を叩き込む。


 だが手応えは浅い。

 速攻型は直撃の寸前で軌道をずらし、赤黒い残像だけを引いて距離を取った。


 その一瞬で、重護は理解する。


 こいつらは無差別に襲っているんじゃない。

 第一体育館へ向かう進路、その一点を守るように配置されている。


 なら、やっぱり当たりだ。


 重護は口元を歪めた。


「いいぜ」


 拳を構え直す。


「まとめて潰して、通るだけだ」


 前方の渡り廊下の先。

 閉ざされた大扉の向こうから、他より一段濃い赤黒い気配が脈打っていた。


 第一体育館は、もうすぐそこだ。


 次の瞬間、複数の影が同時に弾けた。


 左右の壁。

 天井近く。

 廊下の床すれすれ。


 赤黒い残像が、一斉に重護へ殺到する。


 だが今度は、重護も待たなかった。


「来い」


 低く吐き捨てると同時、真正面から群れの中心へ踏み込んだ。


------------


 中庭へ向かう途中の廊下は、所々で照明が明滅していた。


 赤。

 白。

 赤。

 白。


 その不規則な点滅が、余計に不気味だ。


 俺は魔素(マナ)ちゃんのシールから作った不格好な剣を握ったまま、息を殺して進んでいた。

 深蝕封界(しんしょくふうかい)の圧迫感は変わらない。

 空気も重い。

 けれど、やっぱり倒れるほどじゃない。


 他のみんなと比べれば、俺は明らかに動けている。


 だから進める。


 そう思っていたはずなのに。


「っ……!」


 廊下の曲がり角から飛び出してきた鳥型の魔獣を斬り払った瞬間、また頭の奥が痛んだ。


 ズキン、と鈍い痛み。

 視界の端で、何かが一瞬だけ重なる。


 燃えている国。

 魔獣。

 青白い存在。


「……くそ」


 息を吐き、頭を振る。


 今じゃない。

 今は考えるな。


 床の奥で、湿った擦過音(さっかおん)が這う。


「シャァァ……」


 蛇型が床を這って迫る。

 踏み込み、剣を振る。

 真っ二つに断ったはずなのに、その動きが妙に読めた。

 次にどこから来るか、身体が先に知っていたみたいに。


 そして読めた直後に、また痛む。


「っ……なんなんだよ……」


 知らない。


 こんな魔獣、知らないはずだ。


 なのに、知らないって言い切れない。


 まるで昔から知っていた相手に再会したみたいな、気持ちの悪さがある。


 俺は息を整え直し、さらに廊下を駆けた。


 遠く、開けた空間の気配がする。

 中庭が近い。


 それと同時に、気配も濃くなる。


 中庭に近づくほど、深蝕封界そのものの鼓動がはっきり聞こえるようだった。


 そして、廊下を抜けた先で、視界が一気に開けた。


 中庭。


 だが、そこはもう俺の知っている中庭じゃなかった。


 地面のタイル一面に血が飛び散っている。

 乾ききっていない血がまだ鈍く光り、誰かを引きずったみたいな跡まで残っていた。

 鉄臭い匂いがむっと鼻を突き、喉の奥がひりつく。


 少し先に、人影が二つ倒れている。

 動かない。


 その向こうでは、不朽桜が赤黒い瘴気に絡みつかれていた。

 本来なら神聖さすら感じさせるあの桜が、今は巨大な傷口みたいに見える。

 幹には黒ずんだ脈が浮き、根元へ食い込むように地面へ刻まれた逆五芒星(デビルスター)が、生き物みたいにどくん、どくんと脈打っていた。


 ただ描かれているんじゃない。

 学院中に立ち昇る赤黒い光の柱と、ここの逆五芒星が呼応している。


 ここだ。


 理屈の全部が分かるわけじゃない。

 でも、直感だけははっきりしていた。


 ここが一番深い。

 ここが心臓部に一番近い。


 そして、その逆五芒星の中心に――それはいた。


 獅子の頭部。

 (たくま)しい胴体。

 背から生えた巨大な鷹の翼。

 尾の先には蛇の頭。


 ただの魔獣じゃない。

 そんなことは、見た瞬間に分かった。


 神話の怪物。

 完成されすぎた異形。


 キメラ。


 そんな名前が、説明されるより先に頭へ浮かんだ。


 ただ大きいとか、ただ凶悪だとか、そんなものじゃない。

 完成されすぎていた。


 それは不朽桜の根元で静かに佇んでいた。

 まるで、学院全体から吸い上げられた魔力の鼓動と同期しているみたいに。


「……なんだよ、これ……」


 ここが心臓部だと、本能で分かる。


 次の瞬間、その怪物がゆっくりと首を巡らせる。


「グルルォォ……」


 低く、腹の底へ沈むような唸りだった。


 黄金の獣眼が、まっすぐ俺を捉えた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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