表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の代行者【第1章完結】  作者: 星之矢
第1章 始まりの過去編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/45

第35話 結界の内側

第1部 過去への贖罪

 同時刻、S.C.A.L.E.本部会議室。


 神城が口を開こうとした、その瞬間だった。


 空気が揺れた。


 会議室にいた全員が、同時に息を呑む。


「――――っ!」


 ぞわりと、背筋を冷たいものが走った。


 次の瞬間、尋常ではない反応が一気に立ち上がる。

 方角は、ひとつ。


 天嶺学院高等学校てんりょうがくいんこうとうがっこう――。


「あれは……!?」


 仙道が勢いよく立ち上がる。


「まさか……!」


 エイミーも椅子を蹴るように立ち上がった。


「全員で向かうぞ!」


 五十嵐(いがらし)が叫ぶ。

 だが、それを神城の声が断ち切った。


「待て!」


 鋭い一声に、全員の視線が集まる。


遼司(りょうじ)、エイミー、天也(てんや)。先行しろ。他は各自、自分の隊へ戻り、二次被害と周辺変動に備えろ!」


「了解!」


 三人が一斉に会議室を飛び出す。


 神城は残る隊長格へ、鋭く言い放った。


「これは学院内案件の範囲を超えた。最悪、封界級の事態も想定しろ」


 その言葉に、会議室の空気が凍りついた。


------------


 講堂に満ちていたざわめきが、一瞬で別の音へ変わった。


 胸の奥を、見えない手で掴まれたみたいだった。


「――ッ、が……!」


 誰かが喉を押さえて膝をつく。

 次の瞬間には、その場にいた何人もの生徒が次々と倒れ始めた。

 舞台の上でも、マイクを持っていた教師が言葉を切らし、そのまま崩れ落ちる。


 空気が重い。


 いや、違う。


 重いんじゃない。


 何かを引き剥がされている。


「何が起こっているんだ!?」


 講堂のあちこちで悲鳴が上がる。

 座席列の各所で人が倒れ、息を荒げ、胸元を押さえて苦しんでいた。


 俺は状況も掴めないまま、近くで倒れている蓮次へ駆け寄った。


「蓮次! 大丈夫か!? おい!」


 うつ伏せに崩れている肩を掴む。

 反応は鈍かった。


「えい……じ……か。お前……は、無事……みたいだな……」


「無事って……今は人の心配をしてる場合じゃないだろ!」


 蓮次の顔色は悪い。

 呼吸も浅い。


 けれど――。


 その時になって、俺はようやく気づいた。


 周りはみんな苦しんでいるのに、俺は何ともない。


 胸の奥に圧迫感みたいな不快さはある。

 空気が気味悪いのも分かる。

 でも、倒れるほどじゃない。


 一体どうしたっていうんだ。


 明らかにこの結界めいた何かが原因だとは分かる。

 なのに、なんで俺だけ――。


「瑛志くん! 無事だったのですね!」


 声がして振り向く。


「シエラ! 無事なのか!?」


「ええ。私はみんなとは少し違うので、この状況にもある程度は対処できました。ですが……」


 シエラは胸元を押さえ、息を整える。


「私も魔力を吸い上げられています。万全とは、とても言えません」


「やっぱり、吸い上げられてるのか……」


「おそらくは。それに――あれを見てください」


 シエラが講堂の高窓の向こうを指さした。


 赤黒い光の柱が、学院のあちこちから立ち昇っている。


 それは夜の灯りみたいに静かなものじゃない。

 どろりと粘ついた赤黒い光が、地面の底から噴き上がっているみたいな、不快な柱だった。


「赤い光の柱が立ち昇っている場所……あれは、校内の外周に打たれていた魔術痕(まじゅつこん)だと思います。昨日までに確認されていたものと同系統の反応が、一斉に発動しています」


 シエラの言葉に、俺は窓の外を見る。


 学院の上空を覆う、赤黒く歪んだ壁。

 校舎も、体育館も、中央実技演習場も、中庭も、不朽桜も。

 全部まとめて、巨大な半球状の結界の内側へ閉じ込められている。


 講堂だけじゃない。

 学院そのものが、丸ごと呑まれている。


「……っ」


 柱の位置関係が頭の中で繋がる。

 あれは、ただ散らばっているんじゃない。

 最初から、形を成すように仕込まれていた。


 この事態をどうにかするには、一体何を止めればいいのか。

 そう考えていると、シエラが続けて言った。


「ただ、結界を支えているのは魔術痕だけではありません」


「……え?」


「大きい反応が三つあります」


「三つ……?」


「はい。ひとつは中庭。不朽桜に最も近い位置です。もうひとつは中央実技演習場。そして最後が第一体育館」


 シエラの声が硬くなる。


「外周の魔術痕が流路になっていて、その内側でこの三つが別々に脈打っています。どれかひとつだけではなく、三つが揃ってこの結界を支えているように感じます」


「三つとも、止めないとダメってことか」


「はい。少なくとも、講堂で守っているだけでは終わりません。このままでは、倒れている人たちへの侵食は止まらないはずです」


 侵食。


 その言葉に、背筋が冷えた。


 ただ倒れるだけじゃない。

 これは、放っておけばもっと先がある。


「でも、その中でも――」


 シエラが息を呑む。


「中庭だけ、別格です。結界が張られて少し後に、一際大きな反応がそこへ現れました。恐らく、ここにいる人たちの魔力を触媒にして顕現した何かです」


 その瞬間、頭の中で点が繋がった。


「そうか……そういうことだったのか」


「瑛志くん?」


「あの柱の意味だよ」


 俺は窓の外へ目を向けたまま言った。


「ただ閉じ込めるための結界じゃない。これは儀式だ。周囲の魔術痕で流れを作って、その中心で何かを呼び出すために組まれてたんだ」


 シエラは一瞬だけ息を止め、すぐに頷いた。


「なら、中庭の反応が中心核……」


「多分、そうだと思う」


 そこが、一番危ない。

 そして、一番止めなきゃいけない場所だ。


 俺は立ち上がった。


「シエラ、ここは任せてもいいかな」


「一体どうする気なのですか?」


「どうするも何も、止めないといけないなら、止めに行くしかない」


「無計画に突っ込むのは危険です!」


 シエラがきつく言う。


「……中庭の反応は、今の私たちでは手に余る相手かもしれません。正直、今の私の力では敵う気がしません」


 俺は拳を握った。

 手のひらに爪が食い込む。


「それでも、今まともに動けるのは俺だけだ。魔力がないせいか、この結界の影響を俺はほとんど受けてない。なら、俺にしかできないことを俺がやるしかない」


 シエラが息を呑む。


 その時だった。


 講堂の出入口付近、何もなかった空間がいびつに歪んだ。


「――!? なんだ……!」


 次の瞬間、そこから“魔獣”が次々と湧き出してきた。


 犬型、蛇型、鳥型。

 どれも赤黒い魔力を纏い、獣というより、結界の澱みが形を得たような異様さを持っている。


 低い唸りと、湿った擦過音(さっかおん)と、甲高く裂けるような声が、重なるように講堂へ広がった。


 俺は足を止め、反射的に身構える。


 そして――。


「ぅぐっ!?」


 脳の奥に、ズキン、と鈍い痛みが走った。


「瑛志くん!?」


 片手で頭を押さえ、その場に(うずくま)る。


 なんだ……?

 こいつらは、()()()()()()()()()()()()()()


 いや、あり得ない。

 俺はこんな魔獣を知らない。

 見たことなんかあるはずが、ない。


 なのに、知らないはずなのに――。


 さらに頭痛とは別のノイズが頭の中を走り、映像がフラッシュバックする。


「……っ! ――これは」


 知っている。

 この結界を俺は知っている……。


「――深蝕封界(しんしょくふうかい)


 頭が痛い。


 知らないようで知っている、この感覚は……なんだ。

 俺は本当に、この状況をどこかで――。


「瑛志くん!」


 シエラの声で我に返る。


「ここは私に任せてください!」


「……!? それはダメだ。今とさっきじゃ状況が違う! ここに倒れている人たちを全員、今のシエラひとりで守り切れるわけがない!」


「大丈夫です」


 シエラの声には迷いがなかった。


「私の魔法で、あと三人だけなら動けるようにできます」


「三人……?」


「はい。完全回復ではありませんが、侵食の進行を一時的に鈍らせ、動ける時間を作るだけです。でも、それで充分です」


 シエラは真っ直ぐ俺を見た。


「瑛志くんは中庭へ向かってください。ここは、私たちで持たせます」


 その“私たち”に、俺は一瞬だけ目を見開く。


「……本当にいいんだね?」


 シエラは力強く頷いた。


「はい」


 俺も頷き返す。


「分かった。なら、ここは任せるよ」


 シエラは近くにいた八神へ向き直った。


「八神くん、少し辛いかもしれませんが、助けてください」


 八神は苦しげに息を吐きながらも、その頼みに頷く。


 シエラが両手を重ねる。

 青白い光が指先へ集まり、薄い膜みたいに揺れた。


選聖の守り(クリアベール)


 その青白い光が八神を包み込む。


 ただ治すための魔法じゃない。

 身体を薄い聖膜で覆い、魔力の吸収と侵食を一時的に鈍らせる、防護の魔法だった。


 八神は短く息を吐き、「ありがとう」とだけ言って立ち上がり、魔獣たちを睨んだ。


「あいつらは俺が仕留める。シエラは守りを切らさないでくれ」


 短い声。

 普段と変わらない調子のはずなのに、そこには迷いがなかった。


 だが、今の八神は丸腰だ。


「八神、刀は!?」


集会(ここ)に持って来てない」


 即答だった。


 だったら――。


 俺は所持していたボールペンと、つけていたネクタイピンを片手ずつ掴み、指先へ力を込める。


物質変換(マテリアル・シフト)


 銀色の細身の刀身が二振り、俺の手の中で形を得る。

 長さを揃えた二振りの刀。


 俺はそれを八神へ放った。


「八神、使え!」


 八神は振り向きざまにそれらを受け取った。

 片方の重さを掌で確かめ、もう片方の刃先を僅かに下げる。


「……上出来だ」


 その言葉と同時に、シエラは倒れている生徒たちの中へ駆けていた。

 最初に膝をついたのは、蓮次の前だ。


「蓮次くん、少しだけ耐えてください」


 シエラは深く息を整え、両手を重ねる。

 指先に青白い光が集まり、それが薄い膜みたいに揺れた。


選聖の守り(クリアベール)


 唱えられた瞬間、青白い魔法陣が蓮次の身体の下に広がる。

 そこから溢れた柔らかな光が、蓮次の全身を包み込んだ。


 赤黒い侵食の気配が、その光に押し返される。


 蓮次の身体がびくりと震える。


「……っ、これは……!」


 苦しげだった呼吸が、ほんの少しだけ整う。

 蓮次は歯を食いしばりながらも、自分の腕を見て、ゆっくりと身体を起こした。


「動ける……」


「完全に回復したわけではありません」


 シエラの額には、もう薄く汗が滲んでいた。


「吸い上げられた魔力そのものは戻っていません。侵食の進行を一時的に抑えて、動けるだけの余裕を作っただけです。無理はしないでください」


「……ありがとう、助かった」


 蓮次は立ち上がり、まだ重い身体を確かめるように拳を握る。


「これなら動けそうだ」


 次にシエラが向かったのは重護だった。


 重護は倒れていながらも、周囲を睨みつけるみたいに歯を食いしばっていた。

 シエラが両手をかざすと、先ほどと同じ青白い光が重護の身体を包み、まとわりついていた赤黒い気配が少しずつ薄れていく。


 重護は大きく息を吸い込み、すぐに上体を起こした。


「……わるい、助かった」


「神威くん、この学院に大きな反応が三つあります」


 シエラの言葉に、重護は短く頷く。

 だが、その前に視線が別の方向へ走った。


 倒れている生徒たちの中に、水波(みなみ)の姿がある。


 重護はすぐにそちらへ行き、片膝をついた。


「陽奈」


 短い呼びかけ。


 水波は薄く目を開けた。

 苦しそうではあるが、意識はある。


「……じゅ、じゅう、ご……?」


「聞こえてるな」


 それだけで、重護の表情が僅かに緩む。

 だが、次の瞬間にはもう引き締まっていた。


「すぐ戻る。だから、それまで絶対に意識を保っていろ」


 水波は小さく頷く。

 重護は立ち上がり、振り返らずにシエラの方へ戻った。


 シエラは、八神、蓮次、重護に魔法をかけて動けるようにしてから、辺りを見回す。


 シエラの魔法は、ここからが本番だった。


 シエラは講堂中央へ出ると、両手を重ねたままさらに魔法陣を多重展開する。

 三人にかけた守りとは別に、今度は講堂全体へ、薄い青白い光の膜を広げていった。


 倒れている教師や生徒たちの周囲へ、半透明の防護が一斉に降りる。


 けれど、その光は明らかに薄い。

 三人へかけたものよりもずっと弱く、広げること自体に無理があるのが見て取れた。


「講堂全体へ守りを広げます」


 シエラの声は少し掠れていた。


「侵食の速度は落とせます。ですが、効果は限定的なので長くは持ちません」


 八神が短く問う。


「どのくらい持ちそうなんだ?」


「十分……いえ、十五分は持たせてみせます!」


 シエラは講堂の外を一度見て、それから全員を見る。


「大きな反応は三つです。中庭、中央実技演習場、第一体育館。この三つが連動しています。どれか一つだけを止めても、残りが動いている限り、結界は止まらない可能性が高いです」


「なら三方向だな」


 蓮次が言う。


「俺は中央実技演習場に行く。あそこは空間の歪みが強い。多分、結界を固定してるんだ。俺の力が役に立つと思う」


 俺は中庭の方角へ視線を向けた。


「俺は中庭に行く。あそこにはずっと何かが引っかかってる」


「当然そう言うと思った」


 蓮次が苦笑する。


「なら、俺は第一体育館だ」


 重護が拳を握る。


「魔獣が湧いてるなら、潰して進むだけだ」


 だが、そこで八神が言った。


「講堂はどうする」


 全員の視線が、一瞬だけ倒れている教師や生徒たちへ向く。


 今、学院の人間はこの講堂に一番集まっている。

 ここを無人にするわけにはいかない。


「ここは私が侵食を鈍らせます」


 シエラが言う。


「ですが、それだけでは守りきれません。講堂には前衛が必要です」


 その言葉で、役目は決まった。


 八神が前へ出る。


「決まりだな。俺が残る」


 蓮次が頷く。


「八神なら適任だ。講堂に入ってくる魔獣を止めてくれ」


「ああ、もちろんだ」


 八神は短く答えた。


 その直後、出入口側の魔獣が一斉に飛びかかってきた。


 八神の二刀が閃く。


 派手な残光ではない。

 けれど、刃の軌道だけが銀青の細い尾を引いた。

 星の筋みたいに美しい線が交差し、講堂へ入り込もうとした犬型魔獣の喉と前脚が同時に断たれる。


 さらに一歩。


 座席の間へ滑り込もうとした別の個体の進路を、片方の刀が塞ぐ。

 退こうとしたその首筋へ、もう片方が最短で入る。


 八神家に伝わるという流派、幻星八剱流げんせいやつるぎりゅう


 斬っているというより、侵入経路そのものを閉じているみたいだった。


「行け!」


 八神が短く言う。


 俺は拳を握り直した。


「分かった。行こう」


 蓮次が中央実技演習場の方向へ。

 重護が第一体育館の方向へ。

 そして俺は、中庭へ。


 三人がそれぞれ別方向へ駆け出す。


 後ろでは、シエラの魔法陣が脈打ち、八神が講堂の最前へ立っていた。

 赤黒い魔獣たちが唸り声を上げる。


 結界の外へは逃げられない。

 なら、内側で止めるしかない。


 それぞれが、自分にできることを選んだ。


 だがその時にはもう、天嶺学院高等学校てんりょうがくいんこうとうがっこうそのものが、深蝕封界(しんしょくふうかい)の内側へ完全に呑み込まれていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけるととても嬉しいです。

すごく励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ