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世界の代行者【第1章完結】  作者: 星之矢
第1章 始まりの過去編

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第34話 引き金

第1部 過去への贖罪

 昼休み後、天嶺学院高等学校で全校集会が始まろうとしていた頃。

 S.C.A.L.E.本部会議室には、張りつめた沈黙があった。


 長机の上には、学院の敷地図、術式反応の波形、玖番隊から上がってきた解析資料、現地記録の写しが整然と並べられている。

 そこに集まっているのは、神城をはじめとした各隊の隊長格だけだった。


「忙しいところ集まってもらってすまない」


 神城の一声で、会議室の空気がさらに引き締まる。


「議題はひとつ。天嶺学院高等学校に仕掛けられた術式についてだ。すでに資料には目を通しているな」


 最初に口を開いたのは、肆番隊隊長アダム・アイラだった。


「総監、発言をよろしいでしょうか」


「ああ」


「現時点の情報だけを見る限り、まだ可能性の域を出ていないように思えます。隊長格をこれだけ集める必要が、本当にあったのでしょうか」


 僅かな間を置いて、仙道が視線を上げる。


「可能性の段階だからこそだよ。僕はこの魔力反応に覚えがある。これは並みの魔力とは違う」


「違う、というだけでは警戒の理由としては弱いわ」


 アダムの声は冷たかった。


「それに、その魔力反応だって、私たち一人ひとりに比べれば大した規模ではないはずよ」


「それは違う」


 返したのはエイミーだった。


「貴方はそいつがどんな相手か知らないから、そう言えるのよ。この魔術痕が本当にただの吸収術式なら、玖番隊の解析がここまで難航するはずがないわ」


 一触即発になりかけたが、双方ともそこで踏み込まなかった。


 それを確認してから、神城が手元の資料へ視線を落とす。


「玖番隊からの報告を要約する。術式の表層は現代魔術理論で一定の分解が可能。だが、下層構造へ入った時点で整合性が崩れる。現代の人間が扱う魔術としては機能していない。ゆえに現在は、古代魔術理論――魔法側の理屈を含めた再解析へ移行中だ」


 その一文だけで、会議室の空気は一段深く沈んだ。


 伍番隊隊長、五十嵐天也(いがらしてんや)が低く唸る。


「つまり、現代の人間が組める魔術式だけじゃ説明できねぇってことか」


「その通りだ」


 神城は頷いた。


「さらに、生徒たちの調査結果と照合し、校内で確認された魔術痕は六箇所まで絞り込まれている。不朽桜を中心支柱として、意図的に配置されたものと見ていい」


 敷地図が机上投影へ切り替わる。


 六つの点が結ばれ、ひとつの図形を浮かび上がらせた。


「……五芒星(ごぼうせい)


 誰かが小さく呟く。


 仙道が静かに続けた。


「校舎配置に沿った結果じゃない。最初から不朽桜を核にして組まれている。しかも、ただ形が似ているという話じゃない。魔術痕ごとの反応強度にも偏りがある。術式として成立するよう、最初から調整されてる」


「五芒星、か」


 拾番隊隊長、久保葵(くぼあおい)が資料を手に取る。


「正位置ならまだ、防衛的意味合いも考えられる。だが……」


 久保はそこで、敷地図の向きをゆっくり回転させた。


「待て。校門から見た学院の正面軸に合わせると、見え方が変わる」


 周囲の視線が一斉に集まる。


 回転した図形を見た瞬間、数人の表情が変わった。


「……逆五芒星(ぎゃくごぼうせい)


「デビルスター、か」


 五十嵐が低く吐き捨てる。


 久保は頷いた。


「断定はできん。だが、少なくとも正位置だけを想定した配置とは思えない。学院正面――つまり校門側から見た時、この術式は明確に別の意味を帯びる」


「ただの悪趣味で済めばいいけどね」


 仙道の声に軽さはなかった。


「問題は、そういう配置を好む相手に心当たりがあるってことだ」


 神城が目を細める。


「ゼルゲディア、だな」


「はい」


 仙道は短く答えた。


「断定に近いです」


 室内の空気がさらに冷え込む。


 仙道は続けた。


「術式に残っている魔力の“質”が近すぎる。歪み方、粘り方、反応の濁り方……五年前、僕とエイミーが直接対峙した魔人と、極めてよく似ている」


 エイミーもそこで言葉を継いだ。


「似ている、というより、同じ系統と見ていいわ。あれは人間側の魔術師が再現できる質じゃない。少なくとも、現代の術式体系では無理よ」


「ゼルゲディアについて、改めて確認したい」


 神城の声に、仙道が頷く。


「ゼルゲディアは、五年前の魔族侵攻災害時に出現した魔人です。対峙したのは僕とエイミー。接触時間自体は長くなかったですが、あれは……忘れようがない」


 そこで仙道は、ほんの僅かに言葉を切った。


「人を殺すことに躊躇がない、という表現では足りません。殺戮そのものを愉しむ気性だった。しかも厄介なのは、ただ暴れるだけじゃないことです。あいつは“どうすれば一番壊れるか”を考えて動く」


 エイミーが低く続ける。


「しかも強い。単純な戦闘能力だけで見ても、当時の私と仙道くんの二人がかりで、まともに抑え込めなかった」


「では、今回の術式は」


 アダムが眉を寄せる。


「ゼルゲディアが、再び学院を土台に何かを起こそうとしている可能性が高いと?」


「高いどころじゃない」


 仙道の声には、珍しく一切の軽さがなかった。


「もし本当にあいつなら、“意味もなく五芒星を描いて終わり”なんてことはしない。必ずその先がある」


 神城は視線を落とし、資料を指先で押さえる。


「発動条件は、まだ割れていないんだな?」


「はい」


 エイミーが答えた。


「ただ、吸収術式ではなく、封界形成か召喚補助に近い性質を持つ可能性が高い、というところまでは解明できています」


「それに、不朽桜を中心支柱にしている時点で、術式は“点”じゃなく“場”を利用してる」


 仙道が敷地図を見つめたまま言う。


「学院そのものを術式基盤に使っている可能性がある」


------------


 一方その頃、講堂から少し離れた人気(ひとけ)のない中庭へ面した通路口。


 辰巳剛毅(たつみごうき)は、最初から講堂へは向かわず、取り巻き二人だけをそこへ連れ出していた。


「剛毅さん、こんなとこで何の話ですか?」


「そろそろ集会、始まるんじゃ……」


 二人の声には落ち着きがなかった。

 遠くで講堂へ向かう足音だけが薄く聞こえてくる。

 ここだけが妙に静かだった。


 辰巳はそんな二人を見て、口元をゆっくり歪める。


「まあ、そう急ぐなよ」


 その声は妙に優しい。

 いつもの怒鳴るような調子じゃない。


「お前らにひとつ、いい話をしてやる」


 二人は顔を見合わせた。


 嫌な予感はしている。

 だが、辰巳に逆らう勇気まではない。


「お前らさ」


 辰巳は壁に背を預け、楽しむみたいに言った。


「この世のものじゃねぇ最強の力が手に入るって言われたら、どうする?」


「え……そ、そりゃ、手に入るなら欲しいですけど」


「だよなぁ」


 辰巳は満足そうに頷いた。


「俺も最初はそうだった。退屈だったんだよ。何をしてもすぐ飽きる。壊しても、泣かせても、怯えさせても、すぐ終わる。もっと長く楽しめるもんが欲しかった」


 二人の喉が、ごくりと鳴る。


「そしたら、いたんだよ」


 辰巳は笑った。


「悪魔ってやつが」


「じょ、冗談ですよね……?」


「冗談でこんな顔するか?」


 辰巳の笑みは深くなるばかりだった。


「そいつは俺に力をくれた。退屈しねぇ人生もな。代わりに協力しろって言われたんだ。学院の中に印を仕込み、条件が揃うまで待てって」


 二人の顔色が、目に見えて変わる。


「じゃ、じゃあ最近の事件って……」


「そういうことだ」


 辰巳は一歩、二歩と近づいていく。


「で、ここからが本題だ」


 その声色が、急に冷えた。


「お前らには、もう仕込まれてる」


「……は?」


深蝕印(しんしょくいん)の根だよ」


 理解が追いつかないまま、二人の身体が強張る。


「何、言って……」


「言ったまんまだ。お前らは引き金(トリガー)だ」


 一人が反射的に後ずさる。

 もう一人は、引きつった笑みを浮かべたまま固まっていた。


「や、やめてくださいよ……そういう冗談……」


「冗談じゃねぇって」


 辰巳は制服のポケットへ手を入れる。


 そこから取り出された収納式ナイフが、細い金属音を立てて刃を伸ばした。


 二人の顔から、一瞬で血の気が引く。


「な、何でナイフなんか……」


「決まってんだろ」


 辰巳は唇を吊り上げた。


「発動条件を満たすためだよ」


 逃げようとした一人の腹へ、辰巳は何の躊躇もなく刃を突き立てた。


「ゴファッ!?」


 潰れたような声が喉から漏れる。


 刺された本人は、自分の腹へ視線を落としたまま固まっていた。

 何が起きたのか、理解が追いついていない。


 だが次の瞬間、遅れて激痛が全身を貫いたのだろう。

 目が見開かれ、膝が折れた。


「ご、ごう……き……さん……!?」


 ようやく絞り出した声は、驚愕(きょうがく)と懇願が入り混じっていた。


 辰巳はその顔を見下ろして、心底嬉しそうに(わら)う。


「よかったなぁ」


 刃を引き抜く。


 途端に、傷口から血が一気に溢れた。


「がっ、あ……っ、ぁ……!」


 男は腹を押さえる。

 押さえたところで、何も止まらない。

 指の隙間からどろりと零れ、手も制服も床も一瞬で汚れていく。


「た、たす……っ、や……っ」


 息を吸うたびに、喉の奥で濡れた音が鳴る。


 その隣で、もう一人が完全に腰を抜かしていた。


「う、うあ……っ、うああああああああ!!」


 壁に背中を打ちつけたまま、手足だけが無様に暴れる。

 逃げたいのに、身体が言うことを聞いていない。


「そ、そんな……! 何で!? 何でだよ剛毅さん!!」


「何でって?」


 辰巳は笑ったまま、一歩踏み出す。


「お前らが引き金(トリガー)だからに決まってんだろ」


「い、意味分かんねぇよ!! や、やめろよ!! 冗談だろ!? なぁ!? 冗談だって言ってくれよ!!」


「冗談でこんなことするかよ」


 辰巳は、その怯え切った顔を見ているだけで昂っているのが分かる声音で続けた。


「安心しろ。すぐ終わる」


「や、やめ! やめでぐださいぃぃぃぃい!!」


 這って逃げようとした足首を、辰巳は容赦なく踏みつけた。


「ぎゃああああっ!!」


 折れるような音がして、男の身体がびくんと跳ねる。


「うるせぇな!」


 辰巳はしゃがみ込むと、目線を合わせるようにして嗤った。


「そういう顔、すげぇ好きだぜ」


「いやだっ、いやだっ、死にたくない!! 助けて!! 誰か、誰かぁっ!!」


 人気(ひとけ)のない通路に、悲鳴だけが空しく響く。


 だが、その声に応える者はどこにもいない。

 教師も生徒も、今は講堂へ集められている。

 辰巳が望んだ通りに。


「叫べ叫べ。どうせ誰にも届かねぇよ」


 辰巳はそう言って、ためらいなく刃を振り下ろした。


「うああああああああああああ!!」


 最初の一撃で、男は喉を裂くような悲鳴を上げた。

 二撃目でその声は濁り、三撃目で泣き声みたいに崩れる。


「やめっ、やめっ、やめっ……! あ、ぁ……っ!」


 両手を振り回して防ごうとする。

 腕を上げる。

 身体を(よじ)る。

 けれど、その全部が追いつかない。


 辰巳は、壊れた玩具(おもちゃ)でも弄ぶみたいに、何度も何度も刃を振り下ろした。


「ははっ……はははっ……!」


 笑っている。

 完全に酔っていた。


 その間にも、最初に刺された男は床に倒れたまま、薄く目を開けていた。

 腹を押さえた手はもう真っ赤で、指先が痙攣している。


「……た、すけ……」


 掠れた声。

 ほとんど息だけの音。


 辰巳はゆっくりとそちらを振り返った。


「まだ喋れんのかよ。すげぇじゃん」


 そして、何の感情もなく近づいていく。


 男は這おうとした。

 だが肘が滑り、血で濡れた床に顔を打つだけだった。


「や……やだ……しに、たく……」


「でも死ぬんだよ」


 辰巳は笑った。


「今のお前らには、それしか価値がねぇんだから」


 次の一撃で、男の身体が大きく跳ねる。


 喉の奥で、ぐちゅりと濁った音が鳴った。

 それでもすぐには終わらない。

 何か言おうとして口が開く。

 だが、もう言葉にならない。

 ただ血と息だけが零れていく。


 辰巳はそれを、最後まで見下ろしていた。


「いいなぁ」


 恍惚(こうこつ)とした声だった。


「最高だ」


 やがて、最初の男の身体から完全に力が抜ける。


 もう一人も、床に転がったまま痙攣するばかりになっていた。

 その目だけが、最後まで辰巳を見ている。

 信じた相手に殺される、その理解できない恐怖だけを残して。


 辰巳は血塗れのナイフを握ったまま、二つの死体を見下ろした。


 その瞬間だった。


 倒れた二人の身体の下から、赤黒い光がじわりと滲み出す。


 血とは違う。

 影とも違う。

 もっと粘ついた、濁った何か。


 それは床の上を這うのではなく、地面の下へ根のように潜り込んでいった。

 一本。

 また一本。


 校舎の地下を走り、不朽桜を中心支柱とする核へと一斉に繋がっていく。


 辰巳の口元が、限界まで吊り上がった。


「……来た!」


 喉の奥で笑いが震える。


「は、はは……っ」


 肩が揺れる。


「ははははははっ……! アハハハハハハハハハハハッ!!」


 その哄笑(こうしょう)が途切れた次の瞬間、最悪の事態が幕を開けた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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