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「どうして何も言ってくれなかったの!何も言われなくてそのまま出て行って…どれだけ不安だったか、心配だったかわかってるの!
馬鹿馬鹿、ほんとに馬鹿!どれだけ会いたかったか、どんだけ探しに行こうかと思ったと……!!」
泣きじゃくる尻尾お姉さんは、なりふり構わずゼロさんを殴りながら叫ぶ。
聞いていて悲しくなるくらい気持ちがこもっていて、もらい泣きしてしまいそうだ。
ただ、その殴る威力。ゼロさんじゃなきゃ死んでないかな。
「あの人は?」
「リオよ!九尾のティナ持ちで、ゼロのことが大好きなの!」
「うん。わかる」
今泣いているのも喜んでいるのも怒っているのも、リオさんにとってゼロさんが特別だからだ。アガド育ちにだってそれくらいわかる。
「リオは知的大人系美女だからお似合いよね!」
確かにリオさんはすごく綺麗な人だ。
絶世の美女は誰かと言われれば、やっぱりルナかなという気はするけど、リオさんはモデルみたいにすらりとしていて、姿勢も綺麗だし、顔だちも大人っぽい。
ルナは絶世の美女だけど妖艶。リオさんは大人かっこいい綺麗さ。そこに九尾のキツネ尻尾というものすごいギャップがあるけども!
それにしてもゼロさんよ。
泣きそうな人に「泣くな」も、泣いている人に「うるさいから泣き止め」もどうかと思うよ。
「ごめ……ん。もう、大丈夫……」
「別に。女が泣くのは慣れてる」
どれだけ女泣かせてるの!
「ゼロのばか…。女泣かせにも程があるでしょ」
リオさんと意見が一致した。
「…いろいろ言ってごめん」
「いや、八割聞いてねぇから問題ねぇよ」
「………」
わたしはとび蹴りをはなった。
「それはないでしょうが!!」
「なにしやがんだ。このクソガキ」
「いたたたた!頭みしみしいってる!みしみしいってる!」
飛び蹴りは当然のごとく避けられ、空中で頭をキャッチ。悪魔のごとき握力で頭がかち割られそうです。
「えーと。その子だれ?」
この人も止めないのか!!
「俺が連れてきた。詳しくは銀に聞け」
「自分で言うから!自分で言うから放して!」
「あー。それがいいか」
万力はようやく離れた。
あー、まだズキズキする。ほんと手加減してくれないんだから……いや、手加減してくれてるか。してなかったら今頃頭無くなってる。
「えーと。はじめまして、イーリスといいます」
わたしはそう切り出して簡単に今までのことを話した。詳しく言っていたらキリがないし、自己紹介にそこまで必要ないと思う。とにかくアビスシードであることと、これからここで暮らすことをしっかりと伝えた。
「そっか」
リオさんは静かに聞いてくれた。
「あたしはリオ。見ての通り、九尾のティナの所有者。ここでは医師。表でも働いてる。これからよろしく」
実にあっさりとしたリオさんらしい挨拶は、さっきの取り乱した様子とはまったく別で、しっかりとした、これぞ大人と言わんばかりの綺麗なものだった。
「あと…さっきは見苦しいところを見せた。ごめん」
そして、ちょっと目を背けて恥ずかしそうに言った。顔は赤いし、目は少し潤んでるし。
なんだ、この人。ギャップの塊か?
「りおねぇ。おかえり」
「リオ!今日もお疲れ様ね!ゼロがいるの驚いたでしょ!」
「クガネ、ルピ。ただいま。さっきはごめん」
「だいじょうぶ。めしもぶじだ!」
「そうそう!怪我人は誰もいないわ!」
またも始まった和気藹々。姉御肌の九尾はクガネをなだめ、ルピをいさめと場を鎮めるのにうってつけの人物だった。
それともうひとつ。
「うっきゅぁぁああ」
「クロ。久しぶり!」
クロと超仲がいい。
なに?うっきゅぁぁああって。聞いたことないよ。その歓喜の鳴き声。羨ましいんですけど!?
「あいつにクロの治療何度も任せてるからな。恩人とでも思ってんじゃねぇか?」
「また心読まれた…」
「どうせ羨ましいとでも思ったんだろ?お前顔に出やすいんだよ」
……くそぅ。
「人間の手先の器用さは他の種族もマネができねぇし、人間ってのは馬鹿だけど賢いからな。医療にはうってつけだろ」
馬鹿だけど賢い。うん、わかる気がする。愚かだけど頭いいんだよね、人間って。
「しかも人間じゃない奴らを治療するんだから、あいつも大変だろうな。人間には無い器官もあるわけだし」
「確かに…妖精とか治療できる気がしない」
小さすぎるし、薬だって効きすぎる。銀さんとか病気するんだろうか。その場合龍に効く薬ってあるの?
「お前も頑張れよ。ここで何かやること見つけねぇと、銀に実験道具にされてもしらねぇからな」
「…冗談だよね?」
「いや?魔力供給もできない、水も飯も必要、なのに役に立たない。
そんなやつを有効活用しようと思うのは当然だろ」
ゼロさんがくっくと笑う。ふざけているときの笑い方と同じだけど、あながち嘘とも思えないのが怖い。
それに確かに役割は必要だ。タダ飯喰らいはよろしくない。
「馬鹿を言うな」
地割れが走りゼロさんが膝をついた。それから天より龍が降り立つ。
ゼロさんは苦々しげに銀さんをにらんだ。
「私は実験なんぞくだらないことはしない。ただ、仕事はしてもらうから覚悟しておけ」
「は、はい!」
「…ちっ」
ゼロさんの舌うちは虚しく、銀さんはとっくに周りにいる全員へと向かっていた。
「リオ、ご苦労だった。休ませてやりたいところだが、ここにいる全員に頼みがある」
「う?どうしたんだ。しろ」
「銀が直々にって珍しいわね!」
「あたしも大丈夫だけど…面倒事?」
「そうなるな。イーリスとゼロも頼む」
「ならさっさとこれ解けよ!」
やっぱり何かはわからないけど、何かされているらしい。ゼロさんが立ちあがれないとか相当な何かなのはわかるけど。
………うん、はやく仕事始めよう。
「ヴァンパイアのティナの所有者、ルナ=ライトナイトが脱走した。早急にこれを見つけ捕縛してくれ」
「「「え゛」」」
声がぴたりと揃った。
5月中に一幕終わらせたかった…




