06
うん。反省した。
反省したよ、わたしだって。
難しい話じゃなかったし、ゼロさんはわかるように教えてくれたから、とても面倒で迷惑かけたってことくらいわかったもん。
でもね。
どうしようもないことだってある。
「もし?イースさんとおっしゃいましたか?」
ケバケバのトルネード頭、虫が寄り添うな激臭を漂わせたおばさ……奥様が登場した。
待ってましたよ!と言わんばかりに、後ろにザ・貴族を連れて。
「イースさん、こちらが僕の母です。母上、どうです?とても美しい、まるで宝石の原石のような方でしょう?」
「ええ、そうね。ハンソ。とても綺麗な髪色をしているわ」
「ありが……」
「なんでもスティード家の養子だとか。下町から来た下民にしては美しく、姿勢も好ましいわ。どうでしょう。我が家に招待しましょう」
「いや、その……」
「養子というのも大方、親に売られたのでしょう?お可愛そうに。
スティード家といえば子供嫌いで有名ですもの。そこの養子になるとしたら、その姿を使おうとする政略の道具。あぁ、お可愛そうに」
「そんな…」
「どうでしょう?我がアーゼル家のメイドになりませんこと?えぇえぇ、それがいいですわ。稼ぎもいいですし、スティード家のような酷い仕打ちは致しませんよ?ましてや大人ばかりのこの会場に、駒使いのように行かせたりはしませんわ」
お、お、お?
おぉーーーい!!
わたし何も言ってないよ。言ってないのにどうしてこんなになってんの!?
「あぁ、可愛そうに」
「まだ幼い子供なのに」
「お優しいアーゼル家なら安心だ」
「将来ハンソ様と結ばれるやもしれんぞ」
周りもざわざわ。
既にかわいそうな子供がアーゼル家に行ってお嫁さんになる流れができちゃってる。
「わた…」
「皆様も証人となってくださいませ。スティード家との交渉は後日になりますが、この可愛そうなイースちゃんは私が保護いたしますわ!」
おぉーっと歓声があがる。
拍手、拍手、拍手。
なんだこれー!!!?
「ま、待ってください!!」
かき消されないように、大声をはって手を挙げる。注目を集めないと!これはなんか不味い流れだ。
「わたしはアーゼル家に行ったりしません!今の生活で十分です!お断りします!」
スティード家がどうとかわからないけど、とにかく思ったことを言うしかない。しっかりと、はっきりと。
そして返ってきたのは、およよよと涙ながらの返答。
「お可愛そうに。そう言うように仕込まれてるよね。だれもその痩せ細った体を見て良くしてもらってるとは思わないわ」
「う、ぐ」
うるさい!これでも少しは太ったんだから!!
「それに護衛が一人というのも可笑しな話。単に義務的に連れてきただけでしょう。我が家なら、一人につき三人を雇っているわよ」
うぬ、ぬぬぬ。
そんなどうしようもないこと言われても…。
さーてーとー、どうしたらいいんだ!?
「痩せてるのは…最近拾われたからです!護衛は一人でいいんです。その一人が三人分強いですし、わたしだって護身術くらいできます」
「おほほほ。イースさん、まだまだですわね。護衛というのは盾であり、剣ですわ。守るために盾となったものが剣に変わることはないんですよ」
「レイさんならできます。盾になる前に剣を倒します。相手が何人だって、誰が相手だって変わりません!」
相手が軍人だって、犯罪者だって、村全体だって!
「お気に入りなのね。だったらその人も雇ってあげるわ。護衛として力不足でしたら作業員にでもなってもらいましょう」
ちっがーーーう!!
そうゆうことじゃないんだってば!!
「スティード家に拾われた時、お金もらえたでしょ?その倍は払ってあげるわ。そうね……分かりやすく言うとあなたは買われたの。買ったものをまたスティード家には売ってもらって、私が買い直すの。わかる?つまりはね、あなたに拒否権はないの」
声をおとしておばさんは言った。
「我が家にとって、あなたもあなたお墨付きの護衛も安いものなの。少しも手痛くないほどにね」
「でも、嫌です!」
はっきり言った。言ってやった。
するとおばさんは、はっと気づいたように口元を手で隠した。
「そんなに頑ななんて…あなたあの下民の護衛に脅されてるのね。本当はあなたを見張り、何かあったら殺すよう命じられてるのでしょう!あぁ、あぁ、こんな可愛い子にそんなことをするなんて、おぞましい化け物だわ!!」
サッと、血が引いた。
そんな感覚だった。
そして熱くなる。どんどん熱くなる。
血が沸き立つようだ。
久しぶりに、ほんとにほんとに頭にきた。
「……んな」
「ん?なんと言いましたか?」
「あの人を悪く言うな!!クソババア!!!!!!」
ふざけんな!
あんたは顔も姿も知らないのに、なんで化け物なんて言うんだ!
頑張って生きてきたゼロさんを、その結果を、なんでそんな言葉で表すんだ!
そんなわたしの熱を冷ますかのように、冷や水が顔に注がれる。
「無礼者め」
冷ややかな目をした人が、ぽたぽたと手持ちのグラスから水滴を垂らす。
それはわたしの頭に落ち、額から顎へと伝った。
「アーゼル家とスティード家の地位は天と地の差。その常識外れな物言いを改めなさい。メイドとして雇うというのもこちらが譲歩した結果よ?私のハンソが気に入ったからこうしてあげているけど、本当なら即刻買い取って奴隷として扱ってやるところだわ。
これは上下関係。そんな常識もわからないの?」
「望んでない者を強制して、誰からも許可が出てないのに結論をだして、退路を断って、何でも思うようにして……」
わたしは落ちる滴をそのままに、その女を睨み付けた。
「あなたは腐ってる!そんなとこに行くくらいならこの船から飛び降りる方がマシだ!」
かぁっと顔を赤らめ、手を振りかざす女。
仕返しは…だめだ。手なんてあげたらどうなるかわかったもんじゃない。
避ける?いや、収拾がつかなくなりそう。
ならばせめてもの仕返しと叩かれる瞬間までその目を強く睨み付けてやった。
パーーーーーンっっっっ
乾いた音が響く。
だけど痛みはこない。
「すみません。水くらいなら許しますけど、こればかりは見過ごせませんね」
ゼロさんだ。
何故か割れた皿を持ってる。
そして周りにはその残骸が。
「き、きゃぁあ!」
存外かわいらしい叫び声をあげる女の人。
割れた皿で切ったのか、手にはわずかに傷がついているけど、それよりも皿を割るという行為に驚いているようだ。
そりゃそうだよね。世界は広いといっても、女性のビンタを皿で受け止める人ってゼロさんくらいじゃないかな。
「お静かに。アーゼル家ともあろう方がこの程度で動揺してどうするんです?」
「お、お黙りなさい無礼者!護衛ごときが私にこんな真似をして良いとでも…」
「まぁ仕えてる奴が傷つくくらいなら、こんな真似もアリでしょう」
飄々とレイさんは言った。
まったく動揺もしていない。
「それよりも、そちらの護衛さんは結果的に、主人の手を傷つけ、皿を割らせるなどというとんでもない行為をさせたわけですが」
「それは、貴方が!!」
「ですねぇ。ま、護衛というものは俺のような奴から守るのが仕事でしょう。不出来な護衛ばかりをそろえているようで」
言葉を詰まらせる女の人。
今までの空気はがらりと変わり、ゼロさんの独壇場だ。
「貴方気は確かなの?こ、攻撃を受け止めるにしても他のやり方が…」
女性陣から誰かが、叫ぶように言った。ありえないわ!信じられない!と顔に書いてある。
「下民やら化け物やら呼ばれた身なりで、己の手で攻撃を受け止める訳にもいかないでしょうし、ナイフかフォークか皿なら、一番害が少ないのはこちらかと思ったんですが?」
一同、沈黙。
皿がマシだと誰もが思った。
なぜかナイフもフォークも、鋭いところを手に向けているのが容易に想像できた。
だがそれでも奥様はおりない。
「ふふ」
今の流れでどうしてそうなったかわからないけど、何故か偉そうに。
「だとしても私を傷つけたのは間違いない!お前は即刻処刑だ!」
空気を戻そうと、堂々と胸を張る。
対してゼロさんはただただ呆れて。
「いや。俺の持った皿を全力で殴った馬鹿の自爆行為でしょう」
なんてことを宣う。
「そもそも処刑というのは、世界政府が実権を握るもので、あんたの独断で決まるものでもなければ、ここは公正な場でさえない。世界政府を動かすほどの資産がないアーゼルが何を言ってるんです?」
こんな言葉を供えて。
おーい、レイさんよ、大丈夫かーい。ほら、女の人わなわな震えてるよ?
忘れてたけど、ゼロさんって基本煽りまくるんだよね。いつもいつも。
「護衛!何をしているんです!この男を始末なさい!」
「そう。その命令がないと動けないみたいですよ?そちらの護衛さん。
早く気づけばそこまで恥を晒すこともなかったんですけどね」
何も気にすることなく堂々と煽り、周りをアーゼル家の護衛が囲んでも、侮蔑の表情を崩さない。相手は武器も魔力もありの構えだ。
「……よし、敵対行為ととった。命を狙う奴に礼儀は要らねぇな」
「ほ、ほほ。余裕なのも今のうちよ!やっておしまい!!」
「俺の台詞だ。それは」
女の人にクエスチョンが浮かぶ。
ニヤリと笑って流すレイさんだが、その後ろから容赦なくナイフが飛んできた。
レイさんは無言でわたしを伏せさせ、近くにあったフォークをくるくると回した。
きぃっ
軽い音。
その後にザスッと突き刺さる音が響く。突き刺さった場所は…女の人の足元だ。
「はぇ?」
間の抜けた声を漏らす。
なにせレイさんは女の人の正面にいるのだ。ナイフが女の人の足元に行く前にはゼロさんの体を貫通しなければならない、はず。
それがどうして……。
きんっ
また、音。
次は女の顔の横を刃物が通りすぎる。
きんっきんっきんっきんっきんっきんっ
手元、首の横、耳の上。
たまらず伏せる女の人。
指、指、指、指、指、指!!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ‼️」
女の人は周りに構わず叫んだ。というか周りの人は全力で避難しているんだが!
ゼロさんは口の端をつり上げたまま、敵の方を向いて一度も女の人へ目を向けない。
「く、くそ!!」
遠距離は不利だと、護衛の一人が槍を振り回し飛びかかった。
しかしゼロさんの表情は変わらない。
「いー判断だ。ここで魔法でもぶっぱなしたら笑うところだった」
しかし、その槍もきぃっという音で逸らされる。
「けど遅い。まずは主の安全を確保するため俺から引きはがしてから攻撃すべきで、なんなら間に入るのが先決だったな」
剃らされた切っ先は一番大ききな音をたてて床に刺さる。
床に伏せた女の人の首の横に。
「そうしてたら、こうはならなかったろうに」
恐怖に負けた女の人は、髪を乱し涙と汗で化粧をぐちゃぐちゃにしながら、悲鳴をあげることもできずに意識を手放した。白目を向くというおまけ付きで。
沈黙。
みんな何が起きたのかわかってなかった。
「な、ぁ!!?は、母上に何をするか!!」
ここでやっと彫像になっていたハンソが動き出したけどゼロさんは完全に無視。
槍を突いてきた護衛さんを適当にぶっ飛ばして手をパンパンと鳴らしている。ごみ掃除が終わった、とでもいうように。
「おい!僕を無視するな!!」
「イース。飯でも食いにいくか?あー、それよりも着替えねぇといけねぇか。濡れてるし」
「おい!!」
ゼロさんに掴みかかるハンソ。
ザ・貴族でも男だ!と言わんばかりの無謀…勇気を見せる。いや、ほんと勇気あるね。
「お坊ちゃんは黙って石にでもなってろ」
「黙れ!数々の不敬を恥じれ!お前を牢に突っ込んでやる!」
「どうやって?坊っちゃんとこの護衛は、主に攻撃を仕掛ける無能ばかりだし、どちらにしろここにいる全員が束になってかかってこようが、雑魚どもじゃ失態を晒すだけだ。やめとけやめとけ」
「うっぐ……」
言葉につまるハンソ。
だんだんとこの公開処刑が可愛そうになってきた。
「イースはな、泳げねぇんだよ」
「は、はい?」
ちょっと!
それ言わなくちゃいけない!?
「そいつに船から飛び降りる方がマシだ、って言わせる意味を考えろよ。こいつは言ったらほんとにやる。お前らの遊びでこいつを殺す気だったのか?」
目を険しくさせてそう言ったゼロさんと、絶句するハンソ。そんなことまで考えてなかったんだろう。言葉を言い換えるなら、アーゼル家に連れていくなら死んでやる!だ。
……正直、わたしもそこまで考えてなかったけど。
「と、いうことで。皆様お騒がせしました」
ゼロさんは悠然とその場で礼をし、わたしを抱えて歩きだした。
止めるものはおろか、言葉を出す者もいない。
それほど、この場は支配されていた。
「な?前に言ったろ?」
ゼロさんはニヤリと笑いながら小声で言った
「圧倒的な力は常識すら破壊する、てな」
本当なら雲の上の立場であるお金持ちたちの場所。まったく権力のないわたしたちがあんなことをしても、留められることなく歩けるこの状況は、確かに常識外れか。
ゼロさんは、レイさんで護衛でもゼロさんのままだった。




