05
「お前ほんと余計なことしてくれたな」
「ご、ごめんなさい……」
会場のバルコニー。
海を眺める景色は昼なら良いんだろうが、夜だとただ不気味な闇でしかない。
ということで人気もなかった。都合がいいことに。
「あ"ー……」
くっそ、めんどい。
しかもこいつがその面倒ささを分かってねぇのが更にめんどくさい。
ほら、今もなんかニヤけてる。
どうせ俺が無双するのを楽しみにしてんだろ。
よし。わかってない奴にわからせてやろう。
俺がめんどくさがってる理由を。
「ん」
「なに?」
手すりにもたれながら差し出した手に、首をかしげるガキ。
「握手」
「え?うん」
小さな手が触れる。
握った感触は会ったときよりかは柔らかい。ほんとちっさい手。
「これが普通だろ」
「うん」
「でもな、俺と通常の奴は普通が違う」
「……うん?」
「こういうこと」
ガキの表情がサァっと変わる。
髪が逆立つように持ち上がった。
「いだだだだだだだだだだだだだだだだだ!!!!」
「な?」
「な、じゃないよ!痛い痛い痛い痛い痛い!!」
「そうそう。握手なのに、な。本来なら痛いわけがねぇのに俺だからこうなるんだよ」
「と、と、と、とりあえず放して!折れる!割れる!」
そうはならねぇはずだけど、この細さならそれもあり得るか。
これくらいでやめといてやることにした。
涙ぐんで真っ赤になった手を振るガキ。反抗的な目をしてるが答えはわかったようだ。
「………ティナ?」
「正解」
握手のような力の要らないことならいい。脱力、つまり力を入れてない状態は人と変わりはない。
ただ力を込めるという行為に、俺らと普通の奴とでは出力が違う。ティナが身体を否応なしに強化するせいで。
「敵を殺しにいくならいい。俺が悪魔を名乗っていいならいい。でも、人間のふりしてる今じゃそれがまずいんだよ」
「つまり手加減できないってこと?」
「平たく言えばな。相手が只の雑魚ならいいんだが、出来る奴なら俺も力を込めずに戦うって訳にはいかねぇだろ。でもそうすると゛人の姿をしたティナ持ち゛だってばれる。
だから言ってんだよ。面倒だって」
それに付帯して社会特有の遠慮がいる。負けてやらねぇといけねぇけどそれは嫌だし。だからといって目立つのも問題。
なぁ?めんどくせぇだろ?
「………」
ガキにもこの面倒さがわかったらしく、悔しそうにふるふると震えていた。
そうそう。それが社会だ。思うように、自由に、とはどうしてもいかない。
「まぁ、なんかの催しがあったとして出場辞退すればいいんだけどな。怪我でも理由にしとけば大丈夫だろ」
「それで……怒られない?」
「家の評判は落ちるかもしれねぇが、まぁ俺らに関係はねぇし別にいいだろ」
「捨て子だし?」
「そ。あんときもあぁ言っとかねぇと面倒だったんだぞ。調べられたらどうするんだよ」
「………?」
「好みの女を見つけた、手にいれたい、家はどこだ、生まれはどこだ……。調べられたらイースという名前は存在しないことがすぐにわかるだろ。その点、最近拾われたことにしとけば記録に残ってないのも可笑しくないし、そもそも下町の下民なら相手の対象から外れる」
「なるほど……」
名声を第一にするあいつらのことだ。見た目だけで女を選んだ、なんてもったいないことはしたくねぇだろ。
というか、妙にこいつモテるよな。
周りに噂されてたぞ。結構。
あのガキじゃなくても注目度は高かった。
髪色が変なのとガキだってことくらいしか、他の女と変わらねぇと思うんだけど。
「じゃ、そろそろ戻るぞ。なにか企んでるとか思われたくねぇし」
俺も酒や飯、食いたいし。
「うん。了解」
ガキはその特徴的な髪を揺らしながら、颯爽と会場に戻っていった。
俺は今の煙草が終わってから戻ろう。堅っ苦しい格好もアイツらの声もうんざりだが、ガキにはいい勉強になるだろうし、俺も情報が手に入ってラッキーではある。
あのジジイ、鮫の頭領との貸し借りはこれで無しにしてやるか。
吸いきった煙草を破壊し、騒がしい会場に向かった。
ちょうどその時だ。
見計らったようにけたたましい音が響き、水を指したように会場が静まった。
すごく嫌な予感がする。
俺は努めて静かに扉を開いた。




