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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣  作者: 河東ちか
第四章 剣士ランシィの章

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26.道をつくり星となりて<2/8>

 エリディアが見つかったのは、高級住宅地が開放されて丸一日経った頃だった。別の貴族の館の、使用人に紛れていたのだ。

 エリディアはランシィを送り出し、地下への隠し扉が容易に見つからないよう厨房に油を撒き、火の手が大きくなった頃合いに外に出ようとした。そこで、廊下に満ちた煙が風に乗って動いているのに気がついた。

 その風の流れから、託児所として使われていた食堂に、別の隠し扉があるのを見つけたのだという。

「戦時中に、館の前の主が作った脱出口のようでした。そこから、地下通路でつながっていた別の館に逃げ、使用人に紛れて身を潜めていました。あれが判っていたら、ランシィ一人を危険な目には遭わせなかったのに。自分の住む場所は、隅々まで調べておかなければいけないと、反省しました」

 エリディアは、隣に寄り添って話を聞くランシィに目を向ける。ランシィは気遣うように首を振った。

 パルディナが推測したとおり、エリディアは勇気があって機転の利く人だった。厨房がひどく燃えたことで、中から人が出てこなくても不審に思われず、焼け跡の捜索が後になったのも幸いした。

 結果的にランシィが先に一人脱出し、アルジェスに出会ったことが事態を大きく変えたのだが、エリディアの不安と後悔は計り知れなかっただろう。

 揃ってエリディアの話に耳を傾けていた者達も、気遣いと安堵で息をつく。

 邸宅の裏手、小川を望む小さな庭園のあずまやである。

 オルネストの妻の気遣いで、全員分のお茶と茶菓子が用意されている。仔馬を世話をしていた子供達にも菓子と飲み物が用意されて、離れた場所で敷物を敷いておやつを楽しんでいた。

「さすが、この嬢ちゃんの母親ってだけはあるな」

 エリディアの話がひと段落すると、真っ先に率直な賞賛を口にしたのは、オルネストの客扱いで滞在しているイーノスだ。オルネストはうんうんと誇らしげに頷いている。

「ここに来るまでに、大体の流れは聞いておりますが、あまりにもおおきなことでわたし自身整理がつきません。皆さんにどのようなことが起きていたのか、今どのようなことになっているのか、改めてお聞かせ願えないでしょうか」

「そうだなぁ、不思議なくらいお互いの動きが噛み合って、逆にそれぞれになにが起きてたのか、ちゃんと聞いてなかった気がするな」

 イーノスも、自分の顎を撫でながら同意している。


 タリニオール自身は、解放された高級住宅街で保護されたエリディアと再会したその後、数騎の信頼できる供を連れて自らアルテヤを出立し、ランシィ達の足跡を追った。この時点で、先に脱出したランシィに遅れること丸二日。

 タリニオールは一四年前、オルネストとともに北の山地を越えている。通じる道があるのは知っていたが、事前にアルジェスから聞いていたとはいえ、文化的な集落の存在には驚愕するばかりだった。

 アルテヤからこの山地を通ってランシィを追ってくる者があると見越して、イーノスは状況を説明できる者を集落に残していた。タリニオールは結局、すべてが終わってから合流したのだが、サルツニア正規軍側の援軍として一番にジェノヴァ神殿まで駆けつけたのは、オルネストの兵を中心にした複数貴族の部隊だった。

 そのオルネストの領地は山地を降りた場所から比較的近く、イーノスの仲間達が届けてまわったオルフェシアの書状を、早い段階で受け取っていた。

「わたしの所に来たのは、出入りしている商人からの使いだった。古いつきあいとは言え、オルフェシア殿下の書状を何故預かっているのか、最初は訝ったのだが、イーノス氏の名前が出てきて合点がいった」

 なぜオルネストがイーノスを知っていたかと言えば、一四年前、自身が指揮していた傭兵部隊がアルテヤへ向かう山越えのために協力を仰いだのが、イーノスだった。下見の際にたまたま見つけた集落には目をつむる代わりに、山越えに使えそうな地形情報の提供を受けていたのだ。ただ当時のあの集落は、イーノスの住まい以外の建物は、粗末な山小屋ばかりだったそうだ。

 書状の内容から、オルフェシアとともにランシィが行動しているのを知ったオルネストは、自らの兵を出陣させるその傍ら、使い役の商人とも協力し、書状が信用に足るものであると他の貴族達に知らせてまわった。

 そのイーノス自身は、オルネストがこの領地を賜っていたのは知らなかったようだ。

「俺は、町に降りた初日の夕方に、アムヤの町のカーシャム教会で司祭殿と話をしたんだ」

 次は自分の番と、イーノスが口を開く。

 司祭ルクスはなかなかに切れ者で、なにも知らない純朴な木こりの皮をかぶっていたつもりが、あっさり剥がされてしまった。腹をくくったイーノスはすべてをことこまかに説明した。

 たまたまグレイスがその場に居合わせたことで、カーシャム教会の協力は確定的なものになった。司祭は、特に実力があって信頼できる神官達を一晩のうちに集めて先に送り出し、翌日には各地のカーシャム教会、レマイナ教会に連絡する手はずをすべて整えて、自身も仲間達とともに出立していった。

 彼らが一足先に到着することで、ジェノヴァ神殿内部の神官達の避難を促し、反乱軍を分断する手助けとなった。司祭ルクスの迅速な判断もさることながら、そこにグレイスが居合わせたという、このうえもない「偶然」の賜であった。

「司祭殿も、『嬢ちゃんには、女神の加護がついているのかも知れない』って言ってたな。女神が味方してたのは、サルツニアじゃなく、嬢ちゃんの方だったのかも知れないな」

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