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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣  作者: 河東ちか
第四章 剣士ランシィの章

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24.女神の瞳、裁きの剣<6/6>

「王女オルフェシア、もう行くがよい。仲間をまとめ、あなたの国を護りなさい」

「でも、あなたは」

「わたしの役目は終わった。あなたは、あなたのつとめを果たさねばならない」

 いつしか、傷口だけではなく、灰色の人の全身が霧のように紅い光の粒を放ち始めた。

 この人は、手当てをしたり、無理に連れ出す必要はないのだ。オルフェシアとランシィは視線を合わせ、頷いた。

 この人には、もっと聞きたいこと、話したいことがあった。だが外では、自分たちが脱出するまでの時間を稼ぐために、山間の民が、カーシャムの神官達が命をかけている。バルテロメはもう動けないかも知れないが、彼を担ぐ者らに今捕まるわけにはいかない。神剣を渡すわけにはいかないのだ。

「女神の力添えと、あなたの助けに、感謝いたします」

 オルフェシアは、紅い光の粒に包まれて横たわる灰色の人の手を強く握ると、意を決した様子で立ち上がった。動かないバルテロメを見やり、ランシィから受け取ったルベロクロスを、床に放ったままだった鞘におさめる。ランシィは、床に転がったままだった自分の剣を拾って背中の鞘に収めると、オルフェシアが置いたままだったランタンを手に、自分たちが出てきた偽装扉を再び開いた。

 扉が閉じ、足音が遠ざかる。薄暗い宝物庫の床に、泡を吹いて倒れるバルテロメと、彼自身から離れた右腕が、それぞれから生まれた黒い血だまりの中に横たわって残された。



 開いた正面門に殺到する反乱軍の先陣、分断されたまま周囲から攻撃を受け、更に混乱する後陣。

 全体の動きをを見るために山林の高見に陣を作っていたヴィエリは、今になってあっさり神殿の門扉が開かれた意味を明確に察していた。中にいて、こちらに味方する何者かが、焦れた先陣が諦めて反転しないように、門扉を開いたのだ。

「逃げ時だな、一斉攻撃すると見せかけて、相手を削りながら引くぞ!」

 ある程度先陣を吸い込んだところで、門扉はもう一度閉じる動きを見せるだろう。中に取り残されると焦った先陣は混乱するだろうが、分断させる罠だと気づいた者らがどう動くかが予測できない。中に入った者らを助けようとあがいてくれるならいいが、反転して追撃してきたらさすがに相手にするには荷が重い。敵陣が状況を把握する前に、速やかに撤収が望ましい。

 意味を持った長さ、切れ目で法螺貝が吹き鳴らされる。音は順次伝え吹かれ、指示が伝わって、敵後陣をからかっていた部隊の動きが変わった。

 音と同時に、各地に、槍の先に結んだ大きな朱い幟を振りまわすものが現れた。あわせて、様々な飛び道具が再度投入された。目潰しの粉煙、馬が嫌う悪臭、更にはくしゃみの効果を持つ香草等、粉末を入れた壺が投石ひもをつかって敵中に投げ込まれる。

 混乱の中、徐々に部隊はまとまって後退していく。

 声による伝令は、相手にも意図を伝えてしまう。ヴィエリは、あらかじめ共有していた方法で、音と、視覚による指示を徹底させていた。「もしも」の時のため、山に住む者達の備えがあってこそだった。

「反乱軍の斥候が動き始めてる、騎兵がお(・)と(・)り(・)の陣に向かってる」

「よし、こっちも潮時だな」

 伝令からの報告に、ヴィエリは未練なく立ち上がった。

 この山林の中にも数カ所、遠目でもあからさまに『誰かがいそうに見える』場所をしつらえてあった。

 山林の中の、比較的木のまばらな場所に、麻布を張り巡らせた無人の陣を作り、その中央に焚き火を置いて、煙が多く上がるように調合した火薬を放り込んで燃やしていたのだ。上手くのろしのように背の高い煙を出している場所もあり、斥候達を引きつけてくれているようだ。

 つながれていた馬が回されてくる。ぎりぎりまで高見で遠くを見ていた見張りが、単眼鏡を片手に声を上げた。

「……南西方向に騎兵団発見、右舷が撤退予定の方向だ、どうする、ヴィエリ!」

「賊の援軍か? いや……」

 自分たちの存在は、賊軍から見たら完全に想定外(イレギュラー)だ。本来は、増援の必要は想定していないだろう。王女が逃げ出したと本体拠点に知らせが入って、慌てて援軍を差し向けてきたのなら厄介だが……

「騎兵達に何か特徴はないか、旗印や装備は確認できるか」

「朱い幟を掲げている者が数名いる、全員が左腕に朱い布を巻いている模様」

「……味方だ!」

 イーノスが、オルフェシアに託された書状を各地の正規軍拠点や貴族達に届けた、その一部がよびかけに応えたのだ。まだ数は少ないが、馬まで武装した正式な部隊である。

 彼らは後退する『烏合の衆』の邪魔をしないように戦場に接近し、追撃しようとする反乱軍兵士との間に割り込み始めた。

「よし、予定通り撤退だ、俺たちは……」

「騎兵団から一部騎馬が離脱、あれは……イーノスの親父じゃないか?!」

 ヴィエリは慌てて、しまいかけていた単眼鏡を引っ張り出した。

 鎧を身につけていない騎兵の乗った馬が三騎、一団から離れて山沿いであるこちらに向かっている。その中心には軍馬とは明らかに違う馬に乗った、片腕の男がいた。

 遠くから、さらなる砂煙があがる。馬群の中に、掲げられた朱い幟が見える。オルフェシアの呼びかけに応えた貴族達が、続々と集結している。

「嬢ちゃん達、ほんとにやりやがったよ……」

 ヴィエリはまいったなと頭をかくと、周りを見回して声を張り上げた。

「撤退してくるヤツらの中から、まだ余力のあるヤツをまとめて、ギリェルの援護に出す。嬢ちゃん二人の保護だ!」

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