22.女神の瞳、裁きの剣<4/6>
ランシィは背中の剣を引き抜くと、階段を駆け下り、祭壇の前に立ちはだかるように身構えた。オルフェシアが息を呑んだのが、背後から伝わってくる。
そのランシィに、今初めて気がついた、とでもいうように、バルテロメは眉を上げた。
「……それは騎士の剣? ああ、オルネストの耄碌が、どっかの田舎の子ネズミに証としておいてきたってヤツか」
言いながら、面倒そうに足を止める。
「人に向かって剣を抜いたら、どうなるかは判ってるんだろうな?」
抜かなくたって、この場にいあわせた者は殺す気だったに違いない。オルフェシアを含めて。
片手に持った剣を軽く振るバルテロメの前に、ランシィは表情を変えないまま、少しずつ間合いを詰める。
町を出てからこれまでの間に、ランシィの技量を何度か見ているオルフェシアは、止めるべきかとっさの判断がつかないようだ。それがまた、バルテロメの癇に障ったらしい。
「来い、子ネズミ、相手にして……」
見下すような許可の言葉が終わるまで、ランシィは待たなかった。バルテロメが片手に持った剣をぶらぶらさせているうちに、ランシィはかけ声もあげずに床を蹴る。
打ちかかられた刃を、バルテロメはとっさに剣を横に振って打ち払った。そのまま、ランシィの剣を弾き飛ばす気でいたのかも知れないが、柄を両手でしっかり握ったランシィは怯まず、剣を重ねていく。
二合、三合、打ち合う中で、バルテロメの表情が変わった。後ずさりしながら、片手で持っていた剣を両手で握りなおし、ランシィの剣の勢いを自身の重さで跳ね返す。ランシィはやっと飛び退いた。
「子ネズミ、なかなかやるじゃ……」
言いながら、体勢を整えようとするバロテロメに、一足先に構え直したランシィが更に打ちかかった。煩わしさを通り越し、苛立った様子を見せながらも、バルテロメは中途半端な構えでランシィの剣を防ぐしかない。
相手が自分を侮っているうちに、全力を出し切らないうちに倒してしまいなさい。こちらの力を先に明かして、相手を不要に警戒させ、余計な準備をさせる必要はない。それはパルディナが教えたことだった。小柄なランシィを、バルテロメは明らかに侮っていた。田舎の子供の付け焼き刃だろうと見下しているうちに、退けてしまえれば、それが一番いい。
だが、
「――なんなんだ、お前!」
煩わしさが苛立ちに、その苛立ちを怒りに昇華させ、バロテロメは怒声をあげた。後退を続けていた足に力を込め、明らかに今までとは違う強い力で、ランシィの剣を押し返す。ランシィは再度飛び退いた。
「ネズミらしくさっさと逃げ出せば捨て置いたのに!」
来いと言ったのはあなたでしょう、と揶揄する余裕はランシィにはなかった。怒りに血走る瞳にはなんの恐怖も感じないが、バロテロメの構え方に隙がなくなったことで、相手が本気になってしまったのが判ったのだ。
貴族の男子は幼少期から剣術の基礎を学ぶ。王の血族であるバルテロメは、優れた師をつけられていただろう。多くの貴族仲間とも競い合ったはずだ。そしてこれは稽古でも模擬戦でもないのだ。
相手の激高が逆に隙になるか、焦りを引き出すほど食い下がれるか。ランシィはバルテロメの動きを見定めながら、いつでも動けるように引いた右足に力を込めた。バルテロメも、もう後手は取らないとばかりに両手で構え、ランシィを見据えている。しばしの睨み合いのあと、
「なんだ、もう終わりなのか? だったらこっちから――」
焦れた様子で、バルテロメが踏み出す、その足の動きを音で聞き取って、ランシィも床を蹴った。
踏み出しが同時なら、小柄で軽いランシィの方が動きは速い。バルテロメの思い描いていたであろう時機よりもわずかに早く、ランシィの剣がバルテロメの刃にぶつかり火花を散らす。跳ね戻ったバルテロメの刃は、角度を変えて再度打ちかかってきた。
バルテロメには、ランシィにはない背丈と重さがあった。人を殺すことをいとわない者の刃は、こんなにも重いものなのか。二度目の合はしびれを伴うほどの重さだった。三度目で、バルテロメの剣は、ランシィの手から剣を跳ね飛ばしてしまった。
拾いに飛びつくこともできず、ランシィは飛び退いた。そのランシィを追って、バルテロメが踏み込み、突き刺す形で右手を振り上げた。
その剣は、だが、右方向に振りかぶったままわずかに制止した。固い音が響く。
「邪魔するな!」
バルテロメの怒号は、ランシィではなく、横から斬りかかってきたオルフェシアに向けられていた。神剣ルベロクロスを鞘から抜き、とっさに割って入ったオルフェシアの姿に、バルテロメの怒りは頂点に達したようだった。
「どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって!」
体の向きも変えず、ろくに構えもしないまま、バルテロメは力任せに剣を横薙ぎにした。オルフェシアの手から、神剣ルベロクロスが跳ね飛ばされ、床に跳ねる。とっさに動けないオルフェシアに向けて、バルテロメは右腕を引き、剣を突き刺した。刃が肉を裂いて骨を砕く、鈍い音が響く。
ランシィは目を見張った。




