21.女神の瞳、裁きの剣<3/6>
銅を昏くしたような美しい金色の柄。その柄に精巧に施された装飾は、文字のようにも思えた。なめらかで、吸い付くような肌触りの不思議な金属だった。
だが、ランシィはそれを、持ち上げることはできなかった。
台座に見えない鎖で結わえられているかのように……いや、そもそも台座と一つのものであるかのように、剣はぴくりとも動かないのだ。
「……ありがとうございました」
ランシィは残念なような、ほっとしたような気持ちで手を離した。
目を取り戻したいなら、女神から剣を託されるほどに強くなれ。そう言われてはいたけれど、それは今ではないのかも知れない。託されるのは、この剣ではないのかも知れない。ランシィは灰色の人に目を向けたが、彼はなんの感慨も見せない表情で、二人のすることを見守っている。
オルフェシアは、呼吸を正すように息をつくと、一歩踏み出して剣の柄を手に取った。
剣は、さっきまでの抵抗など嘘のように、台座を離れて軽々と持ち上がった。ランシィはさすがに目を見張った。
他の者にはなにをしても持ち上げられないのに、王族の中でも限られた者なら持ち上げて鞘から抜くことができる女神の剣。タリニオールから聞いてはいたが、目の前で見せられると驚きを隠せない。
オルフェシアは淡々と見守る『灰色の人』を見上げた。
「わたしたちはこれを持って行かねばなりません。あなたが何者か存じませんが、ここにいては危険です、一緒に……」
その言葉を言い終える前に、
がん、と大きな音が響いた。
自分たちが出てきたのとは反対側の壁、柱に偽装された扉が乱雑に開かれた音だった。
振り返ると、扉を蹴り開けたと思われる脚が、その主を連れて飛び出してきた。
上質の布で作られた鮮やかな葡萄色の上着。つやのあるなめし革で作られた靴。金属の鞘に覆われた剣は柄の装飾も美しくとても立派だ。黒みを帯びた銀色の髪は、オルフェシアに近い血を感じさせた。
「オルフェシアがいるじゃねぇか、なにが計画は万全だ、ザーラントの無能め」
見た目だけは高貴な青年は、ルベロクロスを持つオルフェシアを見て忌々しそうに舌打ちした。身なりも顔立ちも悪くないはずなのに、口の動かし方も目の動きにも、粗暴さがにじみ出る。
「本当に、あなたが関わっていたのですね、バルテロメ」
青年を見るオルフェシアの表情は硬い。恐れているというより、表情を見せるに値しないといいたげな無表情さだった。
「まぁ、計画したのはザーラントの爺だけどな。次期国王だと思って王兄に援助してたら、一緒に梯子を外されてずっと腐れていたらしい。やる気のない王兄より、俺の方が見込みがあるとかべらべらしゃべってたな、本心かは知らねぇが」
「それは、あなたが成人の儀を受けた頃の話ですね」
心当たりがあったのか、オルフェシアは『ザーラント』という名前が出てきたことには驚かなかった。
「あなたに一縷の望みをかけていたのでしょうね。あなたが成人の儀で継承権が得られなかったこと、私が逆に持ててしまったことで、吹っ切れたという所でしょうか。あの当時は各地で鉄鉱石鉱山の発見があいついで、前ほど利益が独占できなくなったことも後押しになったのでしょう。もっと注意深く見ておくべきでした」
ランシィにはよくわからないが、貴族達の中でも不満や転機があったのだろう。オルフェシアは淡々と当時を振り返っているようだ。
「なぜあの時機に、マーセル公が私を領地に招いたのかも気になっておりました。鉱山の利権に関わる一帯の貴族が、ザーラント公と通じていたのですね」
「お前よりは俺の方が与しやすいと思ったんだろ。俺にはあいつらの思惑なんかどうでもいいが」
バルテロメは自分を担ぐ者らにすら、関心はないらしい。面倒そうに首を鳴らしている。
「ルトネアに駐留軍を引きつけておくお前の役目は終わった。そのまま国王の所に逃げ帰ればよかったものを」
「たくさんの方が、手助けしてくれました。あなたを担ぐ者達の思惑をよしとしない、多くの方のおかげでわたしはここにいます」
オルフェシアは凜と言い放った。だが、その言葉はバルテロメには何一つ響いていないようだ。煩わしそうに頬をゆがめる。
「ザーラントは、万一お前が来たとしても、捕らえて剣を持たせて外に運ばせればいいと言っていた。だが、お前はやっぱり面倒だ」
言いながら、バルテロメは腰に帯いた剣を抜き放った。
「どいつもこいつも、剣が持てなければ王になれないだなんて腐れたことを言いやがる。女神は剣を与えたが、国を与えたわけじゃねぇだろ。剣を持てたシャールが、たまたま最初の王になっただけだ」
それは、さっきオルフェシアが言っていたことに、微妙に近いような気がした。後生の人間が有り難がっているだけで、最初に剣を与えられた青年シャールは、まさかその後、国を興すことになるとは思わなかったのかも知れない。
だが、奇妙な共感は、そこで終わりだった。バルテロメは唾でも吐くように言い捨てた。
「お前が持てて俺には持てないというなら、切り落としたその手にでも剣を握らせとけばいいだろう。せっかく来たんだから、そのくらいの役には立て」
神の剣は、こうした性質を見分けた上でバルテロメを拒んだのかと思わせるほど、ごく当然のような言い口だった。
ゆっくりと歩を進めようとしたバルテロメに、一番に反応したのはランシィだった。




