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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣  作者: 河東ちか
第四章 剣士ランシィの章

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18.采配の示す先<5/5>

 簡単な話、イーノスが山を降りて最短の場所にあるカーシャム教会は、逆から見れば、サルツニア側から山越えを試みる神官が直前に立ち寄るには最適な、休息と補給の場でもあった。だが、そこでグレイスが実際に行動を試みていなければ、あり得ない偶然でもあった。

 なら、グレイスもこの地のどこかにいるはずだ。だが、ルクスはそこには触れずに、

「わたしも、女神の加護があなたの上にあると感じます。ですが慢心せず、これまで通りの気構えで望みなさい」

 ルクスは気絶した弓兵を引きずったまま踵を返した。とっさに言うべきことも思いつかず、ランシィが問うたのは、

「そのひとは、どうするの?」

「そのあたりに転がしておけばじきに気がついて、本隊に逃げ帰るでしょう。彼が、カーシャムの神官が動いていると伝えてくれれば、さらに敵の動揺を引き出すことができます」

 死の先触れとも畏怖される、自分たちの風評を逆手にとった余裕であった。彼はそのまま木立の中に消えていった。

「……あなたには、助けられてばかりです。皆様の力添え、無駄にしないように務めます」

 オルフェシアの呟きに、ランシィは口元を引き結ぶ。

 自分の提案が、予想以上に効果的に働いている。それは、味方を増やしたと同時に、多くのカーシャム神官も巻き込んでいるということだ。



 刃がぶつかり合う音、うめき声を遠くに拾った。ギリェルが金串を放った先で、人が倒れる音も聞いた。一方で、離れた場所での打ち合いの後で野太い悲鳴を上げて逃げ去っていく足音も聞こえた。どうやら、自分たちの分隊を、つかず離れず見守っている『誰か』が数人いるように感じた。

 ギリェルはルクスに、オルフェシアの素性を明かさなかったが、彼らは彼らで察して動いているようだ。

「じきに目標地点だ」

 ある程度の人数が生活するジェノヴァ神殿は、用排水路もある程度整えられている。ランシィが、高級住宅街を脱出する際に利用した用水路と、同じようなものが複数存在する。

 彼らが目指しているのは、正面門から離れた北側にある、水路の一つだった。北の山から流れてくる小川がそのまま都市跡に流れ込んでいる。砂利の川底は、都市を囲む塁壁に入るところで石畳に変わり、地下を這う水路につながる。

 神殿建物からはかなり離れている場所だが、この水路に、神殿内部につながる通路の入り口があるのだという。

 昔は豊かだったであろう水量は、今は靴底をぬらす程度だ。だが、水が少ない分、都市の敷地から一段下がった川の側面を護る石壁は、高く感じた。

 都市跡を囲む塁壁を抜け、そのまま底の見える水路に入り込もうとして、ギリェルが一旦全員を制止させた。遠くから弓弦の音が聞こえ、全員が飛び退きながら身を伏せる。複数の矢が石畳の上を跳ね、石畳でない部分の土の地面に突き刺さった。崩れかけた建物の陰に、味方ではない武装の兵士達の姿が見える。

 どうやら、脱出路の当たりをつけて見回っていた反乱軍の斥候と、かちあってしまったようだ。

 離れてついてきていた分隊員が、物陰に隠れながら弓弦の音の方向へ向かっていったのが、足音で判った。だが、敵の斥候は他にもいるらしく、別の方向からも剣を抜く音、足音が聞こえる。

 ギリェルが短剣を抜きながら、素早く視線を走らせる。さすがに水路の奥には人影はないようだ。ほかの分隊員達は一足先に、それぞれの武器を構え、向かってくる足音に対して展開する。

「今のうちに行け、お前達が戻ったときに援護できるようにしておく」

 彼らの第一の役目は、無事に神殿内部にオルフェシアとランシィを送り込むことだ。

 煙のまわる建物から自分を送り出したエリディアを、賊達の壁になったアルジェスとキアラを思い出し、ランシィは表情を硬くする。だが、オルフェシアはためらうことなく頷いた。

「行きましょう、入り口はこの先です」

 オルフェシアが言葉とともに駆け出しても、ギリェルは振り返りもしなかった。二人が隠し通路に入る所を、敵に見られないように警戒しているのが判った。その背を一瞬だけ強く見返して、ランシィもオルフェシアの後に続く。

 みんな、自分を信じて送り出してくれた。ここでためらって足を止めるわけにはいかなかった。

 水路に作られた入り口というから、きっと奥まった場所で水が流れ込んでいく、そこに作られた格子が扉になっているのかと思ったら、全く違った。オルフェシアはランシィに、ランタンに火をつけるよう指示すると、自身は水路の壁に等間隔に並ぶ石柱のひとつに手を添えた。根本付近の四角い組石を順序立てて押し込み、最後に、手前に出っ張った大きな一枚岩部分を奥に押した。驚くほどの軽さで、岩は奥に押し込まれ、小柄な人なら通れるだけの隙間を作った。

「これは、外からだけ開けられる入り口です。脱出の時は、近くに別の出口があります」

 中に人の気配がないことを確認し、オルフェシアが先に滑り込む。ランタンを受け取って、ランシィが入るのを手助けすると、内側に押し込まれた岩を再び外に押し戻した。

 驚くほど、周囲から音が消えた。

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