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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣  作者: 河東ちか
第四章 剣士ランシィの章

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17.采配の示す先<4/5>

 ランシィは、音だけで矢の位置を把握して、なおかつ剣で斬り飛ばすだけの技量を持っている。ランシィは自分の声とともに、オルフェシアの左前に踏み出した。

 一方で、ギリェルがとっさにオルフェシアの頭を下げさせるが、矢の飛んだ先はこちらではなかったようだ。一拍遅れて、自分たちの左を併走していた分隊から、短い呻き声が上がる。

 木立の隙間から、たまたま弓兵を連れた斥候に姿を視認されたらしい。続く弓の音は、人ではなく地面に突き刺さったようだ。オルフェシアから手を離したギリェルは、金串(アットレー)の入った腰筒に手を伸ばしかけたが、その後、矢が追撃してくることはなかった。

 それどころか、弓が引かれたと思われる左手前方から、人のもみ合う音が聞こえ、それもすぐに静かになった。

「別に人がいる?」

 ランシィが眉をひそめる。このあたりを駆けている味方は、オルフェシアを守るこの小隊だけなのだ。本体からは、援護を飛ばせるだけの余裕はないはずだ。

 その場で警戒するように身振りで示し、ギリェルが木立を盾にしながら様子を見に数歩先に移動する。そこで、「誰か」を視認したらしい。しばらく無言のまま、なにを見せられているのかわずかに眉を動かすと、

「……多分、味方だ」

 警戒の形は解かないまま、見てみろ、とランシィに顎で促した。同時に、『誰か』が近づいてくる気配があったが、ギリェルはそれを止めようとはしなかった。

「……ああ、話通りの姿ですね。私はルクス、アムヤの町にあるカーシャム教会の司祭です」

 視線は、オルフェシアではなくランシィに向いている。背中の鞘に剣を収め、左手で気絶した弓兵の首元を持って引きずって、黒い神官衣の男が穏やかに微笑んだ。これが平時の町中ならともかく、戦地と変わらない今の状況でこの余裕は、逆に得体が知れない。

「イーノス氏から事情は一通り聞いています。そちらには伝わっていないでしょうが、間一髪でジェノヴァ神殿にはカーシャムの神官が入り、正門の僧兵らと入れ替わって『賊』の相手をしています」

 オルフェシアがスカーフの下で驚きの表情を見せる。ギリェルが、喋らないように手振りで制したのは、まだ相手を警戒しているからだろう。ルクスもそれは判っているらしく、こちらが何者かをあえて問おうとはしない。

「わたしは、潜入に間に合わなかったほかの神官達とともに、通路を使って脱出してくる者達の保護に当たっています。『賊』は出入り口の場所こそ正確に把握していないものの、脱出路があることは知っているようです」

 ルクスは淡々と、状況の説明を続けた。

「正面門の扉は今一旦閉じているはずですが、『賊』が突破を諦めかけた頃合いに一度開き、『賊』軍の先陣を誘導して分断します。ある程度誘い込んだら滞留させて動きが取れなくなるように仕向け、更には罠だと声を上げて混乱を増長させる。そちらの本隊の指揮官殿が、イーノス氏のいう『わりとできるヤツ』なら、その機を利用して部隊を引かせるでしょう」

 こちらの目的は、ジェノヴァ神殿に押し入ろうとする反乱軍を混乱させ、時間を稼ぐこと。それまで閉ざされていた正門が開いたら、侵入を目的としていた反乱軍部隊の前衛は機とみて押し入るだろうし、後背の攻撃に対処していた後衛は、孤立の危機を感じて更に混乱するだろう。そこを一気に攻め崩す誘惑には乗らず、思わせぶりに動きながら撤退する。難しいことだが、自らを烏合の衆だと自覚するなら、引き際をわきまえるのは大事なことだ。

 ギリェルが黙って頷いたのを見て取ると、ルクスは再度ランシィに目を向けた。動かない左目と、背負ったサルツニアの騎士剣とに視線を走らせる。

「ランシィ、イーノス氏が訪ねて来た際、わたしの教会建屋にはグレイスがいあわせていました。ラウザの高級住宅地の異変を聞いてあなたの身を案じ、アルテヤに向けて単身山を越えようと準備していたのです」

 ランシィが目を見張る。ルクスは、それでもう用は足りたと言うように微笑んだ。

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