16.采配の示す先<3/5>
「始まったな」
怒号と叫び、金属のぶつかり合う音。岩が崩れるような音は、大勢の足音だろう。間近で聞いたら嵐か雷鳴かとも思うほどのを轟音と地鳴りを、遠くの音から拾ったランシィの固い表情に、ギリェルは静かに呟いた。
ヴィエリ率いる本体から離れ、彼らは都市遺構の北側にある雑木林の中を移動していた。オルフェシア、ランシィを囲むのは、ギリェルを含む八人の分隊員、そのまとまりを囲むように、更に四つの分隊が距離を置いて併走している。
彼らの仕事は、第一にはオルフェシアを護ること。そのために、周辺の状況を探りながら、時に遭遇する反乱部隊の斥候を片付けていくことだった。時々重いものを打つような音と短いうめき声が聞こえて、耳のいいランシィは驚くが、足は止めない。
ヴィエリが率いる山中からの部隊が集合場所に到着する前に、先見役の一団が周囲を探り、ジェノヴァ神殿に迫るバロテロメ軍の数と配置をほぼ特定していた。
ジェノヴァ神殿は都市遺構の上にある。城ではなく崇拝の場であることから、建物の構造自体は単純だ。正面の門から、建物の正面扉、そこから続く通路、途中の広間を経由して、更に奥の祭壇の間まで、見取り図上でなら直線の線が引ける。
実際には、そこに到達するまでに、複数の強固な扉がある。それらが閉ざされていた場合、正面門と正面入り口の扉を破ったとしても、建物の外周に沿うように作られた回廊を大回りする必要が出てくる。
反乱軍の主力となる部隊は、正面門付近に展開していた。
ただ、バルテロメ本人は確認できなかった。部隊を率いるオルゴー卿は、隊の比較的中央に武装して馬に乗り、周囲を騎兵で固めている。
「ま、バルテロメは大事な御神輿だから、担いでる連中は危ない場所には出て欲しくないだろうな。本人はどう思ってるか知らないが」
とはヴィエリの率直な呟きだった。そのヴィエリは、今は神殿の正面が見える小高い場所で、敵味方全体の動きを見守っているはずだ。
反乱軍は今回、ジェノヴァ神殿に救援が来ることを想定していない。
神殿に籠城されたとしても、一番大きな正面門を破って、そこから数の勢いで順番に扉を制圧すれば、難なく押し入れると踏んでいただろう。
そこに、内部からの抵抗と同時に、大きな横槍が入っている。
正面門を破ろうと、その近くの壁に群がり、背後の警戒がおろそかになっていた反乱軍は、予想外の相手に急襲されて動揺していた。
俯瞰してみれば、相手は自軍の半数以下なのだが、もちろん地上の彼らには目の前しか見えない。そして騒ぎの最中では、目の前もよく見えない有様だ。
急襲部隊は装備が薄い分、道具が多彩であった。
縄の両端に重しを結わえ、兵士の足を絡めてしまえば、倒れた兵士が障害になって続く兵士が崩れていく。隊の内側にいる兵士達の上には、矢や石が降ってくる。
目立つ騎兵の上にはほかに、薄く焼かれた小さな壺がいくつも飛んできた。槍や剣で振り払われ、あるいは鎧や盾に当たってその壺が割れると、大きな音とともに、中に詰まっていたハマビシの種が飛び出すのだ。壺が割れれば、飛び散る破片と鋭いとげ種子が馬を更に驚かせ、前脚をあげて人間を振り落とし、あるいは走り出して周りの兵をなぎ倒す。
使者を装って先に建物内に入ったレイナルド伯は、閉ざされた門の内側でカーシャムの神官らに既に拘束されている。それを知らない先陣部隊の兵士達は、単純に、門を守る僧兵達の悪あがきだと思っているから、門壁にとりつくのをやめない。
後方は、想定外の敵に急襲されて混乱が起きている。もちろん彼らが状況を把握してくれば体勢をすぐに立て直されてしまうから、ここは可能な限り混乱を持続させ、反乱軍に立て直しの兆候が見えた時点で速やかに撤収に移る。
撤収の際にそのままおとりとなって反乱軍を引きつけ、分散させることができれば万々歳だが、まともな指揮官であれば戦力の分散を避け、いったん体勢を立て直す判断をするはずだから、深追いはしてこないだろう。その後は状況次第で臨機応変に、というのがヴィエリの読みであった。
敵部隊に投石器を揃える時間的余裕がなく、飛び道具が弓矢だけというのも、遊撃側としては有利だ。逃走時に背後から弓で射られるのはなかなか怖いが、その弓兵は部隊の前方、よじ登る味方を壁上で蹴落とすであろう守勢側の抵抗を想定して、おもに前方に配置されている。
とはいえ、主戦場以外他の場所が安全地帯という訳ではない。ヴィエリ率いる「烏合の衆」ですら、斥候役を周辺に忍ばせているのだから、もともと軍隊として組織されている相手方も当然同じことをしている。
双方、ほぼ同じ地形情報を持っているが、オルフェシアは、王位継承者しか知らされていない抜け道の場所を把握している。いっぽう、『公開されていない抜け道がある』という情報しか持たない敵方は、そこを利用して脱出してくる者がないか、巡回しているのだ。
ギリェルの隊は、オルフェシアとランシィが、宝剣の保管場所に一番近い抜け道の出入り口を目指すための援護をしながら、その移動の途中で、時折遭遇する敵斥候を潰していった。
自分たちは、向こうには想定されていない勢力なので圧倒的に有利ではあるが、門付近の混乱が伝わってきたら、さすがに敵側の斥候も注意深くなっていくだろう。相手が事態を悟らないうちに、勢いで内部に乗り込んでしまわないといけない。
「……弓弦の音、左前方!」
オルフェシアの横を早足で進んでいたランシィが声を上げた。




