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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣  作者: 河東ちか
第四章 剣士ランシィの章

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15.采配の示す先<2/5>

「な、何故扉を閉じた?!」

 怒鳴るような問いとともに足の止まったレイナルド伯を、先導していた青年神官が不思議そうに首を傾げて振り返った。赤いフードに隠れて目元は見えない。

「火急の用であられるのでございましょう、お急ぎくださいませ」

 わざとらしいほど穏やかで、かつ問いに答えていない。違和感に気づいたとたん、不気味さが膨れ上がる。レイナルド伯は思わず剣の柄に手をかけた。

「た、(たばか)ったのか?」

「入れろと仰るからその通りにしたのでございます」

 こちらは構えの体勢に入っているのに、気にとめた様子がない。早くついてこい、とまで言いたげなそぶりだ。明らかにおかしい。

 扉の閉じた外からは、怒号と剣のぶつかり合う音までが漏れ聞こえてくる。戸惑った様子の護衛の兵士達の視線を受け、レイナルド伯は鍔をならして剣を引き抜き、無防備に背中を見せる神官の背中に斬りかかった。

 振り下ろそうとした剣が、自分の眼前で止まった。

 振り返った青年が、いつの間にか鞘付きの剣を持ち、鞘と鍔の隙間からわずかに見える刃でレイナルド伯の剣を受け止めていた。

「……警告も無く斬りかかりましたね?」

 刃を挟んで向かい合うフードの下の唇が、穏やかな笑みの形を作る。その時初めて、レイナルド伯は赤い神官衣の下、フードの隙間から見える首元から、彼が下に別の服を身につけているのに気づいた。首元から見えるのは、影ではなく黒い布地だ。

「か、カーシャムの神官……?!」

 その声が合図になったかのように、入り口で控えたままだった神官が一斉に、身につけていた赤い新官衣を剥ぎ取った。その下から現れたのは、死を思わせる黒い神官衣だった。

 彼らは皆、普段背負っているはずの長剣を、腰に巻いた布帯に結わえて足に沿わせている。布帯ごと剣を手に取って、鞘から抜きながら、戸惑う騎士達に向かって床を蹴った。

 彼らがゆったりした神官衣を羽織り、その場を動かなかったのは、その下に持っている武器を隠すためだったのだ。動転した兵士達は、慌てて己の剣を掴み、鞘から引き抜いた。

 ほぼ同時に、レイナルド伯の剣を刃で受け止めたまま、青年神官が左手に持った鞘を抜いて突き出した。その鞘の先で胸当ての下のみぞおちを突かれ、レイナルド伯がくの字に体を折り曲げる。

 レイナルド伯を助けるか、向かってくるほかの神官達を相手にするか、兵士達の一瞬の戸惑いが、明暗を決定的なものにした。

 神官の倍いたはずの兵士が、まともに打ち合うこともできなかった。首元を締め上げられて意識を失い、あるいは手首を打たれて武器を取り落としたところを押さえ込まれる。

 カーシャムの神官は、一人一人が一個小隊に匹敵するほどの強さを持つと言われている。彼らの剣には、死の裁きの許しが与えられている。カーシャムの神官の存在は、対峙する者から戦意を喪失させるには十分だった。

「国王の使いを装った『盗賊の一団』が、ジェノヴァ神殿の宝物を狙って襲撃する計画があるとの知らせを受け、警戒に当たっておりました」

 うつ伏せに倒れたレイナルド伯のを腕をねじ上げ、青年が耳元で告げる。

 それは、「サルツニアの動乱とは無関係に、無辜の市民、神官達を守るための行為である」という大義の宣告だった。己が偽軍扱いされている、という不敬に憤る気力は、レイナルド伯にはないようだった。



 正面門を望む林の中に身を隠し、門が解放されるのを待っていた反乱軍の一団は、いったんは開いた門が閉じていくのに気づいて異変を察知した。味方が門の制御を制圧する、それを狙っての最初の企ては失敗のようだ。

 単眼鏡で監視していた者がまず声を上げ、太い笛の音が響く。伝達されていく笛の音に応じ、布陣の中央に陣取っている指揮官オルゴー卿が、采配を振り上げる。

 兵団が一斉に動き出した。

 林の中に隠れていた部隊だから、破城槌や、それに準ずる丸太を乗せた荷車などないらしい。代わりに歩兵が持つのは、立てかけて壁を登るための長梯子だ。

 梯子を持った工作兵、歩兵、弓兵を組ませ、先行させる形を作りながら、一団は身を伏せていた木立の中から、更に木の少ない遺構の周辺に移動を始めた。先頭の一団に弓兵がつくのは、壁にとりつき梯子に登ろうとする兵を、当然上から蹴落とそうとする者があるはずだからだ。数は多いが、歩兵が中心になるので、早足でも移動はそれなりの速度だ。

 このとき、指揮官であるオルゴー卿は、『なぜ』門扉を制圧できなかったかまでは把握できていなかった。そういう事態も想定してはいたが、その原因までは深く推察しなかったのだ。

 そして、全体の速度にばらつきがあるため、先頭が門周辺の塁壁にとりつくまでに、わりと陣形は長く伸びていた。後ろの兵など、門が開かなければできることはないから、のんびりしたものであった。

 なんの妨害もなく壁までたどり着き、部隊先陣は梯子をかけて登り始めた。陣の前方の多くが、目の前の作業に取りかかったところで、後方で異変が起きた。

 彼らがついさっきまで潜んでいた林の中から、明らかに軍隊とは違う、武器も装備もバラバラな集団が、新たに現れたのだ。自分たちが先ほどまで潜んでいた場所だっただけに、誰も想定していなかった、後背からの襲撃だ。後方で油断していた兵士達に、動揺と混乱が広がった。

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