15.時流れ、人紡がれ<6/6>
自分が立ち寄れる場所は自ら寄り、新たに増えた協力者達と手分けしながら、イーノスは様々な場所に知らせを走らせた。オルフェシアの書状は、早ければ今日の夜中以降から、それぞれの貴族、有力者達に届くだろう。
まだまだ声をかけたい場所はあるが、今日の最後の立ち寄り場所はここだった。
敷地の中で馬を停め、それを同じく馬でついてきている二人に任せて、イーノスは扉間まで歩を進めた。揃って降りてこなかったのは、建物のどこからか様子を見ているであろう敷地内の人間に、少しでも警戒されないためだった。
夕暮れ時の薄暗い中、イーノスが扉を叩くと、奥から人の気配が近づいてきた。
背の高い細面の中年の神官が、薄くあけた扉からこちらを覗く。肩まで届く黒い髪を後ろで結わえ、身につけた黒い神官衣とあいまって、死と眠りを司る神に仕える者らしい、夜からの使者のような姿だった。
「北の山で木こりをしているイーノスと申しやす」
イーノスは背を丸め、胸の前で帽子をにぎり、神官に向かって頭を下げた。訛を強調したのは、素朴さを演出するためでもある。
「カーシャムの神官様方に、急ぎ、聞いていただきたいことがあって参りやした。どうか、神官長様か司祭様か、ある程度物事を判断できる方に取り次いでいただけないでやんすか」
「……小さな教会ですので、私がここの責任者です。司祭のルクスと申します」
司祭は穏やかに答えた。その目がちらりと、肘から下のないイーノスの左腕を見て、すぐに戻る。穏やかな顔をして、こちらの様子をしっかり観察している。
「多くの人手が必要であれば、隣町にレマイナ教会がございます。お連れ様もあるようですが、なにゆえこちらに?」
奥には他にも人の気配がするのだが、わざわざ司祭が玄関先まで出てくるのはなぜだろう。イーノスは、背の高い司祭の陰になって見えない中の気配を伺いながらも、意を決した様子で顔を上げた。
「家を訪ねてきた二人連れに、頼まれたんでございやす。内乱に乗じて、ジェノヴァ神殿を、王の使いを騙る賊が襲撃する計画を立てている、賊の狙いは保管されている宝物であると。神官達では抵抗できない数なので、サルツニアの正規軍に連絡したいのだが、女二人の足では間に合いそうにない。ジェノヴァ神殿の宝物はともかく、せめて中の神官達を助けられないか相談を受けたのです。わしは、ここにカーシャムの教会があるのを知っていたので、代わりに知らせに参りやした」
「……北の山の中を、女性が二人で?」
ルクスは大げさに目を丸くした。
「その人達はどうやってその情報を得たのですか? どういう事情がおありなんです?」
「それが……」
イーノスは、自分でも信じがたいが、という様子で帽子を握った手に力を込めた。
「その二人は、賊に占拠されたアルテヤの高級住宅地から逃れてきたというのです。なんでも、囚われているときに、賊の本当の目的をたまたま聞いたとかで……。なんとか脱出したはいいが、アルテヤに駐留するサルツニアの支援部隊の中にも、賊と通じている者がいるらしく、うかつに接触ができなかった。町を出るのを助けてくれた人がいて、その人の援助で北の山地を越えてやってきたのだと……」
その言葉が終わるか終わらないか、というところで、奥の扉が慌ただしく開いた。どうやら聞き耳を立てていたらしい若い神官がなだれるように駆け寄ってきて、司祭がやれやれと眉を寄せた。
「そ、その二人って、どういう姿です? なぜカーシャムの教会を頼ろうと思ったんです?」
「ど、どうって……」
寄ってきた青年神官に食い気味に問われ、イーノスは素で戸惑いながらも、
「身なりのよい銀色の髪の娘と、少年のような格好の娘っ子です。少年のような子は、左目が悪いのかまぶたが開かなくて、布で柄をぐるぐる巻きにした剣を背負っていました。もし話を信じてもらえないようなら、これを見せて伝えてくれとも言われました。『自分は四年前、グレイスという神官に助けられたノムスの孫娘』だと……」
言いながら、イーノスが懐を探る。小さな麻袋をあけると、出てきたのは、麻紐に通された小さな黒い水晶と、サルツニアの古い銀貨だった。
青年神官は、驚愕と歓喜が入り交じった顔で司祭に振り返った。司祭はそれでなにかを悟ったらしく、そのまま言葉を続けそうになった青年を片手で押しとどめ、イーノスに中に入るよう促した。
「詳しくお伺いしましょう。できれば、表向きでない、本当の事情をお願いします」
虚を突かれ、イーノスは思わず動きを止めてしまった。イーノスが素朴な木こりを装っていたことなど、この司祭はすっかりお見通しのようだった。




