13.時流れ、人紡がれ<4/6>
疲れていたのと、ひとつ先が見えたことで安心したのか、集落全体の慌ただしさもランシィの眠りを妨げることはなかった。身支度を調えて食堂に向かうと、ギリェルとヴィエリを中心にして、数人の男達が地図を広げて打ち合わせをしていた所だった。
「イーノスは、夜明けと同時に馬で出て行った」
ランシィとオルフェシアの顔を見ると、ヴィエリは軽く手を上げて声をかけてきた。
「町で暮らす仲間に声をかけて、手分けしてあんたの書状を正規軍の拠点や貴族達に届ける。ランシィの言う『心当たり』も、イーノスが直接訪ねる予定だ。
イーノスが立ち寄る場所の順番は把握してるし、馬に乗れる奴を何人か連れて行ったから、お互いの状況に大きな変化があっても連絡はつけられる。ここから先は俺とギリェルが中心になって全体の指揮を執る」
たぶん、寡黙なギリェルよりはヴィエリの方が指揮役には適材なのだろう。ギリェルは頷きもせず黙ったままだ。
女達が食事を整え始めたので、手招きされるまま、オルフェシアとランシィは二人の側に腰掛けた。戻した干し肉と野菜のスープに、固めのパンという質素な食事だが、湯気の上がる食卓はそれだけで贅沢なものだ。
ヴィエリは水でも飲むように片手でスープの椀を持ち、あいた手に持った棒で、真ん中に広げた地図を示した。
「仮にも職業兵士相手に奇襲をかけるのに、頭数だけ揃えたって意味はないだろう、それなりに心得のあるものだけで一〇〇。イーノスが行く先々で、町中に住んでる仲間にも声をかけるはずだから、上手くいけばもう一〇〇」
集合地点と思われる場所に、それぞれくるりと見えない円を書く。一カ所はこの集落と思われる場所、もう一カ所は、山地と平地の境目に当たる谷地だった。
特に居住地などを示す書き込みはない、ただの簡素な地形図だが、ヴィエリの頭の中には、山地の住人の拠点や道ががすべて入っているのだろう。
「この山地には、そんなに人が住んでいるのですか?」
ランシィを真似て、パンを手で割っていたオルフェシアが、驚いた様子でヴィエリを見た。
「あちこちに散ってるけど、集まれば、小さな町一つくらいはできあがるだろうよ。町に住めないから、山にいるんだけどな」
「病人やけが人が出た時に、皆さん困らないのですか?」
「困るけど、そいつは仕方ない、みんな自分で選んだ居場所だ。それなりに助け合えるように考えてはいるけどな」
ヴィエリは明るく笑う。
「バルテロメがいつ裏切っても対処できるように、俺たちもこっそり準備はしてたんだ。今総動員で、それぞれが持ってる武器や食料をかき集めてる。こちらの手持ち武器を把握次第、部隊の編成を考える。ああ、……お嬢さんが言ってた『目印』も、準備させている」
それは、ランシィが『戦力を増やす方法がある』と話した際に、加えて提案したことだった。
『武器を持った人たちがたくさん集まるのだから、バルテロメの兵にはともかく、ジェノヴァ神殿の人には、こちらが味方だという目印が必要じゃないかと思うんです』と。
「手が空いてる奴らが、総動員で作ってる。最悪、分隊長分でも用意させればなんとかなるだろう。サルツニア兵とは装備が全く違うから、別の部隊なのは判るだろうが、騒ぎに便乗した盗賊だとでも思われたら厄介だしな」
「ありがとうございます」
「おいおい、礼を言うことじゃないだろ。現実的で有益な提案だ」
ヴィェリは面白そうに笑うと、
「だが、相手の働きに感謝できるってのは、いい資質だ。存外、人を動かすような大物になるかもしれんな」
冗談とも本気ともつかない口調のヴィエリに、ランシィは目を瞬かせた。
その間にも、この小さな集落は慌ただしさが増していく。明るさの増した空の下、知らせを受けた者達が集まってくる。女達は子供を連れて数件の家に分かれ、小分けにした糧食を、腰にくくれるように長布につつむ。納屋に隠されていた盾や帷子、革小手、すね当てなどを並べ、傷みや穴がないかを調べていく。
男達は、道路の石畳を作業場にしている。集められた武器や防具を数えていく者、数えられたそれらをさらに別の者に割り振る者。
一方で、蓄えた矢を矢筒に振り分ける者、弓に弦を張る者、長剣や短剣を検分し刃を手入れする者。それぞれができることを分担している。
ランシィはそのままの服でもいいが、オルフェシアは特徴のある長い銀髪を覆うためのスカーフや、動きやすい服を改めて用意された。少年のように偽装して周りに紛れ、ジェノヴァ神殿間近で騒ぎに乗じ、抜け道の一つを使って内部に入り込む計画だ。神剣の保管場所に近い場所に、つながる隠し通路があるのだという。
支度が済んだ頃合いに、二人はヴィエリに促され、なぜかイーノスの家の二階に上がった。
この建物だけは、東に開けたベランダがある。大人が三人も出ればいっぱいになるようなベランダにヴィエリとオルフェシアがまず出て、その後ろにちょこんとランシィが顔を出す。
見下ろす小さな集落は、道いっぱいに人があふれていた。精一杯の武装をした男達、その支度を夜通し調えた女達、老人、子供が狭い庭先にまで立って、こちらを見上げている。
「みんな、今まで不安な思いをさせてすまなかった」
ヴィエリが腹に力を込めて、声を張り上げた。
「ここに来てやっと、おれたちに反撃の機会が来た! しかもサルツニアの王女様と、罪もないジェノヴァ神殿の神官達を助けるっていう、大義名分がついてるぞ!」
声とともに、大きな手振りで自分を示されたオルフェシアは、その一瞬で自分の役を察したらしく胸を張って一歩前に出た。




