12.時流れ、人紡がれ<3/6>
「なんでも、働かされてた牛飼いから夜通し逃げて、いい加減くたくたで、目についた荷馬車の中にもぐり込んでそのまま眠っちまったらしいんだね。それが、町に取引に行ってたローワンの荷馬車だったんだ。まったく、お互いここにつくまで気がつかなかったっていうんだから笑っちゃうよ。これは肝の据わった子供だなって、ローワンも面白がって、かわいがってたねぇ。どこに行くにも連れ歩いてたから、ローワンの子供みたいなもんだよね」
「そのローワンさんは……」
「山の中の怪我がもとで亡くなっちゃったんだ。もう一〇年近く前になるかねぇ。アルジェスも、ローワンがいなくなって辛かったんだろうね、もともと町のほうが気質にあってるみたいだったけど、ここには誰かを拾ったときにたまに帰ってくるくらいになったね。モイセもユーゴも、ここでしばらくご飯を食べてたよ」
そこまで言うと、伏し目がちだった女性が、急にシャキッと顔を上げた。
「ただどうも、相手が子供になると目が鈍るみたいでね。ご飯を食べさせて一晩面倒を見たら、朝にはアルジェスの財布ごといなくなったりとか、よくやられてたらしいよ。それでも、『別に恩を着せるために拾ったわけじゃないから仕方ない』って笑ってた」
どうやら、アルジェスが誰かを『拾って』くるのは、ローワンという人の影響らしい。呆れたようすで言い切ると、女性は一転、穏やかな目をランシィに向けた。
「でも、そうやって損得抜きで世話してたのを、神様は見ててくれたのかも知れないねぇ。あんたのおかげで、アルジェス達もそうだし、あたし達も助けられるのかもしれない」
「……?」
「イーノスから聞いたろう。バルテロメの計画がもし成功したとしても、アルジェス達やイーノスをそのままにしておくとは思えない、頃合いを見て、盗賊狩りとでも口実をつけて山狩りを始めるだろう。事情を知ってそうな者たちを、始末しに来るだろうって。でも、あたしたちがサルツニア正規軍に協力して、バルテロメの計画そのものが失敗すれば、その心配もなくなる。……ねぇ王女様、アルジェスは、この山地の人間と、捕まってた仲間を護るために、イーノスの代わりに嫌な仕事を引き受けただけなんだ。まるっきりおとがめなしとはいかないだろうけど、ちょっとは考慮してやってくれないだろうか」
それは、ランシィが持ちかけはしたものの、まったくイーノス達からは交渉に持ち出さなかった話だった。正当な報酬を、などと言いながら、皆本心では、アルジェス達を気にかけているのだ。オルフェシアは女性の手を取り、穏やかに見返した。
「アルジェスと彼らの仲間達は、わたしをとても丁寧に扱ってくれました。彼が世話をしていたランシィは、今はこうしてわたしの手助けをしてくれています。わたしが彼らのためにできることは、最大限させて頂きます」
「ほんとだね、よろしくね、ありがとうね」
オルフェシアは『必ず』と約束したわけではない。それでも女性は嬉しそうに頷くと、暖炉の火を緩めて部屋を出て行った。
「……皆さん、良い方ばかりですね」
少しの間、閉じられた扉を眺めていたオルフェシアは、ランシィに向けて穏やかに微笑んだ。「アルジェスは、この短剣を見せたらイーノスは必ず協力してくれると言っていました。それほど、アルジェスにとって大切なものだったのですね」
育ての親の形見とも言える大事なものを、アルジェスは自分たちに預けたのだ。
「あなたのおかげで、イーノスとの話がとても順調に運びました。私の口から、『アルジェス達を助けるために協力しろ』などと言ったら、ただの脅迫になってしまいます」
そう言われても、ランシィには、ほかに言えることはなかったのだ。イーノスの察しが良かったから伝わったようなものだったが、でなければ一笑に付されて終わっていたかも知れない。
「私一人では、どうにもなりませんでした。ここまで来られたのも、ランシィがいてくれればこそです」
「わたしは……」
ランシィは返事に困って小さく首を振った。
「左目がなくなったわたしを、オルネストさんがずっと気にかけてくれてたのが、いちばんの始まりだと思います。だから今こうしてるのは、オルネストさんのしたことが、サルツニアに返ってきたんだと思います」
「……そうですね、オルネストといい、歌姫といい、タリニオール卿といい、あなたには多くの人と不思議な縁がつながっているように思えます」
オルフェシアは感慨深げに頷いた。




