11.時流れ、人紡がれ<2/6>
「……なるほど、そういうことか」
ひとしきりランシィの話を聞くと、イーノスは心底感心した様子で頷いた。
「サルツニアは昔から、神が味方してるような不思議な国だっていわれてたが……こりゃ本当に、女神ジェノヴァが味方に付いてるのかも知れない。わかった、その使者の役目、俺がやろう」
ランシィが目を上げる。イーノスは、肘から先の亡い左腕を、力こぶでも作るように振り上げた。
「こんな腕でも、馬ぐらいは扱える。アルジェスたちを助けてくれた礼だ、精一杯迫真の演技でやってやるさ」
「でも、親父さん」
「おまえらじゃだめでも、俺が頼めば動く奴らが町中にたくさんいる。どっちみち、俺が先に出て行く必要があるんだ、後のことはおまえらに任せるぞ」
なにか言いたげなヴィェリにそう言い切ると、イーノスは頼もしそうにランシィを見下ろした。
「アルジェスはとんでもない子供を拾っちまったようだな。まったく、あいつのおかげで退屈だけはしねぇよ」
山地に点在する仲間達には、集落に住むほかの男達が夜のうちに連絡をしてくれることになった。山中の人間だけなら、どれだけの数が揃うかは、朝には把握できそうだという。
オルフェシアが図を書きながら、ジェノヴァ神殿周辺の地形、脱出口の大まかな場所、神殿建物の内部構造などを説明する。イーノス達はそれに、周辺の地図を照らし合わせ、バルテロメ側の総合的な戦力や、行軍経路の予測を立て始めた。それが終わると、イーノスは先駆けて出立の準備を始め、ヴィエリとギリェルは他の男達との打ち合わせに入った。
オルフェシアは、、自分の無事とバルテロメの狙いを伝えるため、国王や味方の貴族達にむけた書状を作り始めた。字を上手く書ける者達が手分けして主文を書き、できあがった書状にオルフェシアが直筆の署名を添える。ランシィも手伝った。
一方で女達や、戦力には数えられない者達は、携行食料や、防具になりそうなもの、行軍に使えそうな物資を見繕っている。ある程度物資が揃わないとなにもできない者らは、逆に休息を命じられている。
どんなに気がせいても、ある程度の人ともの、そして情報が集まらないうちは動くことができない。夜ともなればなおさらだ。
作業が一段落すると、ランシィとオルフェシアには、簡素だがそれなりの調度のある部屋が寝室として用意された。
元は誰かの部屋だったらしい。壁には大陸全土を描いた古びた地図が貼られ、本棚には様々な国の文字で書かれた本が並んでいる。イーノスの書斎とはまた違う、まるで船室の書斎のような雰囲気の部屋だった。
ひときわ目を引くのは、壁に大きく掛けられた、異国の壁掛布だ。
夕焼けに染まった砂漠のような緋色の布に、犬でもウサギでもない、不思議な動物の頭に、屈強な人間の男の体を持った何者かが、先端が二股に分かれた杖を持ち勇ましく立っている姿が描かれている。なんの知識のないランシィにも、それは異国の戦神のように思えた。
部屋全体は綺麗に掃除されているが、誰かが日常的に使っている気配はない。
「この部屋に子供が来るのは何年ぶりかねぇ」
部屋と寝具を暖めてくれていた中年の女性が、ランシィを見て嬉しそうに目を細めた。
「ここは、子供部屋だったのですか?」
「この部屋は、ローワンが使ってたのよ。貴方たちがアルジェスから預かってきた短剣の、元の持ち主だよ」
オルフェシアは目をしばたたかせ、短剣の入った荷物袋に目を向けた。
「イーノスと同じくらいに、この集落にやってきたんだけどね。長いことあちこちを旅してて、いろんなことを知ってた。イーノスとローワンのおかげで、山地の住人は町の人間の取引も楽になって、だいぶまともな生活ができるようになったんだ」
そこまで言うと、彼女はなにを思いだしたのか、おかしそうに口元を緩めた。
「ローワンはイーノスに比べたら、ずっと穏やかで明るい人だったんだけど、ひとつだけ変な癖があってね。よく、人を拾ってくるんだよ。行き場がなくて思い詰めてたり、生活に苦しくて人を襲うか自分が死ぬかってくらいに追い詰められてたりするような、訳ありの人をね。どんな奴か判らないから、普通は怖くてそんなことはできないじゃない。でもローワンの拾って来た人は、不思議と外れがなくて、みんなうまくやってたね。ローワンに拾われてしばらく一緒に暮らして、立ち直って元の所に戻っていった人もいれば、自分の目的を見つけて旅に出て行った人もいるし、もちろんこの山地で暮らすようになった人もいる。町と山地の関係がずっとよくなったのも、ローワンがうまくやってくれたのがあるね」
「じゃあ、アルジェスも……」
「そうそう、あんたくらいの年の頃に、この集落にやってきたんだ」
彼女は懐かしそうに、部屋の中を見回した。




