9.駆け引き、差し引き<5/6>
どうやら先に書斎に通されたのは、ランシィ達の人となりやここまで来た理由をある程度探る狙いがあったらしい。すぐに食堂に通されたから、とりあえず面談は合格、ということなのだろう。
狭いが、その気になれば一〇人は並べそうな食卓の上に、この時期の山中には贅沢と思われる温かな食べ物が用意されていた。乾酪をのせて炙ったパンと、野菜を煮込んだシチューの匂いが、ここまですっかり忘れていた空腹をランシィに思い出させた。
館に出迎えてくれた婦人に促され、ギリェルが真っ先に食べ始めた。食べ物に関しては警戒する必要はない、とギリェルは示しているのだ。オルフェシアもランシィも遠慮せず頂くことにした。
「……なるほど、捕まえ損ねたサルツニアの騎士の娘なのか。そりゃあ、アルジェスもびっくりだ」
温めた乳で紅茶を割ったものでランシィ達の食事につきあっていたイーノスとヴィエリは、先に食事を終えたギリェルからかいつまんだ話を聞き終えると、揃って笑みを見せた。
彼らは、アルジェスがバルテロメの依頼で動いていた内容自体は、把握しているらしい。そういえば、山小屋の前で最初に会った赤毛達も、アルジェス達がなんのためにラウザで行動していたかは知っていた様子だった。
であれば、アルジェスがランシィにしてやられたというのにもすぐ思い当たりそうなものなのだが、彼らはなんだか楽しそうだ。
「こっちも、はなっからバルテロメのことは信用してなかったさ。計画がうまくいったところで、あいつらが最終的にはアルジェスや俺たちを片付ける気でいたのは見え見えだったからな。すがすがしく裏切ってくれて逆に動きやすくなったくらいだ」
「では、今度は私に協力して頂けるのですか?」
「もちろんだ、といいたいところだが」
イーノスは、今度はオルフェシアを試すように見返した。
「バルテロメの狙いが、ジェノヴァ神殿の宝剣というのは理解した。実は今、反乱軍の本体とは離れた場所に、バルテロメ側が兵を集めているのを、俺たちも把握してる。正規軍を奇襲する別働隊かと思っていたが、どうやらそれがジェノヴァ神殿への急襲部隊なんだろうな」
イーノスは、山地だけでなく、サルツニア国内にも情報網を持っているらしい。山地の相談役、元締めのような存在だとギリェルは言っていたが、一体何者なのだろう。
「殿下よ、簡単に『協力しろ』というが、あんたは具体的にはどんなことが起きると想定してるんだ?」
さっきまでの和やかな雰囲気のまま、二人はもう駆け引きに入っている。
「ジェノヴァ神殿は、王族直轄領の中にあります。元が小さな都市跡なので広くはありますが、警備は神殿所属の僧兵だけで、私が把握しているのは一〇〇人隊相当の数です。内部にいる多くの神官達は、戦力に数えることはできません。あからさまな盗賊相手ならまだ警戒するでしょうが、もし王都からの使者を装ったバルテロメの部隊に奇襲を受けたら、僧兵達で持ちこたえるのは難しいでしょう。なにより、私と同じだけのこの情報はバルテロメも持っているはずです」
自分なりに事態を想定していたらしく、オルフェシアは突然の問いにも動じることすらすらと答えた。
「神殿自体はこの際、明け渡しても構いません。優先するべきは僧兵と神官達の速やかな脱出、そして神剣ルベロクロスの確保です。剣のほかにも貴重なものはありますが、多くは都市跡の遺物と記録書です」
「反乱軍とはいえ、バルテロメだってサルツニア王族の直系だろう? 僧兵はともかく、丸腰の神官達が投降したら手荒なことはしないんじゃないのか?」
「バルテロメの狙いは神剣ルベロクロスのすり替えです。宝物の管理に関わる司祭達の口封じを目論む可能性が高いのです」
「ふむ」
イーノスは顎を撫でながら頷いた。
「殿下が神殿に向かう目的は、神殿の非戦闘員を逃がすこと、同時に神剣を回収して脱出すること。俺たちに協力を仰ぐのは、殿下が神剣を回収する間に、反乱軍を混乱させて神殿外に足止めさせるために戦力が欲しいから、って解釈でいいか?」
「はい」
「戦場で、完全武装した正規軍と正面対決しろと言われたら、まぁ無茶な話なんだが……」
イーノスは顎を撫でながら、考えるそぶりをみせた。
「敵の目的は、ジェノヴァ神殿の制圧ってことだな。戦力がない場所に乗り込むだけのつもりでいる兵に、横からこちらが奇襲をかけるとなれば話は変わってくる。山地の仲間に声を掛ければ、なかの人間が逃げ出す時間稼ぎくらいならできるだけの頭数は揃えられるだろう。……だが、殿下よ、あんたは何をもってそいつらに報いてくれる?」
兵を動かすにはいろいろなものが要る。武器糧食もそうだが、士気を高めるには相応以上の報酬が必要だ。
言ってしまえば烏合の衆の山地の住人を、腐っても王族、国軍と同じ装備のバルテロメの兵にぶつけようというのだ。横から奇襲の一撃とはいえ、相手は正規軍と変わらない重装備だ。怖じけづかず、万一形勢が崩れかけたときには支えになるなにかが、絶対に必要だ。
しかしオルフェシアは今、サルツニア正規軍の庇護もない、無一文の状態だ。
もちろんそこも想定内の問いだったのだろう、オルフェシアはうろたえる様子もなく、イーノスを見返した。
「……希望者には、正規兵としての登用と市民権の付与。登用や定住を希望しない方にも、正規兵半年分以上の報酬を与えるよう国王に進言いたします」
「財源は?」
「バルテロメとそれに与した者たちから押収する財産や罰金、賠償金より捻出します。バルテロメは王兄より委譲されている領地に、小規模ですが良質の鉄鉱石鉱山を抱えています。サルツニア鋼鉄の材料となっていることから、財源は安定しています。それもバルテロメの財産として押収します。加えて私の管轄領からの税収等も考慮できます」
「なるほど」
イーノスは、さして気持ちを動かされたそぶりを見せないまま軽く頷いた。その目が今度は、食事を終えて静かに話に耳を傾けていたランシィに向けられる。
「お嬢さんは、どうしてお姫様に協力しようと思ってるんだ? 父親がサルツニアの騎士だからか?」




