7.駆け引き、差し引き<3/6>
「だけどよぉじゃない、ちょっと黙ってろ」
ヴィェリと呼ばれた男は、自分よりも年かさの男達を叱りつけると、ギリェルに向かって笑顔を見せた。ギリェルは不機嫌そうに、
「随分な歓迎なだな、ヴィエリ」
「悪い悪い、お前だっていうのは気がついてたんだが、こいつら未だにチンピラ気分が抜けてないもんでなぁ。ちょっとお灸を据えてもらおうかとも思ったのが、ひとつ」
「ひとつ?」
眉をひそめたギリェルに、ヴィエリは笑顔のまま、
「なんでお前だけが戻ってきたのかと思ってさ。それに、連れて行ったはずの『お嬢様』まで一緒だ。どういうことなのか、ちょっと考えてるうちに、こいつらが出て行っちまったんだよ。今の話しぶりだと、お前がアルジェスを裏切って逃がしてやったってわけでもなさそうだが……」
「だったらこんな所を通るか」
「それもそうだよな、悪い悪い」
ヴィエリは大して悪いとも思っていなそうな笑顔でそう言うと、赤毛ののど元に剣を突きつけたまま動かないランシィに視線を向けた。
「坊や……じゃないのか。小さなお嬢さん、こいつらの無礼は後でしっかり償わせるから、今は剣を納めてもらえないか」
動くに動けないまま体を硬くしていた赤毛は、ランシィが女の子だというのに更に驚愕した様子で、落ち着かなくランシィとヴィエリに視線だけを彷徨わせた。それでも隙なく構えを解かないランシィの代わりに、オルフェシアがギリェルに問いかけの目を向ける。ギリェルは頷いた。
「こいつはイーノスの息子の一人だ。食えない奴だが、口から出た言葉の責任はとれる奴だ」
ランシィは頷いて、剣を持ったまま一歩引いた。赤毛はただの木の棒になった柄を握ったまま、腰が抜けそうな勢いで後ずさった。
男達全員が、ヴィエリの後ろまで下がったのを見届けて、ランシィはやっと剣を背中の鞘に収めた。ヴィエリは感心した様子で、
「まったく、このとんでもない剣士殿はどこから見つけてきたんだ。動きも度胸も並大抵じゃないぞ」
「アルジェスが気まぐれに拾ってきたんだ。こいつのことも含めて、詳しい話はイーノスに直接話したい」
「確かに、今ここで長話してたら夜になっちまうな」
「兄貴……ほんとに知り合いなんで?」
赤毛におずおずと問われ、ヴィェリは肩をすくめた。
「知り合いも何も、ギリェルはアルジェスと一緒にバルテロメの計画に協力してたんだ。お前らの恩人だぞ」
「え、ええっ」
男達は揃って声を上げると、ギリェルとオルフェシアとランシィにぎこちなく視線を移し、いきなり膝をついてをひれ伏した。
「兄さん、姉さん方、大変失礼いたしやした!」
まるで拍子を揃えたかのような声に、ランシィとオルフェシアは目を白黒させた。
た手を握ると、ランシィに向かって微笑んだ。
ヴィエリ達は、あの小屋と周りの道を手入れし、そのついでに薪を蓄えておくために作業していたのだという。それぞれが小斧を持っていたのは、いたずらに伸びた枝を切り落として薪として集めるためだったのだ。
「お前らの計画は最終的に、町から逃げ出すのが前提だったからな。いつあの道を戻ってきても小屋が使えるようにしとけって、イーノスに言われてた。まさか今戻ってくるとは思わなかったが」
松明とランタンを手にした男達を前後に歩かせ、自分は馬でギリェルの前を進みながら、ヴィエリが言う。日が沈み、山の空気は急速に冷たさを増している。平地とは違い、少しの間休息をとるにしても火が必要なくらいの寒さだ。
草地の中にかろうじてできた細道をしばらく進むと、ある地点を境に幅が広くなり、明らかに人間によってしっかり固められた小径に切り替わった。外部の人間には容易に住処をたどれないように、あえてすべての道を整備していないのだろう。
この山地は、ランシィが住んでいた村から、直線距離にしたらアルテヤの王都ラウザよりも近い場所だ。誰もいないように思っていた山中に、村と呼べるほどの生活の馬があるらしいのも、ランシィには不思議な感じだった。
「その子供の持っているのは、サルツニアの騎士剣じゃないのか? サルツニアの騎士は叙任の時に、王から直々に剣を賜るって聞いてるが、そんなに小さくても騎士になれるもんなのか? 実力は申し分なさそうだが……」
「……いろいろと、事情があるんです」
ギリェルが黙っているので、ランシィが代わりに答えた。
アルジェスはこの剣を見ても、サルツニアに関わりがあるものだとは気づかなかった。ヴィエリにはある程度、サルツニアの社会的な教養があるのかも知れない。
「その『事情』も、イーノスのところで聞かせてもらえるのか?」
「必要があれば」
「なるほど」
ランシィの言葉に、ヴィエリはなぜか感心したように頷いた。
「強い上に賢いな。アルジェスが拾って来た中じゃ、お前に並ぶくらい大物じゃないか?」
「さぁな」
ギリェルの言葉は素っ気ないが、その声に少し笑みが含まれた気がして、ランシィは思わず伺うように視線をあげた。なぜこれだけのやりとりで『賢い』などと言われたのかも、よく判らない。
話をしていたからか、山道を歩いていたのは、それほど長い時間ではなかったように思えた。
空から夕暮れの気配はとうに過ぎ去り、夜空を横切る星の河と、北を示す七つの星が冷たく鮮やかに瞬く中、彼らはイーノスが住む集落にたどり着いた。




