6.駆け引き、差し引き<2/6>
「旦那、この宿を選ぶとはお目が高い」
蓑を羽織った丸っこい小男が、腰に下げた小さな斧をちらつかせながら近寄ってきた。灼けた赤毛が中途半端に長く伸び、蓄えたひげが夕焼けで更に赤らんで、形ばかりの笑顔に凄みを加えている。
「宿代は馬一頭と女一人、先払いで頂いております。馬をもう一頭頂ければ、朝には女もお返しいたします。旦那のお命のお代には、そりゃもう破格でございましょう」
周囲を囲む男達も、ニヤニヤと不気味な笑みを絶やさない。だがその手や腰に、古びた剣や枝打ち用の鉈を携えている。普通の旅人ならはうろたえて虚勢を張るか、逆に命乞いくらいはしそうなものだ。
だがギリェルは冷ややかに彼らを見返すと、
「ここで宿屋を始めたのか。イーノスにちゃんと場所代を払ってるのか?」
男達は戸惑った様子で互いに目を見合わせた。明らかに『イーノス』が誰かを知っている。
「お、おい、こいつ知ってるか?」
「見たことないぞ、はったりだろ」
しかし、獲物が女こどもを連れた一見丸腰の男一人だからか、目先の欲の方が先に立ったらしい。男達は頷き合うと、それぞれの武器を構えた。力はありそうだが、明らかに素人の構えだ。ギリェルが面倒そうに眉を動かした。
「私たちは、アルジェスの紹介でイーノスに会いに来ました」
それまでスカーフに顔を隠すようにして様子を見ていたオルフェシアが、凜とした声を上げた。
「あなた方がイーノスの知り合いというなら、事を荒立てたくはありません。相応のお礼をしますから、イーノスに連絡を取ってもらえませんか」
このまま向こうが手を出してきたら、問答無用でギリェルが彼らを片付けてしまうだろう。イーノスの協力を仰ぐのに、彼らの仲間に禍根を残すのはできるだけ避けたいところだった。
男達の表情に、イーノスの名前を出した時以上にはっきりとした動揺が現れた。
「アルジェス……? なんであいつを知っている?」
「理由があって一緒には来られませんでしたが、イーノスに会えば私たちに力を貸してくれるとアルジェスに言われました。これが、その証です」
オルフェシアは、外套の下に帯いていた、アルジェスの短剣を鞘ごと外し、彼らに示した。柄が派手に飾り付けられた特徴のある形のものだ。
男達は明らかに動揺した様子で顔を見合わせたが、
「あ、あいつのことだから、ネエちゃんに鼻の下伸ばしてるうちにまんまと掠められたんじゃねぇの」
赤毛の男の一言で、全員に失笑が広まった。確かにあり得なくはない、ようにも思える。
笑ったせいで余裕ができたらしく、男達は雑に獲物を振りかざしながら、オルフェシアを囲むようにギリェルと間に割って入ってきた。
「あんたの言ってることが本当か、みんなでじっくり確かめてやるよ。美人の姉ちゃんは馬と一緒に」
「あなたたちの知ってる『アルジェス』は、女こどもに簡単に出し抜かれるほど間抜けで役立たずなのか」
男達の言葉を遮って声を上げたのは、それまで賊の誰にも気にとめられていなかった、ランシィだった。
一歩踏み出したランシィは、無表情にぐるりと男達を見回した。
「だったらわたしたちの知っている『アルジェス』とは別人だ。あなた達と話すことは何もない」
「なんだとこのガキ!」
よほどランシィの言葉が気に障ったのか、伸びた毛を逆立てる勢いで赤毛の男が声を荒げた。ランシィを睨みながら小斧を持った右手を振り上げる。
「話すことがなけりゃなんだってんだ、こっちにだってガキに用は無……」
男は最後まで話すことができなかった。
それまで構える形すら見せていなかったランシィが、背中の剣を抜きざまに一閃させる。
男の持った小斧は、持ち手の部分から拳ひとつ分の長さを残して、鮮やかに斬断されていた。
切り離された斧の先が地面に地面に落ちた時には、ランシィの剣の切っ先が男の喉元すれすれに突きつけられていた。
赤毛の顔が、まるで絵の具を浴びたかのようにみるみる青白くなっていく。
木製とはいえ、ある程度の太さのある柄を鮮やかに二分するなど、よほどの手練れだって難しい。しかも、もともと表情の乏しいランシィが意図的に無表情を作っているのだから、男達には気味が悪いことこの上ないだろう。ほかの者たちも、とっさに動けず二人の様子を見たまま息を呑んでいる。
このまま追い払うか、武器を取り上げて案内をさせるか、ランシィが考えあぐねていると、
「……はいはいそこまで、お前らの負けだ負け」
ふと、建物の裏手から気の抜けたように手を叩く音が聞こえてきた。
出てこずに隠れていた者がまだいたのだ。足音で彼らの数と動きをある程度把握していたランシィにも、気配が悟れなかった。オルフェシアも驚いた様子だが、ギリェルは気づいていたのかそれともはったりなのか、やはり動じた様子はない。
男達が安堵したような、決まり悪そうな様子をみせる。赤毛だけは、ランシィに剣を突きつけられたままなので、視線を動かすどころではなさそうだったが。
現れたのは、ランシィ達に絡んできたのとは明らかに毛並みの異なる男だった。ギリェルとそんなに変わらない年のようだが、色の薄い金色の髪を首の後ろで束ねた垢抜けた服装と、飄々とした笑顔は、どちらかと言えばアルジェスに近い印象を受ける。
「アルジェスの短剣が出てきた時点で引けなかった、お前らの負けだ。これで判ったろ、今の時期にこんな所を通るような奴に、まともなカモはいないんだよ」
「だ、だけどよぉヴィエリの兄貴」




