29.道をつくり星となりて<5/8>
事態が一段落した後、山間の集落に戻ったヴィエリは、集まった有志達の総数の集計、武器防具や食料など、かかった費用の算出に悶絶しているらしい。亡くなった者の家族に対して援助も必要だ。今後オルフェシアが自身の言葉を貫き、約束が最大限に履行されたら、希望する者は市民権を得て町に定住することもできるだろう。そうした者達の名前も、まとめておかなければならない。
ヴィエリはイーノスの書斎で机にかじりついて書類を裁き、仲間に指示を出しながら、「これなら戦場で采配とってるほうがマシだし面白い」と愚痴をこぼしている。そんな話を伝えるのは、ふたりの連絡役として時折顔を見せるギリェルである。
イーノスはただの客人ではなく、山地の民の代表という立場で、ここに滞在しているのであった。
命をかけて自分たちの生活を守ろうとした仲間達の努力が無駄にならないよう、オルフェシアとの約束をたたき台にして更に練り、町にいる仲間達とも連絡を取り合っている。『それをうちの館に滞在しながら平気でやっている』と、オルネストは笑う。見ていて、なかなか気が合いそうな二人だった。
「私はまだ城でやることがあるので、戻らねばなりません。オルネスト様、エリディアとランシィを、もうしばらく滞在させていただいてよろしいですか」
「もちろんだ」
タリニオールの改まった頼みに、なにを今更、と、オルネストは妻と目を合わせて頷いた。
「エリディアは娘とかわらないし、その子供ならランシィは孫のようなものだ。タリニオール、お前、いっそうちの養子にならないか」
「今する話じゃないでしょう!」
笑い話のように納めたが、オルネスト夫妻がランシィを孫のように思っているというのは嘘ではないようだ。
滞在中のランシィは、穏やかで慌ただしい日々を過ごした。
体の弱いオルネストの奥方と、時折庭を散策した。使用人達とともに、エリディアに教えられながらパンを焼いた。使用人の子供達と一緒に勉強をし、剣術の稽古をつけてやった。オルネストとイーノスの将棋の相手もした。
ランシィの滞在を知り、様々な者が訪ねてきたが、通されるのはオルネストがよしとした者だけだった。タリニオールがオルネストにランシィを預けたのは、城で貴族たちの権力争いに巻き込まれないようにする配慮もあったようだ。
自分にとっては義理の祖父母に当たる、タリニオールの両親も顔を見にやってきた。
ランシィは、タリニオールが自分を養子にしたことをよく思われていないのではないかと思っていたのだが、ふたりは『エリディアが嫁いでくれただけでも奇跡なのに、こんな立派な娘まで』と涙を流さんばかりに喜んでいた。逆に、タリニオールが今までどう思われていたのかが気になるくらいだった。
数日後、ランシィはサルツニア王から直々に招かれ、王城へ向かった。
本当は、姫と国とを救った恩人として、大々的に迎えたかったと後から聞いたが、ランシィが驚くからと、タリニオールとオルフェシアが必死に止めたらしい。対面は、ひっそりとした謁見から始まった。
謁見も、玉座の間ではなく、食事室を兼ねた応接の間で行われた。国王側はほかに、オルフェシアと宰相、騎士数人という控えめな席である。タリニオールとエリディア、オルネストだけではなくイーノスも同席を促された。
「ランシィ、アルテヤと我がサルツニアの危機はあなたによって救われました」
サルツニア王は、恐縮するランシィに、穏やかに、丁寧に言葉を綴った。
「あなたの勇気と機転が、わたしたちの国を助け、そしてわたしの娘も助けてくれました。まだまだなすべきことはありますが、まずはあなたに伝えたかった。あなたと、あなたとともにあってわたしたちを助けてくれた皆さんに、心から感謝しています」
アルテヤ王リュゴーは、気さくで垣根のない人であったが、サルツニア王は穏やかで礼儀正しい人のようだ。
「イーノス氏の呼びかけに応じてくれた人々にもそうだが、わたしはあなたにも目に見える形で礼をしたい。あなたの働き、その勇気に対し、わたしたちが報いるためにできることはありますか。思いつくままに、いくつでも述べてみてください。すべてをかなえることは難しいかも知れませんが、可能な限り手を尽くすことは約束します」
「わたしは……」
ここに来るまでに、なにかしら褒美を賜れるだろうからなにか考えておきなさい、とはいわれていた。だが、ランシィは特に、自分自身のための大きな望みは思いつかなかったのだ。自分は既に、左目を取り戻したのだから。
ランシィは、自分を見守る人たちを振り返った。
もちろん、この場にいない人もいる。村を出て、アルテヤの首都ラウザにたどり着き、そこで出会ったたくさんの人々がいる。アルジェスに拾われてから町を出て、山を越える、その間にも多くの人に助けられた。山を越える前に、自分が生まれた村を見た。祖父が語った、金の海を渡ってやってきたサルツニアの部隊の話を思い出した。
ランシィは、二つの瞳で、まっすぐにサルツニア王を見上げた。
「……王様、今回のことで手を貸してくれた皆さんが、できるだけ納得がいくように報いていただけること、それが一番のお願いです」
王は頷いた。それから? というように言葉を待っている。
「……それと、わたしからひとつ提案があります。これができれば、サルツニアとアルテヤの行き来が、もっと便利になって、お互いもっと助けあえるんじゃないかと思います」
後ろで見守る者達が、お互いの顔を見合わせたのが判った。サルツニア王は、関心深そうに軽く首を傾げた。




