はじめての学校
学校編スタート(笑)
はじめての学校
春の陽気が暖かく降り注ぐ朝。
桜の花の寿命は短い。一週間前に咲き誇っていた花は散りきって、通学路には桜色の絨毯が出来ている。
もう少したてば日差しが強くて暖かくは感じられなくなるだろうこの季節。
「・・・ザイ、苦しくない?」
私はこそこそ歩きながら通学かばんに話しかける。端から見たらきっとそうにしか見えない。
「へ、平気だ、けど、かなり、揺れるな・・・」
揺れているせいか、通学かばんの中にいる人物は切れ切れにそう答えた。
春うららかな朝、私とザイはドッキドキしながら学校へ向かっていた。
こうなった経緯は遡ること一時間。近頃は定番化した目覚まし時計、もとい妖精さんの元気すぎる挨拶で始まった。
「おはよーございます!!!朝ですよ花梨さま!!!!」
「うん・・・うん・・・今日も元気だねー・・・」
人間というのは怠惰な生き物で、数回あると順応してしまう。
私の朝はぐずぐずだ。どれくらいぐずぐずかというと、アインの元気な声を子守唄に二度寝ができるほどぐずぐずだ。
「花梨さまったらあ!!」
ばたばたばたばたっとアインが頑張って私を起こそうと羽を羽ばたかせているのが聞こえる。
「うん、起きなきゃね・・・おきな・・・むにゃ・・・うー」
わかってはいる。わかってはいるのだが。アインの声に早くも順応した私は性懲りもなく意識を手放しかけている。
「花梨、朝飯の用意出来たから。冷めない内に起きろ」
ぱちり。
耳元でした声に私はばっちり目を開けた。
視界いっぱいに映る短髪赤毛、つり目の人物。
「むーーー!ザイ様の時はどうしてちゃんと起きるんですかぁ?!」
ばたばたばた。羽の羽ばたき速度が最大級だ。
いやだって。何だろう、意外性?びっくり度の違い?
「早くしろよ」
ザイは私がしっかり目を開けたのを見届けると先日作った階段を使ってすたすたとベッドから降りて行った。
順応するといえば、ザイもまた私の生活リズムにすっかり順応した。
彼は階段ができてから朝食まで用意をしてくれるようになった。キッチン台に行き食パンの入った袋を片手にリビングテーブルへ。テーブルに載っている年期の入ったトースターに私の見よう見まねでパンをセットしてスイッチを入れる。そしてその時点で私が起きていないと今のように起こしてくれるのだ。
のたのたと制服に着替えテーブルにつくと、器用にナイフで切り分けられたパンが、ちゃんと皿に載っていた。
「湯は沸かしてないぞ。さすがにヤカンに水を入れて火をつけるのは無理だった」
そう言いつつ、マグカップにティーパックを入れる所まではやってある。おやゆび姫サイズのザイが私より手際が良いってどうなんだ。しかもキッチン周りの用語はすっかり覚えた様子で、別の世界の住人とは思えないほど会話に違和感がない。
「・・・いつでもお嫁に行けそうねザイ」
「ぶ!?」
切り分けた自分のパンにぱくついていたザイが盛大にむせた。
「あれ。今日のザイの格好って、何かちょっとこっちの世界っぽいね」
ザイは今日、黒っぽいTシャツとジーンズというラフなスタイルだ。つい昨日までバリエーションは違えど、最初にカタログで見た軍服のようなものをずっと着ていたのに。
「ああ。<ポケット>にこっちの世界っぽい服を頼んだら普通に出てきた。言ってみるもんだな」
おやゆび姫サイズで生活するに当たって一番困難そうな問題。バス・トイレ・着替えは実は最初から一番簡単に解決していた。
その立役者がザイの言う<ポケット>である。
ポケット。衣服などに付いている小物を入れるためのささやかなスペース。というのはこの世界の話。
彼らの国ではそれだけでない。ポケットといえば持ち運び可能な部屋を意味するらしい。
彼ら候補者たちは魔法を禁止されて今は使うに使えない状況にあるが、そんな彼らに与えられた国王からの支給品があった。それが三部屋分のポケット。バス、トイレ、着替え部屋だ。最低限、ホームステイ側の苦労を軽減するための処置らしい。
「・・・頼んだら出てきたって・・・ポケットって要望とか聞いてくれるの?部屋なのに??」
「ああ。ほら、見てみろ」
そう言うとザイはパチンと指を鳴らした。
ボンっと見慣れてきた魔法発動の際の爆発が起きる。もくもくと立ち上がって一瞬で霧散するこの煙は魔法煙と言って、魔力に反応して発生するらしい。
魔法煙が霧散すると青いおやゆび姫サイズのドアが現れた。彼らの扱うものは青いものが多い気がする。きっと国花であるヴィンキュラムの花の色が基調となっているものが多いのかもしれない。ザイが空中に浮かぶそのドアに近づき、一か所を指さす。
「ほらここ。郵便受け付いてんだろ」
「ほんとだ・・・」
ドアは見たことない装飾がほどこされているが造りはそこら辺にあるアパートと同じだ。ノブが付いていて郵便受けがある。
「ここに要望を書いた紙を入れておけば、うちの国のポケット運営会社が受理して要望を反映してくれる」
会社。魔法の国には似つかわしくない単語が飛び出したような気がするが、魔法であれ国は国なのだ。産業や経済は存在するのだろう。
ザイはノブに手をかけ「衣裳部屋」とドアに声をかけてからガチャリとドアを開ける。どの部屋に通じるかは開ける前に言うことで切り替わるようだ。開いたドアの中を覗き込むと服で一杯の部屋が見えた。
「あ、あれって着物じゃない?」
私は服の中に一際目立つそれを一度スルーしかけて二度見した。見間違いでなければそれは紋付袴だ。
「ああ、あれか?着方がわからねぇからとりあえず置いといたんだが、あれがこの国の正装なんだろ?正装のカテゴリーに分類されて入ってた」
「・・・うん。まあ、正装ではあるんだけれども・・・」
着方がわかったら今朝はそれで登場する気だったのだろうか。どうしよう。何とつっこめばいいか見当もつかない。
「・・・コホン。えー。ところで急にどうしたの?こっちの世界っぽい服なんて。ザイって服とか興味なさそうなのに」
思わず話を逸らして私がそう聞くと、虚を突かれたようにザイは目を泳がせた。
「・・・別に。何となく」
目を泳がせるのは彼が都合の悪い時だけだ。この人、今まで嘘とかついたことないんだろう。ついたとしてすぐさま露見するに違いない。
「もしかして、この世界に興味を持ってくれたの?」
「・・・・・・どうでもいいだろ。俺が何に興味持とうが」
その状態でかわいくないことを言い出す時は照れている証しだ。わかりやすすぎて微笑ましい。
「照れることないじゃない。住んでいるんだから興味沸くよね?あたり前だよ」
「てれ・・・っ!別に照れてねぇ!ただ、その、俺はこの企画に反対してるっていう意思が・・・っ」
「はいはい。意地があるのね。わかったわかった」
「~~~~っニヤニヤするな!ほっとけ!!」
プイっとそっぽを向かれてしまった。しまった。ニヤニヤしていたか。
それは仕方ない。お世話焼きでお母さんみたいだと思ったら、ちっちゃい意地張って子供みたいなこと言うし。小さいせいもあるだろうが、彼は何だかこう、ほっぺをつつきたくなるかわいさがある。
「私は嬉しいもの。この世界の住人として興味を持ってもらえるのは」
「・・・・・・そーかよ」
私が嬉しそうにしているのが伝わったのか、彼も気を取り直したように向きなおった。
もっと興味を持ってほしい。そうして、彼が日中私がいない間も退屈しないで済むくらい何か熱中できるものがあったらいいのに。
私はそう思ってからふと考えを改めた。
小さい小さい彼をじっと見つめる。
「な、なんだよ・・・」
じっと見つめられていることに気が付いてザイはバツが悪そうに身じろぎした。
そうだ。彼のサイズならあるいは出来る。
「・・・通学カバンに入るよね」
「は?」
彼の身長はちょうど通学用のショルダーバックの高さに匹敵する。
ちょっと窮屈かもしれないが座っていれば割と楽に入っていられるのではなかろうか。
「ね、ちょっとこれ、入ってみて」
通学カバンの中を整理して私はカバンの口を大きく開けて見せた。
「な、なあ、本当に大丈夫か」
「今更だよ・・・もうここまで来ちゃったんだから」
私は校門の前に立ち尽くしている。
カバンの口には周りに注意しながら頭を出しているザイ。
キーンコーンカーンコーン・・・
ちゅうちょする私を押し出すように学校のチャイムが鳴った。
「いくよっ」
ザイを入れたカバンを手に私は学校の校門をくぐったのだった。




