はじめての学校 2
なんかちょっと長くなっちゃいました(汗)
はじめての学校 2
「なあ、花梨。良かったのか?さっきの・・・たいいくの授業とかいうのは」
授業中。あちらこちらで教師の声が聞こえてくる廊下。そこを私は忍び足で進む。
そんな中、カバンから短髪赤毛をのぞかせてザイが私にそう訊ねてきた。
「いーのいーの。こうでもしなきゃ自由にザイが頭出せるタイミングなんてないもん」
2限目、体育。体調不良のため保健室に行くとの名目で私は今ここにいる。もちろん体調はすこぶる良い。要するに仮病だ。
体育の松やんはクラスの担任だ。白髪交じりの頭髪に比べ、若々しい肉体の持主。2年の時からの担任で仲は気安い。普段本当に参った時にしか使わない手だが、バイト疲れであまり寝ていないのだというと、松やんは仕方ないなぁという顔をしながら保健室に行けと言ってくれる。俺の授業の時だけだぞ、と釘をさしながら。いい先生に恵まれたなぁと思う。
奨学金制度のしっかりしたこの学校は、金銭面でわけありな生徒が結構多かったりするのが特徴だ。そんな事情もあり、この高校ではおおっぴらにバイトをすることが許されている。
教師もそこら辺の事情を酌み取るよう指導されているのか、バイトの時間が迫っていたりすると早退が認められたり、校内の携帯の使用が認められていたりとかなり融通がきく。
「さっ!どこから行く?制限時間は1時間だから、さーっと回らなくちゃ!」
私はうきうきしながらカバンから顔を出すザイを覗き込んだ。
ザイにとっては初めて私の部屋から出たことになる。辺りは見たこともないものばかり。私の部屋なんかより広くてきれいだ。きっと喜んでくれるだろうと思っていた。
思っていたのに。ザイの表情は何故か戸惑いを含んで私を見上げていた。
「どうしたのザイ・・・」
その表情にハッとする。私はまたやってしまっただろうか。
ついこの前、私の生活水準の低さでザイに嫌な思いをさせていると独りよがりに悩んで失敗したばかりだ。
ザイのことを考えていたつもりになって。でもそれは自分の押し付けで。
だからそれからは、私はザイの気持ちになって私なりに考えてきたつもりだった。のに。
また私は間違えたのだろうか。
「ごめん、ザイ。いきなり学校なんて連れてこられても・・・嬉しくなかった?」
肩を落とした私を見てザイは慌てて首を横に振る。
「違う、嬉しくないわけじゃねぇよ!むしろ逆で・・・」
勢いに任せて口を開きかけ、ごにょごにょと言いよどむ。
でもそれなら何故そんなに浮かない顔をしているのだろう。
私が疑いの目をしているのがわかったのか、ザイは心を決めたようにまっすぐに私を見た。
「本当に違ぇよ。嬉しい。花梨が俺のためにやってくれてることは何だって嬉しく感じてる」
いつになく率直な言葉に私は目を見張った。ザイが照れずこんな風にまっすぐ私を見てこんなことを言ってくれるなんて。いや、違う。今までも絶対に伝えなければと彼が感じた局面では、彼はいつも真摯だった。
「嬉しいからこそ、戸惑う。・・・俺たちの国王候補争いも、ホームステイなんて勝手に住みつかれるのも、あんたにとっては迷惑なだけだろう?・・・なのにどうして。どうしてここまでしてくれるんだ?」
私こそ戸惑ってしまう。彼にそう言われるほどの何かを私ができているとは思えなかった。
「そんな大したことできてないわ。逆に助けてもらってるじゃない。朝なんて朝食の準備させて・・・」
ザイはじっと私を見たままゆっくり首を振る。
「違う。それは俺が来る前から花梨一人でできてたことだ。・・・俺が勝手に始めて、あんたはそれを許容してくれた。役割をくれたんだよ。それが無意識にでも。・・・それだけじゃない。あんたはあんまり意識してねぇのかもしれないが、花梨が自分で思うよりずっと俺はあんたに色々なことをしてもらってる。今日だってそうだ。俺のために俺を学校まで連れてきてくれた。わざわざ授業まで休んで・・・」
ザイが言葉を紡ぐたび、彼の困惑の感情が強まっていくのを感じる。
でもやはり私には彼の目に浮かぶ強い困惑を呼ぶほどのことをしているとは思えなかった。
食事は自分の分から分けていると言っても微々たるもので、着替えなどは用意する必要がないし。実質的には階段を作ったことと、今学校に連れてきたことくらいしか労力は払ってない気がする。
「・・・気に病んでくれているの?大丈夫よ。本当にザイが気にするほどのことしてないの。それこそもっと何か喜んでくれることしたいのよ私」
困惑を宿した瞳が一際大きく揺れた。
「そうやって、俺のことを考えて親身になること自体おかしいだろ?・・・理由がない。
この世界では。何の見返りもなく、見知らぬ誰かに心を砕くのが普通なのか?・・・俺はあんたに無条件で心を配ってもらう理由がわからない。俺の国には、・・・俺の周りには、そんな奴はいなかった。当たり前のことをしているみたいに、俺のことを考えて親身になる奴なんて一人も・・・」
「・・・・・・。」
呼吸が一瞬止まった。
私は出会う前のザイを知らない。ザイがどんな風に暮らしていてどんな過去があるのかも。
もしも彼の言うとおり、無条件に手を差し伸べてくれる誰かがいなかったんだとしたら。
それはどんなに不幸だろう。
普通は家族がその筆頭となるはずだ。無償の優しさと愛を与えてくれる存在。
私にはそれがいなくても優しさをくれる人が沢山いた。児童養護施設のみんな。美里さん。担任の松やんだってそうだし、バイト先にも私の貧乏事情を汲んで親身に相談に乗ってくれる人は大勢いる。
彼らの手がなければ私は今生きているかどうかもわからない。
ザイは、無条件に与えられる優しさに戸惑うほど、孤独だったのだ。
目頭が熱くなるのを感じて私は慌てて眼を伏せた。けれど逆効果だったようだ。
目に溜まっていた雫が伏せた眼から零れ落ちた。
そして私より目線の低い位置にいる彼には落ちていく雫は丸見えで。
「なっ!なんで・・・!」
激しく動揺した声が聞こえる。ザイが慌てている。というか私も慌てている。
泣く気なんてなかったのに、胸が苦しくなって気がついたら泣いていたのだ。
もう誤魔化せるものでもないのに私は涙を引っ込めたくて俯いたまま乱暴に目をこする。
しかし涙腺は火がついたかのように次から次へと新しい涙を運んでくる。
混乱しておたついている心など無視して意味も分からず涙が出た。
「・・・泣くな」
「?!」
すぐ耳元で声が聞えて驚きのあまり顔を上げた。
いつの間にカバンから出てきたのか、ザイは私の肩に立っていた。
顔をあげると凄まじく近い位置で顔を突き合わせる形になり、その近さに二人して驚く。
というか驚いている場合じゃない!
「あ、あぶなっ危ないでしょう!何登ってきてるの!落ちたらどうすんの?!」
私は今立っているのだ。身長158cmの私の肩から落ちたら冗談じゃなくただじゃ済まない。突然怒鳴られて一瞬ぽかんとしたザイだが、私の剣幕が伝染したのかぐわっと眉を跳ね上げる。
「落ちねぇよバカ。んな間抜けなことするか!というか花梨が泣くからだろうが!」
「ば、ばか?!い、いいからちょ、降りなさい!というか私の手に早く乗っ・・・」
ガラララッ!
「うるさい!何をさっきから廊下で喋っているんだ!携帯は使用許可の下りている所定の位置で使用しなさい!!」
「は、はい!!すみません!!」
ザイを抱きこむと同時に教室の一つから授業中の先生が顔を出して怒鳴った。
私は逃げるようにダッシュでその場を去ったのだった。
「はー、はー、び、びっくりした・・・」
駆け込んだ空き教室で、ザイを机に下ろす。
「・・・あれ?」
机に下ろしたのにザイは本物の人形のように固まって身じろぎ一つしない。
もしかして慌ててたから抱きつぶしてしまったのだろうか?!
「ザイ!どこか痛い?!骨折れたの?!」
「?!お、折れてねぇよっ!!」
机に顔を寄せて彼の顔を覗き込むと叫ぶように言われてそっぽを向かれてしまった。
良く見ると耳が真っ赤だ。一体何を照れて・・・。
・・・・・・・。
「・・・・・・む、胸・・・・・・」
「!!!!さ、触ってない!!触ってないというか、俺には不可抗力だっ!!!!」
「わ、わかってる!せ、責めてないって!」
わ、忘れよう。彼を抱き込んだ時の細かいポジションはもう思い出さないようにしよう。
心にそう決めると首まで真っ赤になり果てたザイを見る。
「・・・っぷ」
「・・・!わ、わらう・・・」
私が堪え切れず噴き出すと、ザイは何か言いかけて。多分笑うな!と叫びかけてやめた。
すっかり涙の消えた私の顔を見つめ、安堵したようにほっと息を吐く。そして、彼が浮かべた顔に私は目を見開いた。
「・・・笑えよ。泣かれるよりずっと、ずっとマシだ」
優しく細められた目。柔らかい笑みの浮かんだ口元。
今まで見た彼の表情のどれとも違う優しい笑顔は、表情豊かな彼を少し大人びて見せた。
彼の孤独に触れてから見るその笑顔は、なんだかひどく特別なもののように思えた。
私も孤独を知っている。それがどんなに辛くて悲しいものかも。その中にあって笑うのがいかに大変なのかを。
私が笑って、彼がそんな表情を浮かべてくれたのなら。その笑顔を見てまた少し泣きそうになったことは黙っていよう。
きっと今、私はとても珍しいものを見ているのだと思うから。
それから私たちは、一通り校舎をぐるりとすると、2限終了のチャイムが鳴る直前を見計らって無人の教室まで戻って来た。
「あのね、ザイ。確かにきっかけはあったよ」
教室の自分の机にザイを下して、私は呟くように言った。
きっかけはあった。
彼に優しくしたいと思うきっかけ。
ザイが赤い一対の目で私を見上げる。
「初めて会ったあの時、ザイはすごく絶望してたよね」
困惑、嘲笑、諦めの瞳。
何よりも。鮮烈に頭に残ったのは。
一瞬浮かんだ憎しみの氷。
「私もね。昔、そんな表情を浮かべて。何もかも拒絶してた時があったよ。・・・だからかな。私はザイがまるで昔の自分みたいでほっとけなかったんだと思う」
「・・・・・・。」
ザイは何も言わず、私の昔の自分みたいと言われても怒ったりせず。私の目を見つめたまま話を聞いてくれる。
「きっかけは多分それだけど、今は違う」
「・・・?何が違うんだ?」
不思議そうに首を傾げる小さな彼を笑って見返す。
「今はね。ただザイが良い奴だから。だから喜んでほしい。この世界を好きになってほしい。それだけ」
一瞬、理解できない言葉を言われたようにザイの顔から表情が消え、次の瞬間大きく瞳が見開かれた。
「い、良い奴?!・・・俺が?!」
「そうだよ。何で?良い奴じゃん。ザイはすごい良い奴だと思う」
良い奴を連呼するとザイは何故か慌てふためき、立ちくらんだようにフラッとたたらを踏んだ。
「・・・勘違いだ。盛大な勘違いだ!俺は良い奴なんかじゃねぇ!」
ぷんすかと完全に私に背を向けてザイは叫んでいる。
「褒めてるのに何で怒るのかなぁ・・・」
彼が無償の優しさを知らないのなら、私が与えてあげる。
私がそんなことを思って真っ赤になった耳を見て笑っていたのは、もちろん彼からは見えないこと。
ザイの成長はまだまだこれからです。
いい紳士に育つといいですねww




