もてなす心、もてなされる心 3
もてなす心、もてなされる心 3
「・・・・・・何してんだあんた」
家に帰るなり始めた作業をザイはポカンと見上げている。
私はと言えば大量の段ボールと格闘していた。
「花梨さま、まだありますか?!」
「じゃあ脇に置いてあるあれも」
こちらに帰ってきていたアインはうとうとと転寝をしていたが、私が作業を始めると手伝うというのでペンを渡して切り込みを入れる位置を記してもらっている。指示を与えると嬉々として彼女はぶっ飛んでいった。あの元気さも慣れてくるといっそすがすがしい。
「なあ、聞いてるか?」
少し離れた位置にいたザイがてくてくと寄ってくる。
赤い髪と同じ色の目が私を真下から不思議そうに見上げる。
「階段作りよ」
私は短く答える。ザイは目を見開いた。
「俺のためのか?」
「うん」
また、短く答える。作業に集中しているためもあるが、この口調にしているのは意図的だ。
私なりに考えて、私なりにやってみる。
帰ってくるまでにザイに喜ばれることを精一杯考えて、私は思いついたいくつかを行動に移すことにした。この口調はささやかながらその一つだ。
ハラハラするようなワクワクするような変な感覚。
「敬語、やめたんだな」
目は手元のはさみに向けたまま、私は内心ドキリとする。
気づいてくれた。
そう。ささやかだけれど、私が最初に考え付いたのはそんなもてなしとは縁のなさそうなことだった。
「うん。・・・駄目だった?」
気安く、自然体であろうと思ったのは、彼は最初に王子と呼ばれるのが嫌いだと言ったのを思い出したからだ。彼の粗野な風貌や口調。所帯じみた感覚。それらはみんな「王子」のイメージとは相反する。
ザイはまるで王子である自分に反発しているように見えた。
私の問いにザイの返事も短かった。
「そっちのがいい」
私の心は単純だ。
たったその一言で憑き物が落ちたように明るくなれる。
私なりに考えて。私なりの結論に至った。
「ザイって、食事とかものすごくどうでもいい人?」
「は?・・・まあ。食えりゃいい」
だよね。
「布団の寝心地とかも頓着しない?」
「へ?・・・それもまあ。寝られりゃいい」
ですよね。
そう。つまりはそういうことだ。
「世間一般的なお客様のおもてなしでは喜ばれないということだ」
どーん、と指を突きつける。
指の先でザイが目をしばたき、頭をかいた。
「・・・今日、どうかしたのかあんた」
「・・・いいの。気にしないで。目が覚めたのきっと」
アホらしい。私が昔の思い出にこだわって出来ないと嘆いていた部分とは、最初から彼が喜ぶ部分ではなかったのだ。嘆き無駄だ。何を一人やきもきして悩みまくっていたのだろう。人間、感傷に浸るとロクなことがない。
若干やけになってザクザクとはさみを動かす私。
「目が覚めたってことは今まで寝てたのか?」
おかしそうに言うザイの表情が珍しくて、私は揚げ足取りに乗っかる。
「寝てたわ。それはもうぐっすりとね」
ざくざくざくざく。
「起きてた方がいいな花梨は」
ザクッ!!
「・・・・・・思いっきり逸れたぞ線」
「・・・・・・。」
何故かちょっと癪だったので、君のせいだとは言わないでおいた。
切り取ったパーツを組み合わせる。
商店街で廃棄寸前のをもらってきた段ボール。見栄えは悪い。
でも組み上がってみれば意外なほどしっかりした階段になった。
階段を作るのは実は初日から考えていた。
私が学校やバイトに行っている間、ザイは日がな一日窓際でぼんやりしていると聞いたからだ。
今や彼には何でもないような段差が大げさでなく命に関わる。アインのように飛べるわけでもない彼には、机から降りるだけでも決死のジャンプだ。
組み上がった階段を試しに一つキッチン台に立てかける。ザイが一段一段強度を確かめながら登って行く。
頂上まで登りきり、ステンレスに映った自分を見て少し驚きながらザイは初めて快活そうな笑みを見せた。
その顔を見て、私は無意識に呟く。
「・・・・・・喜んでくれた?」
「ああ、嬉しい。この体になってまともに移動できたの初めてじゃねぇか?」
喜色を隠さない明るい声。ザイは素直に喜びを伝えてくれる。
きっと今、私の顔もザイに負けないくらい素直な笑顔だ。
「もっと早く作ってあげれば良かったね。ごめん」
ザイの一挙一動はしなやかだ。無駄な動きがあまりなくて、きびきびしている印象を受ける。きっと運動神経も良いのだろう。普段体を動かす人がじっとしているのは辛かっただろうと思う。
私が謝るとザイはピタリと動きを止めた。
「・・・何で花梨が謝るんだよ。言っただろ?あんたは現国王の道楽に巻き込まれただけだ。謝るんならむしろ俺の方だろうが」
ポツリと言った彼の顔に驚くほど冷たい嘲笑が浮かんだ。
「それに、じっとしてたのは動けなかったからじゃねぇよ。何してりゃいいか、わからなかっただけだ。
花梨は国王候補ナンバーワンになって国王の座を蹴ればいいって言ったが、そんなの有り得ないしな」
「・・・どうして?84番目の候補だから?」
似合わない自虐的なザイの表情を見返す。いつも真っ直ぐだった彼の目線は力なく逸らされた。
「有り得ないんだよ。この企画は結果が決まってる。花梨は知らないだろうが、国王は一度決まりかけてんだ。現国王の一人息子にな。今も国内ではそいつが次代の国王だと言われてる」
ザイにとって、それがどんな意味を持つのか私にはわからないことだった。
決まりかけた国王。現国王の息子。逸らされた目からは感情が伝わってこなかった。
「俺はこの世界で、何をすればいいのかわからない」
私は返す言葉がなくて、重く落ちた空気を追うようにダンボールの切りかすが散らばった床を見る。
彼は帰りたいのだろう。少なくともすることもなくぐったりと身を投げ出すのが彼の日常でいいはずはなかった。
突然騒がしくなったこの数日間が頭の中を巡って、私は自分が寂しいと感じているのを知った。
「・・・花梨」
重い沈黙を破ってポツリと落ちた呟きが私の名前だと理解するのに数秒かかった。
「あ、え?な、何?」
とすとすと階段を下りてくるザイの表情にはもう自虐的な笑みは残っていなかった。
「階段、あとどこに掛けるんだ?」
「え、あ、そうね・・・」
組み上げた階段を見る。ぼんやりしていたせいか頭がすぐに働かない。
「花梨」
「・・・ん?」
彼は言う。
「俺はここにいても平気なのか?」
静寂に包まれた深夜帯。
気が付くと、アインは私の布団ですやすや寝息を立てていた。
「・・・いて良くなかったら階段なんか作らないわよ」
「だよな」
身軽にひょいっと飛び上がったザイはするすると小棚に登り始めた。
驚いている私を他所にすっかり上まで棚を上りきった彼は目線の合った私を振り返る。
「ちょ、何それ、登れるじゃない!」
「は?いや、登れるけど階段があった方が遥かに楽・・・」
「楽とかそういう問題なの?!」
どうやら私は彼の運動能力をなめていたらしい。
「言っただろ?動けないからじっとしてたわけじゃねぇって」
ザイは笑って棚の上で胡坐をかいて座った。彼からすれば小棚の高さは校舎4階分くらいはあるが全く恐怖もないらしい。何だろう。勝負に負けたわけでもないのにこの敗北感。
「何よー。階段のことすごい喜んでくれたからてっきり私はさぁ・・・。喜んでくれたのはお気持ちはありがたいですって奴だったってことー?」
床にのの字でも書きたい気分だ。何だか拗ねてしまう。
「・・・それは、だから・・・・・・さっき花梨だって自分で言ってたじゃねぇか」
「はあ?何を?」
何の話か分からずザイを見ると、彼は目線をうろうろと彷徨わせている。
「・・・・・・いて良くなかったら階段なんか作らないんだろ?」
確かに言った。だってそうだ。1,2回使うためにこんな深夜までかけて大掛かりなことしたりしない。
ああ、そうか。彼の言いたいことが分かって私は笑った。
いて良いから。
彼は階段よりも、私がいて良いという証を立てたのが嬉しかったのだ。
「笑うな!・・・俺だってそれなりに悩んだんだよっ。あんたは女だし、男の俺がいるのは気ぃつかうんじゃねぇかとか、忙しそうだしやっぱり出て行くべきかとか色々・・・」
「いていいよ」
色々と、考えた。私がうじうじ悩んだように、彼は彼でいろんなことを考えていた。
この人をもてなすのにするべきことが何だったのか、私は分かった気がした。
「いていいんだよ、ザイ」
目を見張っているザイにもう一度言う。
迷子のザイに差し伸べる手を。いても良いのだという意思表示を。
「ここで何をすればいいか、これから見つければ良いよ。ヴィンキュラムの花はまだ咲いたばかりなんだから。それまで、好きにいていいんだよ」
ザイは口を開きかけて、また閉じて。
そうしてからそっと息を吐くように呟いた。
「・・・・・・ありがとう」
夜の闇が包むこの世界で、私たちの共同生活はやっと始めの一歩を踏み出した。
なんか、内容的にまだプロローグの域なんですけど^^;
早くも色々書き直したいですが、勢いのまま突き進みます。




