↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
速すぎて騎手が続かない竜少女と、元戦闘機乗りの異世界空戦記~全速は十二秒、帰還は二人で~  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/50

第26話 二人で決める、三つの言葉

「……もう一度、最初から確認するぞ」


 朝の冷気が残る中継基地の滑走路で、隼人はコンソールパネルを備えた手入れした加圧鞍をポンと叩いた。


「俺たちの命を繋ぐ言葉は三つだ。『続行』『中止』、そして『条件変更』」


「分かってるわ」


 人型のリュシアは、真剣な顔つきで頷いた。


「『中止』は、どちらか一人でも危険を感じたら即座に宣言する。宣言されたら、もう一方はまず危険な進入をやめて安全圏へ退避する。……でしょ?」


「ああ。そして、一度中止した計画の『再開』や、状況が変わった時の『条件変更』は、必ず二人の合意を得てから実行する。決して、どちらか一人の独断で勝手に計画を書き換えたり、消し去ったりしない」


 それは、隼人が自身の『保護という名の支配』を戒めるためのルールでもあった。


「これを、危ない時にも使えるようにしないとね」


 リュシアが少しだけ表情を和らげた時、二人の背後から足音が近づいてきた。


「よお。朝から熱心なことだな」


 やって来たのは、大きな通信魔導具の機材を抱えたカミルだった。


「カミルさん。通信機材の調整ですか」


「ああ、お前たちの今日の試験飛行のモニター用にな。ガルド教官はすでに上空で待機しているぞ」


 カミルが機材を降ろしながら言うと、リュシアはふっと視線を落とし、彼に向き直った。


「……カミル」


「ん?」


「あの時は……ごめんなさい」


 リュシアは両手を体の前で組み、深く頭を下げた。


「私が急に動けば抜けられると思って、あなたの状態を確かめなかったから。……あなたの肩を、奪ってしまった」


 ずっと胸の奥に抱えていた罪悪感。それを真正面から言葉にしたリュシアに対し、カミルは驚いたように目を丸くし、やがて優しく笑った。


「俺も、怖くて急かした。すまなかった。肩が元に戻るわけじゃないし、悔しくないと言えば嘘になる。でも、あんただけのせいにして終わりたくはない。今は地上から、止める言葉をちゃんと届けたい」


 カミルは隼人とリュシアを交互に見やり、ポンとリュシアの銀髪を撫でた。


「今度はちゃんとお互いの声を聞き合えよ。俺の分まで、高く飛んでくれ」


「……うんっ!」


 リュシアは顔を上げ、涙を堪えるように強く頷いた。


 リュシアは何度も頷いた。傷が消えたわけではない。それでも、カミルの目を見て返事ができていた。


「さて、行くか」


 隼人の言葉に、リュシアは銀色の光に包まれ、美しい羽毛竜へと姿を変えた。


 地上係と隼人が鞍を取り付け、リュシアが翼の動きを確かめる。隼人が竜鞍に跨り、固定具を締め上げる。新しい『三つの言葉』を携え、二人は空へと飛び立った。


 本日の任務は、中立都市セレナへの補給路を想定した疑似訓練だ。


 指定空域には、ガルドとマーラが待機しており、彼らが帝国軍の『人工風』を模した強烈な乱流幕を局地的に発生させている。


 隼人たちの目的は、その乱気流の網を掻き潜り、制限時間内に三つの安全標識を通過することだった。


「高度千五百。第一標識まで残り三キロ。対気速度三百、順調だ」


『風の乱れもないわ。『続行』ね』


「ああ、『続行』だ」


 共感回路を通じた二人の意思疎通は、かつてないほどスムーズだった。


 隼人の推測航法で最短ルートを割り出し、リュシアが細かい風の抵抗を翼でいなして速度を維持する。第一、第二の標識を、流れるような鮮やかさで通過していく。


 だが、ガルド教官が用意した訓練が、計算通りの平坦な道で終わるはずがなかった。


 第三標識――最終目的地まで残り二キロに迫った、その時である。


 前方の空気が陽炎のように歪み、隼人が事前に計算して引いていた『安全な航路』のど真ん中に、巨大な乱流幕が突如として展開されたのだ。


『甘いぞ、黒瀬! 敵が大人しく予定通りの道を開けておいてくれると思うな!』


 ガルドの通信が響く。予告なしの、強烈な妨害魔法の切り替えだった。


「くっ……!」


 隼人が方位盤と高度計を睨みつける。


 あの乱流幕に突っ込めば、姿勢を崩されて大幅なタイムロスになる。制限時間内での標識到達は不可能だ。


(迂回ルートを探すには時間が……いや、最悪の場合、ここで試験中止を――)


 隼人の脳裏に、『いったん中止する』という選択肢がよぎった。


 だが、彼が口を開くよりも早く、鞍越しにリュシアの力強い思念が飛んできた。


『――条件変更!』


 それは、ただ隼人の指示を待つだけの乗り物ではない、戦場の状況を自ら判断した対等な相棒としての、はっきりとした宣言だった。


 リュシアは翼で前方の乱気流を感知し、真っ直ぐ突っ込むのは危険だと自発的に判断したのだ。


 リュシアは進入を止め、安全な手前側へ機首をずらしていた。ここなら、次の進路を相談する余裕がある。


「……了解。条件変更を受理する」


 隼人は中止の選択肢も残したまま、即座にコンソールの計器と地形図に意識を集中させた。


「現在の限界魔力から逆算して、迂回に使える猶予はあと一分だ。最終標識までの残存距離は一・五キロ」


 隼人は現状の限界を明確な数字でリュシアに提示し、頭の中で瞬時に二つの迂回ルートを計算して、その軌道を共感回路に乗せた。


「新経路の案は二つ。右へ旋回して雲の上へ出るか、左へ降下して谷沿いの狭い空域を抜けるかだ。……リュシア、どっちの風なら行ける?」


 勝手に計画を消さず、相手に選択肢を示して意見を尋ねる。


 リュシアは自身の感覚を翼の先端まで張り巡らせ、二つの空間の大気を味わった。


『……右の上空は、教官の乱流の余波がまだ残ってる。左の谷沿いなら、気流が安定しているわ。私なら抜けられる!』


「よし。左の谷沿いルートで『再開(リスタート)』する。俺が岩肌の距離を読む、君は風を読め!」


『任せて!』


 二人の合意が完全に形成された。


 リュシアは左の翼を深く畳み、岩壁が迫る谷間の空域へと滑り込むように降下した。


 加圧鞍が隼人の身体を確実に保持し、急な降下機動でも彼の視線は計器からブレない。


「右十度、岩のせり出しあり! そのまま高度を維持しろ!」


『分かってる。ここの風、すごく素直よ!』


 隼人の地形と空間の先読みがリュシアに安全な道筋を示し、リュシアの天性の風読みが、その道筋の上の微細な空気の抵抗を完璧に削ぎ落としていく。


 視界を遮る岩壁を縫うように抜け、谷を抜けた先に、目印となる第三標識が浮かび上がった。


「制限時間まであと十秒……届くぞ!」


『いっけえぇぇっ!』


 リュシアが最後の加速をかけ、銀色の閃光となって第三標識の真横を駆け抜けた。


『第三標識通過。……タイムクリアだ。よくやった、お前たち』


 上空から見下ろしていたガルドの通信が、二人の勝利を告げた。


 中継基地の滑走路へ帰還し、竜鞍から降り、鞍を外した隼人は、心地よい疲労感の中でヘルメットを脱いだ。


 ふわりと光が散り、人型に戻ったリュシアが、少し息を切らしながらも満面の笑みでこちらを振り返った。


「やったわね、隼人!」


「ああ。君の素早い『条件変更』の宣言と、あの谷間の風読みのおかげだ」


 隼人が鞍を台に置くと、リュシアが駆け寄ってきた。


 彼女は、何も言わずにすっと右手を差し出した。


 それは、ただの訓練の成功を祝うものではない。互いの命を預け合い、意思を尊重し合い、本当の意味での『対等な相棒』になれたことの証明だった。


 隼人は微笑み、厚手のグローブを外して、彼女の少し冷たい、けれど柔らかな手をしっかりと握り返した。


「……これからも、俺の指示が間違っていると思ったら、遠慮なく声を上げてくれ」


「ええ、もちろんよ。隼人が変な方向に過保護になったら、私がちゃんと止めてあげる」


 二人は繋いだ手を通して、確かな信頼の手触りを確かめ合った。


 怖さも、独断へ傾く癖も、すぐには消えない。だが今日、気づいた時に立ち止まることはできた。繋いだ手が、その一回を確かめていた。


 だが、彼らが作戦室へ戻ると、そこにはすでに本番の重圧が待ち構えていた。


 作戦盤の前に立つユーノの顔は、朝よりもさらに切迫していた。


「お疲れ様です、お二人とも。……連携の試験は無事に済んだようですね」


「ええ。いつでも飛べます。セレナへの輸送作戦の詳細を」


 隼人が尋ねると、ユーノは重々しく頷き、十個の木箱を示す駒を作戦盤の上に置いた。


「今朝の報告をさらに具体化しました。セレナの診療所の感染症の進行は早く、備蓄されている治療薬の残りは、持ってあと『五日分』です」


 ユーノは作戦盤の上の帝国領――巨大な人工風を発生させている風門塔の周辺を指差した。


「つまり、輸送の途中で不測の事態が起こる可能性も考慮すれば、治療薬十箱を積んだ輸送隊が出発できる猶予は、あと『三日』しかありません」


 三日。


 その短い数字が、隼人とリュシアの背筋に冷たい緊張を走らせた。


「輸送する薬は全部で十箱。一箱でも失われれば、助からない命が出ます」


 ガルドが腕を組み、隼人たちを見た。


「敵は所属不明の妨害騎を多数展開し、我々の空路を完全に塞ぎに来るだろう。……黒瀬、アルヴェイン。お前たちの新しい『三つの言葉』で、この絶望的な封鎖を突破できるか?」


 隼人は隣に立つリュシアと視線を交わした。


 彼女の青い瞳に、迷いはなかった。


「行けます。俺の戦術と、彼女の風読みがあれば、必ず道は開けます」


 三日後。中立都市セレナの命運を賭けた、大規模輸送作戦の火蓋が切られようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。