旅立ちの準備と、赤いリュック
お兄ちゃんに会いに行くと心に決めたティモは、さっそく旅の支度に取りかかりました。
「ええと、旅に必要なものは……」
ティモは小さな足をトコトコと動かし、土管のお部屋の中をくまなく歩き回りました。
まずは、お兄ちゃんのピコが旅立つ直前に作ってくれた、大切な赤いリュックサックです。
麻の布をていねいに縫い合わせて作られたそのリュックは、小さなティモの背中にあつらえたようにぴったりで、肩紐には柔らかい綿がぎっしりと詰められています。
これなら長旅で重い荷物を背負っても、肩が痛くなる心配はありません。
ティモはそのリュックを丸テーブルの上に広げ、持っていくお宝をひとつずつ吟味していきました。
「まずはお兄ちゃんの写真でしょう? それから……」
木彫りの小さな写真立てを優しく布で包み、リュックの奥へそっと仕舞います。
続いて、朝の光を浴びて七色に輝く『星の砂』が入った小さなガラス瓶。
これも傷がつかないよう、柔らかい綿と一緒に小さな巾着袋へ入れました。
さらに、旅先での水分補給のために、竹の節をくり抜いて作った小さな水筒に小川の清らかな水をなみなみと注ぎます。
そして、非常食として棚から取り出したのは、甘い干しぶどうがぎっしり詰まった小さなカゴと、香ばしくかたく焼き上げた特製のどんぐりパンでした。
「どんぐりパンは三つ……ううん、もし途中で困っているお友達に会うかもしれないから、五つ持っていきましょう」
ティモは自分に言い聞かせるように頷くと、パンを葉っぱで包んでリュックへ詰め込みました。
最後に、今朝風が運んできてくれた、あの奇跡のような便りを取り出します。
お兄ちゃんの優しい絵筆のタッチで東を示す矢印と笑顔が描かれた紅葉の葉っぱです。
ティモはその葉っぱを両手で包み込み、そっと胸に押し当てました。
「お兄ちゃん、今行くからね」
すべての荷物を詰め終えると、リュックの紐をしっかりとしばり、背中に背負いました。
ずっしりとした重みが両肩にのしかかります。
それは単なる荷物の重さではなく、これから始まる未知の冒険への期待と、ほんの少しの不安が混ざり合った、特別な重さのように感じられました。
ティモは部屋の隅に置かれた大きな鏡の前に立ちました。
鏡の中には、白い毛並みを毛ブラシで綺麗に整え、頭に大好きな黄色いリボンをキュッと結んだ小さなハツカネズミの女の子が映っています。
大きな丸い耳をピコピコと動かし、自分の姿をじっと見つめました。
その瞳には不安が浮かんでいましたが、奥底には強い決意の光がしっかりと灯っていました。
住み慣れた土管のお部屋に別れを告げるため、ティモは部屋の中をゆっくりと見回しました。
カラフルなパッチワークの布が敷かれたぬくもりのあるベッド。
香ばしいどんぐりや干しぶどうの瓶が綺麗に並んだ木製の棚。
毎日お兄ちゃんと向かい合ってハーブティーを飲んだ丸テーブル。
どれもこれも、思い返せば胸がキュッと締めつけられるような、愛おしい思い出ばかりです。
「行ってきます、私のおうち。お兄ちゃんを無事に見つけて、笑顔でここへ帰ってくるからね」
ティモは土管のひんやりとしたコンクリートの壁に小さなお手手を当て、感謝を込めて優しく撫でました。
そしてくるりと振り返り、外の世界へと一歩踏み出したのです。
外へ出ると、秋の澄み切った爽やかな風が、ティモの白い毛並みを優しく撫でて通り抜けていきました。
小川の水面は太陽の光を浴びてキラキラと金色の鱗のように眩しく輝き、川沿いに咲き乱れるピンクや白のコスモスの花々が、まるでティモの新たな冒険を応援するかのように、ゆらゆらと楽しげに揺れています。
ティモは赤いリュックの肩紐を小さな両手でぎゅっと握りしめると、川下に沿ってまっすぐに伸びる踏み固められた小道を歩き始めました。
サクサクと落ち葉を踏みしめる小さな足音が、静かな朝の森に心地よく響きます。木々の隙間から差し込む木漏れ日が、ティモの行く道を温かく照らしていました。
東の街へ続く道は、きっと険しい深い森や、高い山を超えていかなければならないでしょう。
小さなハツカネズミの歩幅では、遠く果てしない道のりに思えます。
けれど、ティモの胸の中には、お兄ちゃんが残してくれたあたたかな光と便りがしっかりと抱きしめられていました。
「待っていてね、お兄ちゃん」
小さくても確かな第一歩を踏み出したティモの背中を、秋の優しい追い風が、どこまでもどこまでも押し続けてくれるのでした。




