土管のおうちと、秘密の小瓶
小川のほとり、季節の花々が咲き誇る緑の丘に、大きなコンクリートの土管がぽつりと横たわっていました。
外から見ればただの土管ですが、中に一歩足を踏み入れれば、そこはまるで絵本の中に出てくるような、あたたかな小さなお部屋です。
丸い部屋の奥には、いろいろな布を縫い合わせたカラフルなパッチワークの布団が敷かれた小さな木製のベッド。
壁の棚には、秋に集めたどんぐりや干しぶどうの詰まったガラス瓶、ハーブの乾いた束が綺麗に並べられています。
そして床には、みずみずしい紫色のブドウや青々としたマスカット、栗の実がゴロゴロと転がり、甘い果実の香りがお部屋いっぱいに満ちていました。
ここに暮らしているのは、白い毛並みと大きな丸い耳を持つハツカネズミの女の子、ティモです。
ある秋の穏やかな朝、ティモは手作りの小さな木彫りカップに温かいハーブティーを注ぎ、両手で大切そうに抱えて一口すすり、ほっと吐息をつきました。
小さな丸テーブルの向こう側には、一枚の写真立てと、不思議な輝きを放つ小さなガラスの小瓶が置かれています。
写真に写っているのは、絵筆を手に持って優しく微笑む、兄のピコです。
ピコは、この森で一番絵を描くのが上手なネズミでした。
大きな葉っぱに朝露で絵を描いたり、木の皮に色のついた木の実を潰して風景画を描いたりと、いつもティモを楽しませてくれた自慢のお兄ちゃんでした。
しかし、一ヶ月前のこと。
ピコは真剣な眼差しでティモの手を握り、こう告げたのです。
「ティモ、僕は東の大きな街へ行くよ。そこには世界中の画家が集まる大きな絵の学校があるんだ。もっともっと素晴らしい絵が描けるようになって、いつか君に一番美しい世界を描いて見せるよ」
ピコはそう言って、この土管のおうちを旅立っていきました。
別れ際、ピコがティモの手に握らせてくれたのが、テーブルの上に飾られた『星の砂』が入った小さなガラス瓶でした。
「もし寂しくなったら、この小瓶を太陽にかざしてごらん。僕たちが離れていても、同じ空の下でつながっていると思い出せるから」
ティモはハーブティーのカップをそっと置くと、小さな手でガラス瓶を持ち上げました。
朝の光にかざすと、中の透明な砂が七色にキラキラと揺れ動き、部屋の壁に小さな虹の光を映し出します。
「お兄ちゃん……今、どこにいるのかな。お腹は空かせていないかな」
ティモはぽつりと呟きました。
旅立つお兄ちゃんを笑顔で見送ったティモでしたが、日が経つにつれて、この広い土管のお部屋が少しずつ寂しく感じられるようになっていたのです。
一人で食べる甘いブドウも、一人で飲むハーブティーも、ピコと分け合っていた頃ほどの特別な味がしない気がしました。
その時、風が土管の入り口を通り抜け、カサカサと音を立てて一枚の葉っぱを運び込んできました。
それは、普通の落ち葉ではありませんでした。
どこか遠くの街の香りがする、見たこともない珍しい形の紅葉した葉っぱです。
そして、その裏側には、見覚えのある小さな絵筆のタッチで、東を指す小さな矢印と、にっこりと笑うネズミの顔が描かれていたのです。
「これ……お兄ちゃんの絵だわ!」
ティモの胸が、とくんと大きく跳ね上がりました。
お兄ちゃんは旅の途中で、この風に乗せてティモへ便りを届けてくれたのかもしれません。
東の空を見上げると、どこまでも澄み切った青空が広がっていました。
「お兄ちゃんは、前を向いて歩いている。私も、ここでじっと待っているだけじゃ嫌だわ。お兄ちゃんに会いに行こう!」
寂しさに沈んでいたティモの瞳に、パッと強い光が灯りました。
ティモは小さく拳を握りしめると、写真の中のお兄ちゃんに向かって力強くうなずきました。
こうして、小さなハツカネズミのティモの、東の街を目指す大きな大冒険が始まろうとしていたのです。




