第73話 『愛してる』
前回――
ナージャの口から語られた真実。
喜の番人は裏切られてなどいませんでした。
会いたかった。
それでも会えなかった。
何十年ものすれ違いが明かされた時、喜の番人は戦う意味を失います。
そして物語は、最後の別れへと向かいます。
それでは第73話をお楽しみください!
「謝るのは・・・私だ。」
喜の番人はそう言った。
そして。
動かなくなった。
触手も。
巨大な腕も。
全てが力を失ったように垂れ下がる。
もう戦う意思はなかった。
ユーマ達も動けない。
誰も言葉を発せなかった。
何十年もの憎しみ。
何十年もの後悔。
その重さを知ってしまったから。
ナージャは静かに歩く。
怪物のすぐ側まで。
そして。
優しく見上げた。
「もう終わりにしよう。」
喜の番人は何も答えない。
ただ。
涙だけが流れていた。
その時だった。
ナージャがリリムを見る。
「ペンダント。」
「まだ持っているかい?」
リリムは首元へ手を伸ばした。
いつも身につけていたナイフのペンダント。
そっと取り出す。
ナージャは懐かしそうに微笑んだ。
「まだ持っていてくれたんだね。」
リリムは肩をすくめる。
「うん。」
ナージャは小さく笑った。
「そうかい。」
風が吹く。
誰も喋らない。
静かな時間だった。
リリムは喜の番人を見る。
巨大な身体。
巨大な口。
怪物の姿。
だけど。
もう暴れることはない。
もう戦わない。
リリムは一歩前へ出た。
ユーマが呼ぶ。
「リリム。」
リリムは振り返らない。
「大丈夫。」
短く答える。
そして。
喜の番人の目の前まで歩いた。
「なぁ。」
番人は顔を上げる。
「・・・。」
「死ぬぞ?」
番人は少しだけ笑った。
そして。
小さく首を横に振る。
「怖くない。」
静かな声だった。
「疲れたんだ。」
リリムは黙る。
その言葉が。
妙に悲しかった。
喜の番人はナージャを見る。
何十年も。
何十年も会いたかった人。
ナージャも見つめ返していた。
涙を流しながら。
微笑んでいる。
「先にお行き。」
ナージャが言う。
番人の身体が震える。
「私ももう年だからね。」
「そう長くはない。」
涙が頬を伝う。
「また待たせることになるけど。」
ナージャは笑った。
若い頃と同じように。
優しく。
温かく。
「今度は必ず行くから。」
静寂。
誰も喋らない。
喜の番人の巨大な口から涙が零れる。
止まらない。
何十年も流せなかった涙だった。
「ナージャ・・・。」
震える声。
ナージャは頷く。
喜の番人は笑った。
怪物の顔。
だけど。
その笑顔だけは。
昔の青年のようだった。
「愛してる。」
ナージャの涙が溢れる。
「私もだよ。」
その瞬間。
長かった時間が。
ようやく動き出した気がした。
リリムは静かにペンダントを握る。
カチッ。
小さな音。
ペンダントのナイフが現れる。
喜の番人はそれを見る。
そして。
最後にもう一度笑った。
「ありがとう。」
誰に向けた言葉だったのか。
誰にも分からない。
リリムか。
ナージャか。
それとも。
長い人生そのものか。
リリムは目を閉じた。
そして。
そっと。
ナイフを胸へ突き立てる。
ズッ――
抵抗はなかった。
喜の番人は痛みを感じた様子もない。
ただ。
静かに空を見上げていた。
身体が崩れ始める。
触手が消える。
巨大な腕が砕ける。
怪物の身体が光へ変わっていく。
そして。
最後の最後。
ユーマ達は見た。
怪物の姿ではない。
若い頃の姿。
人間に化けていた頃の姿を。
青年は笑っていた。
その先には。
ナージャがいる。
青年が手を伸ばす。
ナージャも手を伸ばす。
二人の指先が触れそうになる。
その瞬間。
光が溢れた。
青年の姿は消えていく。
最後まで。
笑ったまま。
優しい顔のまま。
完全に光となって消えた。
静寂。
ローゼンベルクを包んでいた重い空気が消える。
風が吹いた。
暖かい風だった。
ナージャは空を見上げる。
そして。
小さく呟いた。
「またね。」
その声は。
誰よりも優しかった。
第73話を読んでいただきありがとうございました!
ローゼンベルク編最大のテーマだった喜の番人とナージャの物語が、ひとまず幕を閉じました。
戦って倒すことではなく、真実を知り、自ら終わりを受け入れる。
そんな結末になりました。
そして最後の一撃を託されたのはユーマではなくリリム。
ナージャの面影を重ねていた彼女だからこそ、この役目が相応しかったのかもしれません。
次回はいよいよエピローグ。
喜の番人亡き後のローゼンベルクを描いていきます。




